その日は随分と、寒い日だったように思う。

 四月も終わりだというのに、日陰には真っ白な雪が沢山残っていて、それを見るたびに、あの方の肌の色のようだ、などと、そんなふうに思っていたのを覚えている。

 あの方の肌、と言っても、あの日までの私は、副長の手や顔や、首くらいしか殆ど見たことがなかったのに、それでもその肌の白さは、きっとこんなふうなのだと、勝手に思っていたのだ…。

**


「失礼致します。隊長、調練の刻限が…」

 扉を開けて、部屋に入り、頭を下げながら鉄之助はそう言った。いつもならば、呼びに行く前に支度を終えている筈の土方が、この日ばかりはそうではなく、まだ洋装に着替えている途中だったのだ。

 顔を上げた鉄之助の目に、白いシャツの前を開けた土方の姿が映って、彼は反射的に顔を横へとそむけた。その頬が見る間に朱に染まる。

「す…すみません。"のっく"を忘れていましたっ」

 などと、前に榎本か誰かから聞いた、西洋の礼儀を思い出して、鉄之助は口走った。顔を真っ赤にして、細かく震えてすらいる鉄之助を、シャツの前をとめ終った土方が、微かに笑みながら眺める。

「"のっく"なんざいらねぇが…。着替えを見たくらいで、そうも狼狽することもないだろう。同じ男だ」
「…い、いえ…違います」

 顔を上げることも出来ずに、鉄之助はそれでも自分が思っている事をいう。ずっと目上の自分に対して、畏まっているばかりでなく、ちゃんとこうして口をきけるところが、土方は気に入っているのだが。

「お、同じでは、ありません。土方隊長は雲の上の、そのまた上に住むような方ですから…」

 他の平隊士に比べれば、物怖じしない性格の鉄之助が、そんなふうに思っているのも、土方はちゃんと知っていた。

「馬鹿なことを…。雲の上のそのまた上じゃあ、姿も見えないだろう。こうして同じ空気を吸って、同じ床に立って、言葉も交わしているのに、なんでそんなことを言うんだ」
「でも、隊長は…」
「顔を上げろ、俺の目を見てものを言え」

 ぴしりと言われて、鉄之助は顔を上げて土方を見るのだが、ほんの僅かの間しか視線を合わせていることが出来ず、すぐに項垂れてしまうのだ。

「た、隊長は…私からみれば、生涯近付くことの叶わない立派な方で、近くにいても、いつも遠い方なのです。あ…調練がもう始まります。私は、先にゆきます」

 ぱたりと扉がしまって、駆けていく鉄之助の軽い足音が廊下に響いた。閉じた扉を黙って見つめ、土方は少しの間、鉄之助が頬を染めていた顔を思い出していた。

 やがて外から鉄砲の音が聞こえ出すと、土方も急いで出て行った。



*** *** ***


「鉄、疲れているだろうが、後で熱い茶を一杯持ってきて欲しい。お前が休む前の頃合でいい」

 五月にはとうになっていた頃だった。あの方はそう言って、夜半に私を部屋へと呼び寄せた。夜半、私はあの方の部屋に、あの方の飲む茶を捧げ持って行ったのだった…。

**

 
 今度は忘れずに"のっく"をした。入れ、という返事を聞いて、盆の上の茶を零さないように気をつけながら、閉じていた扉を開いた。椅子に座り、卓に向って何か書き物をしている手を止めて、土方はゆっくりと鉄之助を振り向く。

「ああ、鉄か」
「お茶をお持ちしました」
「ここに置いてくれ」

 目の前の卓を指し示して、土方はそう言った。柔らかな視線で自分を見る彼の目に、鉄之助はどうしてか数日前のことを思い出してしまうのだ。

 ただ、茶を置くだけのことなのに手が震えた。足がもつれそうで、中々卓まで辿り着けなかった。やっと湯飲みを置いて、すぐに立ち去ろうとした彼に、酷く間近にいる土方が言う。

「もし…俺の考え違いだったら、あとで幾度でも侘びを言うが…」

 唐突なその言葉に、目を見開いて鉄之助は土方を見る。盆一つを手にしたまま、傍にいるというそれだけで、どきどきと胸を高鳴らせ、彼は土方の言葉を待った。

「鉄は、もう随分と前から俺を……」
「…あ……」

 言われた途端に、頬が熱くなるのが判った。おなごのように頬を染めた、みっとも無い顔をしてしまっていると判って、鉄之助はじっと項垂れる。土方は皆まで言ったわけではない。それなのに、もう知られてしまっているのだと、居たたまれない気持ちだった。

 好いているに、決っている。
慕い、憧れ、心のすべてで追っている。

 傍にいて、この方を好きにならない人がいたら、会ってみたいと思うくらいだが、こんな下っ端のちっぽけな自分が、想っていていい相手ではないことも判っていたから…。

「…すみません、さ…さぞ、ご不快で」
「何を言っている」

 土方はその端正な顔に、微かな笑みを浮かべて呟くのだ。鉄之助の持って来た茶を、酷く美味そうに一口啜り、窓の外の暗がりを見ながら、不器用そうにそれでも温かなことを言った。

「好かれて嫌な相手なら、最初から傍に置こうなどと思わない。そうなのだろうか、と前々から感じてはいた。こっちへ来てから、多分そうだと思って、それで、この前の朝、調練の刻限だと、お前が言いに来たとき、もう一つ気付いた」

 土方は言葉を切って、また一口茶を啜る。その唇に視線を捕らわれながら、鉄之助は今にも座り込んでしまいそうな思いでいた。

 床に着く前に土方に会い、その姿を見、声を聞くと、鉄之助はどうしようもない気持ちになる。どうしようもなくて、布団にもぐり込んでから、熱を持った己自身を、もう幾度自分で慰めたろうか。

 けれども、そうするたびに、土方を穢してしまうように思えて、鉄之助は彼との距離を強く感じた。想えば想うほど、夜に体が熱くなり、浅ましいことをしてしまう。

 この方のこんな清廉な姿を思い浮かべながら、よりによってあんなことを、自分は何度もしているなんて。


                                        
                                      続











 なんか、凄く真面目に書きたくなっちゃった市村×土方。こんなん書けるんだろうか、私にっ。うわぁーーー、重荷だー。とかなんとか、勝手にって書きたくなって勝手にシリアスな内容を思い浮かべて騒いでいる私。

 その上、連載っ? アホかーーーっ。

 いや、でも頑張る。頑張るので組ファンの皆様、見捨てず読んで下さると嬉しいです。なんとか今回は二話アップ。まだエッチっちしてませんので、とりあえずはH度が緑の☆。

 でも次辺りでオレンジの☆になりそうですよ? では、よろしかったら、二話目をどうぞぉ。。ぺこ。


07/04/22
雪白に面影