唯二無三のこの人を ・ 1
「な…っ、さ…斉…ッ」
ど…っ、と背中が畳の上に落ちた。夜半を過ぎた明け方前、総司のいるあの家から部屋へと戻った刹那のこと。
土方はほんの時々の見舞いのため、斉藤はそれの共。横になっている部屋へも入らぬ。家の敷居も跨がずに、会うつもりの少しも無いものを、その日、総司から障子を開け、痩せた足で庭へ出て、木戸の向こうの斉藤の前に出て、そうして彼は言ったのだ。
…あの人ああ見えて、一人じゃ駄目な人なんです
優しいのにどこか、乾いたような笑みをして、月明かりの中の青を全部、吸い取ったような顔色で。沖田は言う、唯二無三のうちの一人の、土方歳三という人の事を。
斉藤は視線をやっただけで、殆ど表情も変えずに沖田の言う言葉を聞いた。
だから、貴方が現れて良かった。間に合ってくれて、ほんとに…
そこまで聞いた時、家屋の中からもの音がしたから、ふらりと倒れ掛かるようにして、沖田は庭の中へと戻っていく。
閉じた木戸の向こうから、ほんの微か、焦りと気遣いと怒りに彩られた土方の声がもれ聞こえた。急に布団から居なくなられて、胸を潰されかけた、それほどに心配した。そう言う声だった。
「黙っててくれ。暴れないで」
耳元にそう言った声を、背筋をぞくりとさせながら聞いて、土方は驚いた顔になる。まるで老人のように掠れたその声が、滅多にない斉藤の動揺を教えてくれた。
「何言ってる、お前…、ど…どうし…っ。あ…ッ」
その事しか頭に無いようにに、斉藤は土方の着物を剥いだ。強く広げた襟内から、磨かれた象牙のように滑らかな肌が零れる。顔を伏せ、舌を這わせ噛み付いて、そうしながら暴れる土方の両手首を、固く掴んで畳へ押さえ込んだ。
「あんた、を…喰いたいほどだ」
「な、に…」
感情を表さぬ顔をして、心を動かさぬ様子をして、淡々と共をしながら沖田の元へ、今まで何度行き帰りしたろう。どんなに忙しくても、なんとか少しでも時間を見つけ、疲れて眠くて辛くて、それでも土方は通う、病床の沖田を見舞う為に。
沖田と俺と、どっちが大事だ…?
そんなことは聞けない。聞くべきじゃないというよりも、怖くて聞けない。聞きたくない答えを聞いたあと、憎しみが胸に来るのを心のどこかで知っている。嫉妬しているのだ、あんなにも心を砕く姿に。
「暴れないでくれ。乱暴したくない」
冷静そうな顔をして、時に、彼の中が溶けた鉄のように熱くなるのを、土方も知っている。だから、訳は知らずとも、腕から力を抜いて、じっと動かずに喉を吸われた。
「…っく、あぁ…ッ」
前はいつだったか。あぁ、どっかの浪士の刀が、俺の胸先掠めた時か、気に入りの着物が裂けて、あんときゃその下の鎖に傷が付いたっけ。駄目だ、もう考えていられねぇ。
こんな激しい気持ちを、あいつも出してくれりゃいいのに。病に日々体を蹂躙されて、血を吐いて吐いて、痩せて痩せて青い月みたいな顔色で、
なんでそんな、透き通った顔して笑う?
