弐
「鉄」
と、土方は言う。もう泣きそうな気持ちで、それでも鉄之助は素直に「はい」と返事をした。
「鉄、俺がこの間、お前に聞かせた言葉を覚えているか?」
「て…鉄砲の利についての、お話でしょうか…」
「いいや、違う。俺はお前と同じ場所にこうしていて、同じ空気を吸う同じ存在だと言った。雲の上の上だとかいう、遠くて届かないようなもんじゃぁないと、そう言うつもりで言った」
言われている意味は判っても、それを、そうなのだと理解れない鉄之助に、土方は更に言葉を付け加えてやる。どこまでも、どこまでも目上のものとして教え諭すような言い方で。
「俺も同じ人間で、生身の男だと言いたかった。だからお前が恥じているようなことも、そういう気持ちも、同じだと」
その時…。
土方が胸のボタンを外すのを、鉄之助はすぐ傍で、幻でも見ているような気持ちで見ていたのだ。前を開けると、軍服の黒の布地の下は真っ白なシャツ。そのボタンにも指を掛け、土方はそれまでも次々に外す。
「た、隊長が…何をなさりたいのか、わ、私…には…」
押し留めるような声が、鉄之助の唇から零れた。
震える唇から零れる声も、可哀相なほど震えていて、それで尚更、土方の眼差しは和らいだ。こんなにも優しい顔を、他の人に向けるところなど、見たことがない、と鉄之助は上の空な心の隅で思っていた。
生身なのだ、と土方は言う。同じ人間で同じ男で、同じように生きていると。でも、その綺麗な指や、綺麗な頬や首筋を見ていると、どうしてもそうは思えなくて、その気持ちは土方の胸の、二つの華を見た途端に、もっと強くなった。
隊長が…。こんな綺麗な人が…。
私や他のものたちと同じだなんて、どうしたって思えない。
「こんなに傍にいるのに、お前が俺を、人じゃない遠い何かみてぇに思ってるのは淋しいじゃねぇか。…だから、お前を呼んだ」
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あの時は、ずっと夢の中にいるような心地だったと思う。あの方が言うように、同じ存在だなどと思えなくて、聞き分けの無いそんな気持ちを、だって、でも、と、私は心の奥でただ転がしていた。
綺麗な人だった。強くて、でも。
こんな言葉は不敬だけれど、何処かが脆い人だった。
それに気付くのが随分と遅くて、それできっと、あの方に「淋しい」などと言わせてしまったのだと、今は思っている。
「た、隊長……」
どうしていいか判らずに、鉄之助はただ、土方そう呼んだ。服の前を開けて目の前で裸の胸をさらし、軍服のズボンのベルトの留め金を外してしまいながら、土方は不思議と優しい声で言ったのだ。
「鉄…。俺ぁ、生身だよ。それが判るまで、今夜はこの部屋を出ることを許さねぇから、よく…確かめるといい」
椅子から立って、自分よりも随分と背の低い相手の為に、彼は身を屈め、顔を斜めにして鉄之助の瞳を覗き込んだ。黒目勝ちの目は、泣き出す寸前のように潤んでいたが、それでも土方から目を外さずにいた。
まだ幼さの残る少年の唇に、土方はそっと唇を重ね、少し強く押し付けてきた。そうしてから土方は床に膝を付き、鉄之助の腹の辺りに頬を付けながら、彼の脚の間に手を置いた。
袴の上からでも、もう誤魔化し様がなく、熱く硬く息づいているそこを、土方はゆっくりと撫で、布越しに顔を埋めようとする。それまで、全身を棒のように強張らせて動けずにいた鉄之助は、びくりと身を引いて土方の肩を押し離した。
「ぁ、駄目です。駄目です…っ、そんな…っ」
口を吸われただけで、もうこの世が終わってしまいそうな程の思いなのに、隊長の、貴い唇がしようとしているその事を、させてしまうわけにはいかない。許される筈が無い。
「……駄目か。なら、お前が俺のをしてくれるか? 鉄」
