誘い叶う … イザナイカナウ ・ 9 …
「…あ、も…勿論だ! 一晩と言わず、何日でも。じゃあ、戻ったらまずは俺の布団を別の部屋に移すから、ゆっくり寝てくれ。朝は何が食べたい…? なんでも好きなものを言ってくれ。他にして欲しいことがあったら遠慮なく…」
「別に…何も…」
これ以上何か欲しがるなんて、欲張りすぎだというもの。本当は抱き締められたくて、唇を重ねて欲しくて、昨夜のような甘くて熱いことをして欲しくて、化野の事を真っ直ぐに見られなくなりそうなのだ。
「そうか…」
と、化野は言った。続けて、何か思いついたら言ってみてくれ、などと、告げながら彼は家の縁側の方へと向う。閉じた雨戸を開いてから、そのまま裏へと周り、桶にたっぷりの水を汲んで、それに手ぬぐいを浸す。
縁側に座ったギンコの傍に膝をつくと、明るくなり始めた空の光で、白い足の甲に傷が見えた。恐らくギンコも化野も山道の同じところで切ったのだろう。あの辺りには、棘のあるサルトリイバラの木が生えている。
手を伸ばして、化野がギンコの足首に触れると、彼はびくりと身をふるわせた。化野はそれに気付いて、慌てて両手を引っ込める。
「…すまん。俺に触られるの、嫌だよな。じゃあ、自分でやってくれるか。軽くすすいで、その後化膿止めを塗ってやるから…。じゃなくて、持ってくるから、自分で…塗ってくれ…」
「嫌じゃない」
「え…?…」
不意にきっぱりと言われて、化野は思わず聞き返す。ギンコはもう一度、今度は言葉の前後を付けて、もっとはっきりと言った。
「お前に触られるのは、嫌じゃない。最初からずっと、一度も嫌だと思ったことなんか…。嫌だと口走ることがあっても、それはつい言っちまうだけで、本当に嫌がってるわけじゃぁ…」
でも、と化野は思う。
ギンコは自分に、物扱いされたと思って悲しんでいた。
その上、恩を返すために、好いてもいない相手に、しかも男に、抱かれなきゃならなくて辛かった。
そう思っていたが、違うのか? 考えてみたら後の方は、ギンコの態度のどこを見て、自分がそう思ったのか覚えが無い。
そもそも、嫌だやめろと言われていても、そのまましている事をやめなかったのは、ギンコの体の反応で「嫌だ」が口だけだと判るから。体を求める自分に対して、ギンコの体が、いつも悦んでくれるから。
「馬鹿、だな…。俺も同じだったらしい。お前に嫌われるのが辛くて、いらないとこまで心配しすぎた」
化野は笑ってそう言って、今度は遠慮なくギンコの足首を掴んだ。着物が汚れるのも構わずに、ギンコの足を自分の膝に乗せさせ、丁寧に優しく、汚れと血をすすいでやる。
「染みるか…?」
優しい声が尋ねる。ギンコは息が詰まるような気持ちで、声も立てられずに首を横に振った。その体の振動を感じ、顔も上げずに頷いて、濡れた足を拭いてやり、塗り薬を塗ってやる。
ギンコの逆の足も綺麗にしてやってから、やっと自分の足の手当てをして、化野はそれから奥へ入っていった。冷たいままの茶と握り飯二つを、自分とギンコの間に並べる。
握り飯を一つ、化野が手に取った。ギンコはまず、茶を一口啜り、それから残った握り飯を掴む。一口ずつ齧って、その梅干しの酸っぱさに、二人して涙が滲むのを感じた。
「美味いな」
「…うん」
「後で、様子見も兼ねて、婆さん達に礼を言って来たいが、お前の傍は離れたくないし、困ったな」
「……うん」
「え? お前も困ってるのか?」
「うん」
「離れたくないから…?」
「……」
そんな真っ直ぐな問いには、ギンコは何も言わなかったが、微かにこくりと頷いて、もう一口握り飯を齧る。
「ほんとに美味い」
と、ギンコは言った。頷いたその動作で、好きだと告白してしまったようで、あっと言う間に体が熱くなる。だけど「離れたくない」というそれだけの事が、叶うはずのない願いだと、ギンコにはよく判っている。
また、心の隅が少し痛んだ。
もう一晩泊まって行くと言った言葉を、後で言い換えておこう。もう一晩じゃなくて、もう、三、四日とでも言ってみたら、きっと化野はまた嬉しがってくれるから、この胸の痛みも紛れる。
残りの茶を啜るギンコの首筋が、ほんのりと染まっていることに、化野は気付いた。吸い寄せられるように傍に寄りたくて、化野が自分の膝をつねっていると、ギンコは変なものをみるように、化野のその行動を見ていた。
「なぁ…。抱いていいか…?」
ぽろりと言葉が零れて、化野は恐る恐るギンコを見る。ギンコはまた手のひらに残っている握り飯を、黙ってじっと見つめたまま、どう返事をしていいか、固まってしまっている。
やがてがぶりと握り飯を頬張り、口の端に飯粒を付けたまま、明後日の方へ視線をそらしながらギンコはまたこくりと頷く。
化野は早朝の縁側で、ギンコの服を掴んで引き寄せ、自分も精一杯体を寄せて口づけをした。ギンコの唇の端の飯粒を、ぺろりと舐め取って飲み込んでから、そのまま淡く口づけを。
「疲れてるから、今日は俺の方が途中で寝ちまうかもしれん」
悪戯っぽく笑って言って、化野はギンコの手を引いた。部屋に上がって奥を見ると、彼が敷いた布団が、二つ綺麗に並んでいて、妙に熱い気分になる。
「…あぁ、眠かったら、眠ってくれ」
両腕で抱き締めて包んで、そのまま俺も眠るから。
それはさぞ心地よくて、幸せな思いのすることだろう。寝顔を眺めて、そのまま自分も眠るのだ。普通の恋人同士のように。それとも、仲のよい夫婦のように。母親が子供の眠りを守るように。
そのどれにも本当にはなれなくても、なるべくずっと長いこと、化野に必要とされる存在でいたい。それが少しは叶う余地のある、今のギンコの、一番の願いだった。
続
誘い叶う9、もお届けです。なんか結構ノッて書いた部分と、そうでない部分があって、皆さんにそれがうかがい知れてしまったらどうしようかなーーーーっとか、不安でなりませんが、気にしないで読んでいただけると。汗。
ダメダメ物書きですいません。皆さんにはすっかり甘えてしまって、書いてはアップしながら、本調子を取り戻したいと思っている惑い星です。
9話まで書いて思ったのですが、この話、本編的にはもう終わってるよね? でもHシーン書きたさに、なんかおまけ的に次も次も続いてしまうような感じです。スイマセン。
センセに打ち明け話などさせますので、よかったら待っててやって下さいませ。大した打ち明け話じゃないけど、ギンコさんがどう思うか楽しげ? にこり。
ではでは、8、9話と、今回は随分と柔らかい内容になりました。楽しんでもらえていたら嬉しいです。じゃあ、またね♪
07/09/09