見てるこっちが堪らねぇ。そのうえ今日は、意味の判らないことまで言う。判りたくて堪らなくなるだろう。せめて判ってやるくらいしか出来ないのに。
そうやって、切なげな目をして天井を見た、そんな土方の顔を見て、斉藤は荒々しく、彼の着ているものを毟り取るのだ。着物、袴、襦袢、残る下帯まで全部。自分はきっちり着たままで、土方だけを全裸にして、ケダモノのようにむしゃぶりつく。
「は、ぁうぅ…」
斉藤の歯の先が、弱い皮膚に当たるのを、土方は身を仰け反らせてやり過ごし、その後は散らされた自分の着物の布地を噛んで、くぐもった声を上げた。
痛い、激し過ぎる。だがこの激しさに流されて、沖田の事をすっかり思い出せなくなる時間が欲しくて、彼を誘ったことも確かにある。でもな、今は違うさ。説明するなら最初からじゃなきゃ駄目だろうから、言えやしない、その言葉。
舐め上げて吸い付いて、続けて二度いかせて、着物の布地咥えたままで、首を左右に振って、快楽にもがいているのを見て、斉藤はやっと少し冷静になった。
喰いたいほど、とか言いながら、本当に土方を喰って、その味で安堵する、そういう一つのケダモノなのだ、と自分を思うこともある。
性の残滓を着物の袖で拭ってから、ぐったりと萎れた花のような土方を、斉藤は抱き起こした。じろりと睨むその顔に顔を寄せ、口に咥えた布地を外させ、まだ生々しい匂いのする唇で、土方の口を吸った。
少し、血の味がした。きっと、咳き込み血を吐く沖田へ、あのまじないを一つ、してやったのだろうと思う。そうと気付くだけで、胸が焼け焦げそうになる。救いが無い。どうせそうなら、もうさっさと、と、思いそうで嫌だ。
「土方さん」
「……なんだ、くりゃぁいいだろ…。の、前に、なんか噛むもの寄越せ。なんとか声、殺す」
膝を開いて、土方が言う。笑みの浮かんだ顔で、顎を軽く上げて口づけを欲しがる。言われるとおり、先の着物の袖を引き寄せ、土方の片手に握らせた。土方は片手で口へ袖を寄せ、もう一方の腕を斉藤の背に回した。
熱い腕、甘い息。突き刺し揺さぶる白い体に、快楽が駆け巡っている、その淫らな反応。眩暈のくるほど美しい。心の中に、名も知らぬ鬼が住むほど、この人を好きだ。好きだ。そんなに想うのは、ただ。
「あんただけだ」
貫くのと同時、だった。その言葉が零れたのは。
土方はたった一言のその言葉を、耳よりも胸で聞いた。刀の鞘のように、斉藤の熱いそれを受け入れて、根元まで包み込みながら、目を見開いて彼の顔を見ようとした。けれど、背中を強く抱き締められていて、ほんの僅かも身を離せない。
「……ふ…ぅぅ…」
くぐもった土方の嗚咽と重なり、沖田の声が聞こえる。透き通る月の青のような、白い薄い花びらのような顔色で、そう言った言葉が。
あの人ああ見えて、一人じゃ駄目な人なんです
だから、貴方が現れて良かった。間に合ってくれて…
頼むと言うのか。自分が消えた後を頼むと。俺と同じく、土方とは十も離れた年下で、だけれどもう、何年も何年も傍に居て、知り尽くすようにそう言って笑って。
唯二無三の一人目はあの人は、きっと土方さんが大事にしてくれる。だけれど、唯二無三の二人目のこの人を、貴方が見ていてくれるのならいい、と。安心して逝ける、とまで、もしや。
そうして気付けば、横たわる斉藤の横で、土方が片方の臂を立てて頬杖付いて、胸にほつれた髪をしながら、気だるい顔で彼をじっと眺めていた。
「…おめぇらな。少し、判るものの言い方をしろ。なんの話だ。あんただけだの、あの人だけだの」
「え」
土方はそれだけ言って、ごろりと背中を向ける。向けられた背中は、白くて美しい以外に、何故だか少し華奢に思えて、斉藤はその背に自分の胸を重ねた。
明け方から朝までは短い。何か問うている時間は無い。それよりも肌を重ねてじっとしていたい。見舞いにいこうか、と斉藤は初めて思った。一人の時がいい、土方に共をして、ではなく。
やがて、重ねた肌を通して、土方の寝息が聞こえた。
続
やっべ、難しいものに手を出してしまった気がするヘタレ惑い星。この時期の話を、ずーーっと書いていなかったから、そろそろ書くべきじゃね?なんて思ったけど、失敗したらごめんなさっっっ。
沖田の「お」の字もなく斉藤一直線な土方も、そりゃ書きやすいけど、一度は書いておきたい沖田思いの土方さん。ついで(ついでかよ)に、寄り添う沖田と土方の姿に、ぐらぐらする斉藤さんも。
そんな話です。変でゴメンナサイ。精進できてません。プシュ…。
08/03/26
