喪 の 時  2









 「剣をくれ。もう体は癒えた。俺の剣があるだろう」

 小さな布包みを持って部屋に入ってきた誰かを、確かめもせずに斉藤はそう言った。開いた障子のその向こうは、真昼の光が満ちていて、その為の逆光で、相手の姿はまだ見えない。

「…あぁ、そう、してやりたくとも、斉藤さんの剣は、あの日から副長がお持ちだから、俺にはなんとも」

 段々と、その隊士の姿形が見えてくる。声からも判るが、斉藤よりもずっと年上の声だったし、姿を見てもその通り。体が大きいけれど、声は穏やかで、ものの言い方ガ、少し、朴訥な…とでも言おうか。

「あんたは…」
「監察の、島田。って言っても、判らないんだろうけどな。地位はそちらが上だし、斉藤さんの方が古株だから、本当ならもっと畏まるべきなんだ。そういうのがどうも苦手で、すまん」
「俺は、古株なのか…」

 顔の作りからして素朴で、気の良さそうな…。相手のことをそう思いながら、斉藤は体を起こす。誰かに聞きたいと思っていたことが沢山ある。だけれどここ一日二日の間、彼の元へくるのは、それほど詳しく知らないであろう、今だけの手伝いらしい子供や年寄りばかりだったのだ。

「自分のことが知りたい。教えてくれ」
「…三番隊隊長、斉藤一。あの方が…土方さんが、特に信頼をおいている一人だよ。斉藤さんは、組が出来たころからの古参なんだと聞いてる。今は…仲間も、随分減っちまったからなぁ」

 その姿に似合わぬような、寂しげな顔で少し笑って、島田はさらに、ゆっくりと言った。

「組っていうのは、新選組。それも覚えてないんだろうけど、そこから説明は勘弁してくれるか。今は、随分ややこしい立場、みたいだから、うまく説明なんかできないよ、俺なんかじゃ」

 そこまで言って、島田は少し、斉藤が身を起こしている寝具の傍へと膝を寄せた。自分が手を置いた畳の、すぐ傍に布の包みを置いて、素早く静かに、言葉を零す。

「剣は…あの方を守りたいから欲しいんだろう。気持ちは判るんだ。でも、あんたに剣を返そうとしない、あの方の気持ちも俺は判るんで…。これ、肌着の替えだって。副長から…」

 言いたい事だけそうやって告げてしまうと、島田はすぐに立ち上がって背中を向け、せかせかと部屋を出ていってしまった。部屋の外に、彼へ用事のあるものが待っていたらしく、なにやら細かく受け答えしているらしい。

 この里の周りの地形の事や、戦っている相手の陣の様子など、まとめて報告を受けて、多分、これから彼は土方のところへ伝えにいくのだ。恐らく彼とて、この組の中で下の存在ではないのだろう。そんな彼が、自分よりも斉藤の方が、上の立場だ…と。

 つまりは、副長の土方に、自分はかなり近い地位…なのだろうか。間接的に聞くばかりで、一向にはっきりしない情報を、斉藤は溜息をつきながら反芻する。島田というあの男が、枕元に置いていった包みに、ふと視線が向いて、彼はそれを手にとってみた。

 包みを開いて取り出すと、傷に巻くための真新しいさらしと、着物の下に身に付ける襦袢。特に、その肌着は酷く上等の品だ。新品ではないが、手触りでそれと判る。膝の上へのせて、何気になく撫でていたら、どうしてか動悸が鳴り出した。

 その理由は、深く考えずとも知れて、彼は土方に、会いたくなった。丸二日、土方の姿を見ていない。もれ聞こえてきた、監察島田への報告を聞くだけで、察しはつくのだが、今、恐らくは土方は忙しい。怪我人を見舞っている暇などないのだろう。

「剣が欲しい。剣さえあれば…」

 あんたを守るために、こんな怪我なんぞ、寝間なんぞ蹴飛ばして、すぐに傍にいくのに。胸に掻き抱いた襦袢からは、ほのかにいい匂いがした。それが土方自身の匂いだと、心のどこかで判っていた。

 言葉にして告げるわけにいかないことを、斉藤は密やかに思っている。思い続けながら、為すすべもなく、彼は横になった。そうするしかない自分が、ただただ、もどかしかった。