そう言って、土方は立ち上がって、豪奢な布張りの椅子に身を沈めた。重たい靴を脱いで投げ捨て、そうして本当にズボンの前を開け、その中に手を入れて、彼は下帯を緩めているのだ。
どきどきと、心臓を壊れそうに高鳴らせ、鉄之助はごくりと息を飲んだ。白い服をはだけた胸元の、小さな赤い華に目が吸い寄せられる。その滑らかな胸元、細く引き締まった腰と、下げたズボンから覗く腰骨と。
さらにその下は、まだ真っ白な下帯に包まれて見えないが、それを今から見るのだと思うと、鉄之助の雄は、袴の下で痛いくらいに張り詰めてしまうのだ。
「…ほ、本当に、いいのですか、隊長。明日から、鉄は、この事ばかり思い出して、ちゃんと勤めを果せなくなるかもしれませんから、や、やっぱり…」
私、ではなく、自分のことを「鉄」と言った、その言い方の幼さに目を細め、土方は彼の惑いを打ち砕くよう、幾らか厳しい口調で命じるように誘うのだ。
「お前はそんな無責任な人間じゃぁない。それは俺がよく知っている。…だからこれ以上、俺をこんな恰好で待たせるな。寒い」
服の胸を左右に広げ、前を開けたズボンを少し下へと下して、緩めて少し解いた下帯の先を、脚の間に長く垂らして。
日頃、誰も見たことの無いそんな姿で、土方はやっと、自分の前に跪く鉄之助を見た。まだ抱えたままだった盆を、そっと卓に上に置いて、少年はおずおずと膝をついて屈み、自分の前に広げられた土方の両膝に触れるのだ。
その手ですら、怯えたように震えている。土方の肩だろうと手だろうと、今まで直に触れたこともなく、その肌に直接触れるというだけの事も、まるで冒してはならない禁忌のようだ。
「脱がしてくれ」
そう、命じられてやっと鉄之助は、土方の脚に手を触れた。少し下へ下されているズボンを引っ張るようにすると、土方は自ら腰を浮かせ、その下肢を揺するようにして、鉄之助の動作を手伝う。
やがて黒の軍服のズボンは、土方の脚から取り払われ、布張りの床の上に投げ出された。後に残っているのは、今や、土方の両腕だけに絡んでいる上着とシャツと、そして真っ白な下帯だけだった。
「つ、次は…何を…」
命令を待つ間、真っ赤にした顔を横に向け、鉄之助は目まで閉じている。肌もあらわな、しどけない恰好で、もう上司として命令を下すような姿ではないのだが、それでも土方は苦笑しながら命じた。
「それも外して、俺を見てくれ」
「それ…」
「下帯だよ」
「…っ…」
脱がせろ、そしてすべてをさらした自分を見ろ、と土方は言うのだ。ますます震える手で、鉄之助は土方の下帯を外し始めた。すでに緩められてあったので、それは容易なはずだったが、動揺し切った鉄之助の仕草はゆっくりだった。
「寒い…」
二度目に土方がそう言った直後、とうとう「それ」が、鉄之助の目の前にあらわれる。少しだけ立ち上がった、土方の雄の象徴は、それが「そう」なのだと信じられないほどに、綺麗な色を、しているのだった。
続
どきどき、どきどき。鉄くんと一緒に惑い星も、どきどき。
書きながらヒシヒシと感じた。土方さんも罪なお人だと思う。こんな一夜を与えたら、彼は生涯、貴方しか見えなくなるよ。そうでなくとも、その通りだったと思うけど。
優しく教えながら、親子ほどの年下の相手に抱かれる土方さん。壮絶に色っぽく思えるのは何故ですか。優しすぎるその風情が、とても悲しく思えるのは、どうしてですか。
てなわけで、市村×土方1話2話、同時アップでお届けしました。続きは…ええと、来月の予定にしております。一ヶ月以内に書きたい予定です。頑張りますです!
07/04/22
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雪白に面影