四
あの方は、なんて清らかな方だったのだろう。
そうして、なんて美しい方だったのだろう。
だからこその残酷さで、傍にいるものを随分と振り回していた。
私もその一人だったけれど、でもあの方にそうして振り回して貰えたその事を、のちには、誇らしいとすら思った。本当の意味で、あの方の傍にいられたのは、ほんの一握りの人たちで、その中にはきっと、この私も入っていたのだろうと思う。
それはただの自惚れかもしれないが、そう思うことくらい、きっとあの方は許して下さる。それだけが私の、短い生涯の宝なのだから。
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「は、ぁ…っ、あぁッ!」
脚を広げ、あらわな腰を差し出してやって、言葉でそのやり方を、事細かに教えた。閉じたままのそこに、やっと鉄之助のそれが押し当てられ、そうしてゆっくりと入ってくる。
半ばまで入った時、押さえきれない喘ぎが零れて、一瞬、土方は理性すら失いかねない快楽の穴に落ちた。
暫くぶりだったからだ。もう数ヶ月、人と肌を合わせることをしていなかった。慣れていた筈のそこは、熱い杭の侵入を固く拒み、それを力でこじ開けるようようにと、鉄之助に無茶を言った。
「駄目です…っ、もうッ。て、鉄は貴方に、怪我をさせました!」
繋がった場所を引き離そうとしかかりながら、鉄之助が悲鳴のように言う。言われなくとも、そこから血が流れたことは、もう土方も気付いていた。
快楽の底から浮上して、土方は思っていた。些細な怪我になど慌てることなどない。痛みよりも快楽の方がずっと強い。自分を愛してくれるこの少年と、一つになれた喜びの方が大きい。
汗ばんだ白い額に、漆黒の髪を纏いつかせながら、土方は鉄之助の細い体を引き寄せて抱き締め、その耳朶に注ぎ込むように熱く言った。
「俺ぁの…血を見たくらいでそんなに怯むな。もしも戦場で俺が倒れても、迷わずその先へ行けるような、そういう強さを持て」
上擦った声でそう言って、それから土方は抱き締めた鉄之助の背中をゆっくりとさすった。やがては彼も動揺を収めて、教えられた通りに腰を引き、浅く何度も体を揺らす。
己のものが、憧れ続けた人の中に入って、その奥をこうして突いているのだなどと、意識するたび身が震える。誘われて抱いて、その人のあられもない姿を見、淫らな喘ぎを聞いていると思うと、このまま死んでしまいそうだ。
そうして無意識にそれを言うと、土方は一時、この場に似合わないような顔をして、諭すように言う。
「鉄はもう、死んでしまいそうです…。いっそ、それでもいい」
「…馬鹿野郎っ。そんなことは俺が許さねぇ。俺が命じた勤めを、ちゃんと果すまでは、お前は命をなくしちゃならねぇんだ、鉄」
「あぁ…っ、隊…長…、土方さん…っ」
その言葉を聞いた途端、鉄之助は嬉しさに溺れて熱を放った。迸ったものを体の奥で受け止めて、土方は変に柔らかく笑い、体を繋げたままの恰好で、鉄之助の手を誘い、再び自分のそれを握らせた。
「…鉄……」
先にイったことを咎めはせずに、それでも彼の愛撫でイきたいと、土方は無言で鉄之助の指に自分の指を絡ませる。脚の間で立ち上がったものを、片手で上下にしごき、もう一方の手で奥の袋を揉むようにさせながら、土方は酷く扇情的な姿で体をしならせた。
上気した頬、濡れた唇、涙で濡れた睫毛。軍神などと言われているのが、とても信じられないような、白くて綺麗な体。
こんなにも綺麗だけれど、本当に彼の言う通りに、この体もまた生身なのだ。快楽に熱くなり、血を流し、そうして今、白く精の迸りを放つ。
掠れた声で切れ切れに鳴きながら、鉄之助の見ている前で淫らに腰を揺らし、最後の一滴が零れ落ちてしまうまで、肌の何処をも隠さずに…。
土方は幼い部下に、そうやって、自分のすべてを見せたのだった。
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強くなれ、とあの方は言った。だから強くなりたいと、私は思ったのだ。あの方が頼りたいと思うような男になり、誰にも気付かれないあの方の脆さを、いつでも包んで守れるようになるのだと。
敬愛し、心から慕うあの方のすぐ傍らに、これからさきもずっと、付き従って。それだけが願いだった。それだけが。
けれどもその時、あの方の目が、閉じた瞼の下で、本当は随分と遠くを見ていることを、私は知らなかった…。知らないままで、その朝を迎えた…。
残酷な、残酷なその朝を。
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「鉄、起きられるか。そろそろ夜が明ける…」
頬を優しく撫でられて、鉄之助は淡い眠りから覚めた。気付けば寝台の上にいて、しかも自分の下には、土方がいる。鉄之助は裸のままで、同じく裸のままの土方に、柔らかく抱き締められて目を覚ましたのだ。
「すまなかったな、疲れていただろうに」
「い、いいえ…っ、だっ、大丈夫です。土方さんこそ、怪我は…」
「あのくらい何でもない。慣れている。すぐに血も止まった」
慣れている、という言葉の意味を、一瞬、鉄之助は考える。怪我には慣れている、という意味か。それとも…あんな場所を怪我したことが、もう何度もあるという事か。
けれど今は、そんなことを考えている場合ではなく、鉄之助は土方の腕の中で身をもがき、逃げるようにした寝台から離れた。
頬が羞恥で真っ赤に染まってしまう。この人の為に、もっと強くなろうと誓ったばかりなのに、まるで幼い子供のように、腕に抱かれて目覚めるなんて。自分の方が、彼を抱き締めて、土方の目覚めを見守る側でいたいのに。
そうして互いに背中を向け合って、いつも通りの姿に身支度を整え、その後で、土方は酷く淡々とした声で言った。
「新しく、お前に命じたい指示がある。大切な命令だ。お前にしか頼めない」
「はい、土方さん」
二人きりの時は「土方」と。
そう言われたのは、つい数時間前。それを言ったのは土方なのに、彼はそれを聞くと、少し厳しい目をして、短く告げた。
「今からいうのは命令で、上司から部下への指示だ。わたくしごとの話じゃあ無い、呼び方は隊長と」
「あ、はい、隊長。申し訳ありませんでした…っ」
腰のベルトに、愛用の刀を差して、それに手を添えながら、土方は淡く笑う。それを見上げて、どうしてか背中が不意に冷たくなるような不吉を、鉄之助は感じたのだった。
続
何だか、力不足ですみません。やっぱし難しいテーマだったみたいで、土方さんの気持ちも、鉄の気持ちも書き表せていないみたいです。ぎゃーーーっ。悔しいよぉ。
そんなまんまでアップしちゃいましたが、自分の今の力では、これが限界だって判ってるから、修正不可能。ただ項垂れて凹むのみです。
それでもラストはやってくる。多分、次回で終わりです。少しは心に何かが残る話にしたいと思っているので、頑張ってみますね。読んでくださっている皆様、有難うございますです。
07/06/17
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雪白に面影