  * ** ****** ** *


 目を開いた時、少し離れている障子には、うっすらと月の明かりが差していた。部屋の中まで、その淡い金色が差し込んで、古びて痛んだ畳を照らしていた。

 醒めてしまった意識は、そう簡単に眠りの中へと押しやることは出来そうになく、斉藤はけだるげに身を起こす。特に今日は、明るいうちから寝入ってしまったのだから、このまま朝まで眠れないかもしれない。

 怪我のせいなのか、横になってばかりだからなのか、または消えた記憶のせいなのか。常に体は少しだるくて、そういう状態に苛立つ。記憶はないが、こんな自分ではない筈なのだ。

「…つっ…」

 斉藤は布団に身を起こし、畳に手をつき、膝をついて、無理に立ち上がった。小さな痛みが腹に走るが、激痛ではない。

 最初は少しふら付いたが、そのまま我慢していたら、じきにしっかりと両脚で床を踏み締めることが出来る。やはり寝てばかりなのが悪いのだ。起き上がろうとすれば起きられるし、立てるのだから、歩くことも、きっと走ることも出来るはずだ。

 半ば強引に結論を出すと、さっそく斉藤は足を踏み出した。開けた障子の枠に手をかけて、今度は廊下まで出られた。柱を支えにしながら、そのまま裸足で土の上へ下りると、少し火照った足に、大地の冷たさが心地よかった。段々しっかりしてくる足元に、喜びを感じつつ進んでいく。

 そうして彼は見つけた。疎らに立ち並ぶ杉の木立の下、たった一人で、じっと月を見上げている美しい人の姿を…。
 
 土方…さん…?
 こんなところに、一人で…。

 少し離れた場所から見つめながらも、どうしてか声が掛けられなかった。斉藤が草を踏んで近付く足音にも気付かず、彼はまるで、何かを祈るように、じっと身動ぎせず、月を見つめ、時折目を閉じて、何かを呟いているようなのだ。声までは聞こえない。

 何かを、祈っているのだろうか。それを知りたい。聞きたいと思うが、見つからずにこれ以上近付くのは無理だったろうし、聞いてしまったら、きっと彼は、怒るだろうと、そう思える。

 ああ、それにしても月明かりを浴びて立つ姿の、なんて美しい。淡い青の寝間の着物を着て、日頃、隊士達に見せるのとは、全然違った表情で、酷く儚げな。

 その時、唐突に斉藤は気付いた。昼間、部屋へきて色々と教えてくれた、あの監察の島田、という男は、この人の事が、好き、なのだ。剣が欲しいといった斉藤の言葉を、彼は判る、と、そう言っていたのだから。

 そして斉藤は思った。自分が彼を、身を挺して守ったのは、上司だからではない。彼を…彼のことを…。

 気付いてしまったら、もう胸が高鳴って、どうしようもなかった。握った片手のこぶしを胸に当て、項垂れて彼はさらに思う。記憶をなくして意識を取り戻した直後、一目見て惹かれたのは、一目惚れとは違う。もともと、自分が魂をかけて、彼を心から好いているからに他ならない。

 自分よりも上の存在。仕える相手だというのに、彼をこんなにも好いていて、記憶を失くす前の自分は、いったい、日々をどうして過ごしていたのだろう。焦がれて焦がれて、けれども告げられず、悔しい日々だったのだろうか。

 知りたかった。これまでの自分の事を。これから先、この想いを、どうしたらいいのか、教えて欲しいと、誰にともなく斉藤は思ったのだ。

 ふと目を上げると、視野のどこにも、土方の姿は無かった。ただ月明かりが、土方の立っていた場所へ降り注いでいた。













 
てーんーかーいーがー(展開が)ーーーー読めませんっ! いやぁ、困った。でもそれ故に面白いー。島田は脇役なのに、そんな彼の気持ちにまで気付いちゃって、斉藤ったらっ、類友だからですかねぇ。いや、島田ってば、名脇役ーーー。

 すいません、ちょっと眠くて、言ってること変ですが、アップしますよ! 明日ね! 組は更新遅いから、いつ気付いてくださる方が現れるか…ですけど、それも更新しない自分のせいで、自業自得なので我慢ですー。

 それではまた、そのうちにー。


09/06/23