誘い叶う  … イザナイカナウ ・ 10 …




 手を引かれて、布団の傍まで行った。その部屋に入る瞬間も、後ろで襖が閉められる音も、布団を捲る化野の手にも、心臓がやたらと騒いで大変だった。

 それで? どうしたらいい? その掛け布団を捲り上げた敷布団の上に、自分から横になれと言うのか? そんな恥ずかしい真似が出来るとも思えず、ギンコは瞬きもせずに止まっている。

「緊張、してるみたいだな?」

 そう言って化野は笑い、その後に小声で「俺もだよ」と付け加えた。本当に緊張なんかしてるのか、昨日とかその前とかの様子を思い出せば、それが事実とは思えなくて、ギンコはついつい窺うように、化野の顔を覗き込む。

「…なんか、これが最初の夜みたいだ」

 化野の唇はそう言って、そのままギンコの唇を求めた。まだ立ったままで、足先も布団に届いていない場所で、彼はギンコの首筋に手を置いている。そうして銀色の髪を、そうっと指に絡めながら求めた。震えているギンコの唇を…。

「ギンコ。戻ってきてくれて嬉しい。あのまんま行っちまわれたりしたら、自分がどうなったか、想像するのも恐ろしいんだ」

 切ない目をして化野は言う。その眼差しを受け止めきれず、ギンコは無意識に視線を逸らした。視線だけで項垂れて、化野のもう一方の手が、自分の腰を抱き寄せるのを、ギンコは見た。

「部屋を出てったのは、俺がお前をモノのように見てると思ったからなんだろう? もう逃げる理由は何もないって、言ってくれ。そうしてくれないと怖い」
「…ない…。何も、ないよ」

 かすれた声で言った途端、もう一度唇が塞がれた。今度はさっきよりも激しく求められて、思わずギンコは一歩後ろに下がりかける。追い求めてくるかと思ったのに、化野はすぐに手を離して、困ったようにギンコを見た。

「…嫌か…? やめるか? 遠慮しないで嫌ならそう言ってくれ」
「別…に。嫌じゃ…」

 激しく求められるのには怖気てしまうけれど、こうして真顔で確認されるのも、困る。抱かれたいだなどと、思っていても言えないし、欲しがっている気持ちを全部、化野に見抜かれてしまう羞恥が、勝手に体を抵抗へと走らせる。

「そう、だよな? ほんとはお前の体に触れてると、嫌がってるかそうじゃないかくらいはっきり判るんだが、なんかお前の体は、その…遠慮深いばっかりに、時々嘘つきだからさ…。不安なんだ…」

 化野はギンコの髪を指先で弄びながら、薄暗がりで小さく苦笑して

「じゃあ、今夜、確認するのはこれで最後にするから、心して答えてくれるか。ギンコ、俺は今からお前を抱くが、嫌じゃ、ないな?」
「い、嫌じゃない。抱い…てくれ…化野…」

 言い終えた途端に、貪られるのを覚悟していた。それなのに化野は一つ二つ、三つ数えるくらいの間があいても、ギンコには触れずにじっとしていた。

 ギンコはその時、ぎゅっと強く閉じていた目を、そうっと開いて化野を見たのだ。

 化野は、ギンコのすぐ目の前に立って、じっと彼を見ていた。微かに首を傾げ、切なげに目を細めて、愛しそうに少し微笑んで。その目を間近から見た途端、ギンコは心の奥底まで、しっとりと濡れたように震えて、自分から化野の肩に顔を埋めた。

「は、早く…してくれ…よ…。お前が欲し…」
「…ああ、ギンコ」

 酷く遠回りばかりしていた、と後に二人は、この頃のことを思った。最初に会った時から、相手に惹かれていると判り切っていたものを、体ばかりが素直過ぎて、理性はそれに伴わない。

 心が通じ合って、抱き合う一夜もあったのに、その後にまたこじれて離れそうになり、それからまたこうして心を重ね合う。想えば想うほど、迷い道は無数に増えて、これからだって、また迷ったり疑ったりするんだろうか。

 傍にいられたらいいのに。ずっと。いつもいつも見つめていられたら、きっと不安なんか生まれる暇もない筈なのに、それは出来ない、ギンコがギンコのままでいる限り。

「脱いで。上だけで、いいから」

 するりと手を胸に這わせながら、化野はそう言った。どきどきと胸を高鳴らせて、ギンコはその言葉のままに、上に着ているシャツを脱ぐ。

 両腕を上げて脱ぎ去ろうとする間に、化野の指先に肌をなぞられて、もう声が止められない。化野に触られれば、体のどこもかしこも敏感過ぎて、あっという間に恥ずかしい場所が潤う。

「そこに座って。立ったままってのも、あんまりだろ」

 項垂れて、言われた通りに座った途端、肩を押されて仰向けになる。一瞬、怯えがよぎったが、その怯えを言葉にする前に、封じるようにして唇は塞がれていた。

 短い口吸いの後で、今度は首筋に唇が触れ、喉と胸に愛撫が滑る。どこをどうされても感じてしまって、まだズボンも下着も着たままなのに、そこがびしょ濡れなのが判る。

 脱がされる時の羞恥を思って、これ以上濡れてしまわないようにと思うけれど、止める方法などある筈はなかった。

「う、ぁあ…んぅ…」
「あ…脱いじまった方がいいか? 濡れたら面倒だしな…」

 そう言われて余計に恥ずかしい。濡れたら面倒とか言うまえに、もうそこは随分と濡れてしまっている。何処か見られない場所へ行って、こっそり脱いでしまえたらいいだろうが、それももう無理だから。

 化野は横たわっているギンコの腰に手を置いて、下着とズボンとを同時に引きおろす。見ても触れてもすぐ判るだろうに、何も言わずに化野はそこを静かに撫でてくれるのだ。

 ああ、もうこんなに濡れて…。

 これはギンコが敏感すぎるだけじゃなくて、自分を受け入れてくれているからだ。本当にそうなのだ。自惚れじゃなく、勘違いでもなく、少なくとも彼の体は、化野の愛撫を嫌がってなどいない。

 嬉しくて…。でもそれを言葉にしたら、ギンコがあんまり恥ずかしいだろうと、気持ちを指先に込めて、柔らかい下毛をなぞり、その下の熱い昂ぶりを指で包んでやる。

 自分だってだぞ、と教えてやりたい気がした。まだ着物を着ていて、勿論下帯も締めているが、その下の昂ぶりはお前と同じだ。欲しくて欲しくてたまらなくて、お前の中に入りたくて、さっきから焼け焦げそうに熱いんだ。

「ちょっと、待っててな、俺も全部脱ぐから」

 言わなくてもいい事を化野は言い、聞いたギンコは待つ間の数秒を、どうしていいか判らない気持ちで過ごす。顔を横に向け、けれど視線では微かに化野を見て、彼が着物を脱ぐ仕草を目に焼き付けた。

 邪魔なものを取り払い、素肌を重ねあう為に互いに裸になる。

 そう思うと化野が着物の帯を緩める仕草にまで、心臓が壊れそうになった。衣擦れの音が、妙に淫らに響いて、ギンコは待つ一瞬の長さに震えるのだった。


                                     続
 












 単なるエロシーンです。すいません。しかも化野先生の打ち明け話まで行かなかったですよ。涙。微妙に告白してるような気もしますが、こんな曖昧なの、時が流れたら気のせいみたいに思えるんじゃない?

 もっとはっきり言っとけよ、二人とも!

 多分、この連載、次回で終わると思います。なんかスランプ中にラストだなんて、涙するばかりなんですけど、でもラストまでを引き伸ばしても、調子が戻るまで放置しても、いい事ないって経験上判ってるから、書いてしまうと思う。

 スランプ、徐々に治ってきていると思うので、頑張ります頑張ってみます! 引き続き、こんな惑い星をどうぞよろしく、お願いします! ええもぅ、切に切に〜!


07/09/16