咲き初めて… 前
祝いの席、という程のことも無かったが、その日は皆で広間に集まり、二十人以上もの隊士たちが、賑やかに酒を酌み交わしていた。上座にいる局長は酷く機嫌がよく、よく響く声で喋り、笑い、酌にくるものに酒を注ぎ返したりしている。
皆で話しているのは「女」の話、だった。
隊士達は遠まわしにだが、近藤が新しく囲った女を、見てもいないのに誉めそやし、羨ましいと繰り返す。聞くたびに満足げに笑って、さらに近藤の機嫌がよくなる。
そんな中で、近藤の隣に座っていた土方が、つ、と席を立つ。すぐに気付いたのは、島田だけだった。青い顔だ…と、思う。ずっと見ていたからこそ判るのだが、酒を飲み始めた時よりもさらに、土方は酷い顔色をしている。
こっそりと視線で追っていると、土方は部屋の隅を通って歩いて行き、障子に彼の手が届く頃に、やっと誰かが声を上げた。
「どうなさったんですか、副長。宴はまだ、これからですよ」
もう酔ってしまっているらしい隊士の、そんな浮かれた声を聞いた土方は、振り向きもせずに言葉を返す。
「…ちょっと、外の風を浴びてくる。すぐに戻るから、俺の事は気にせずやっててくれ」
「んん? 何だ、大丈夫か? 歳」
「…だい、じょうぶだ」
ピシリ、と音を立てて、障子が閉まった。近藤の言った、歳、という呼び名が耳珍しいと、気にとめたものもいたが、それよりも今宵の話題は、局長の新しい「女」のこと。
なんという名なのか。
どこの女なのかと、皆の問いは段々あからさまになる。
いや、まあ、普通の女だよ。
器量はそりゃ…悪い筈もないが、などと近藤は頬を火照らせていた。
随分と時間が経っても、土方は戻らない。隊士達の誰もその事を気にしない。近藤も、空白になった隣の席を、気にしている様子がない。島田は静かに席を立つ。隅の方に座っていたし、元々寡黙なたちで、会話の輪にも入っていなかった彼を、誰が引き止める訳でもなかった。
大丈夫だろうか。と、そう思う。あんなに青い顔をしていたし。戻ると言ったのに、一向に戻ってもこないし。
いつも隊務で足を運んでいるから、土方の部屋の傍に行くまで、島田は何も思わなかった。それなのに、部屋の前に立った途端、声を掛けるのに酷く気兼ねした。
俺が来て何になる。余計なことだ。大体、不敬だろう…などと思いながら、障子に手を掛けられもせずに立ち止まっていると、不意に梅の香。
白い障子に濃く落ちる自分の影。それと重なって、灰色に伸びているのは、梅の枝の影。振り向いて、まだ綻びてもいない小さな梅の蕾を見やったその時に、部屋の中から声が聞こえてきた。
「い、勇…さん…?」
「……」
土方の声。酷く震えて、まるで凍えてでもいるように頼りなげな。
聞こえた言葉の意味を、脳が理解する前に、報告の時の癖でその場に膝を付いて、島田は言った。
「島田です」
「…あ」
名乗った後、聞こえてきた一音は、酷く饒舌だった。思えば、その前の呼び声にも、溢れるほどの想いが染みていた。
「すみません…。その…副長が中々お戻りになられないので、ご気分でも悪いのかと思って。…余計な事でした。失礼します」
「……まだ、宴は続いてるのか?」
床から膝を上げて、島田が立ち去ろうとすると、数歩も行かないうちに、土方の声が聞こえてくる。その声はまだ震えていて、冷たい夜風になぶられる、小さな梅の蕾を思わせた。
「ええ、当分、終わりそうではないです。局長もまだ飲んでおられますし、皆も…」
「…そうか。ちょっと…寄っていくか…? 島田」
報告の時と同じに、部屋に入ってすぐの場所に膝を付き、障子越しの淡い月明かりを浴びる土方を、島田は見る。その姿はまるで、人とは違うもののようで、数秒の間、彼は不躾に土方を凝視した。
白い襦袢だけの姿なのは、やはりもう休もうとしていたからだろう。畳の上に正座して、襦袢よりも白い…いや、寧ろ青いほどの首筋に、後れ毛を纏いつかせ、土方は少し俯いている。けれどその目は、盗み見るようにして島田を見つめているのだ。
土方から見れば、島田の姿は半ば影のようだった。月から注ぐ光を後ろから浴び、輪郭だけを淡く浮き上がらせた影。その大きくてがっしりとした体躯が、酷く誰かに似ていると、土方は気付いてしまった。
「…今まで気付かなかったが、こうして見ると島田は少し、いさ…、近藤さんに似ているな」
あぁ…だから。
だから、さっきも障子に映る影を見て、そう呼んでしまった。戻らない自分を気にして、宴会を抜け出してきてくれたのかと、土方は愚かしい誤解をした。
女の事、そうでなくとも組の仕事の事で、頭がいっぱいの近藤が、不意に昔の彼に戻ったのかと思った。自分と親し過ぎるほどの親友だった頃に戻って、ここに来てくれたのかと。
「あ…の…もうお休みになるところだったのに、お邪魔をして…」
局長に似ていると言われ、暗いままの部屋に呼び入れられ、いつもと違う目で見つめられて、島田はおずおずとそう言った。
「…なぁ、島田…聞きてぇんだが」
「え?」
零れた言葉を聞き返すと、か細い声で土方は呟く。
「島田は、陰間遊びは…好きか…?」
「陰間、ですか? いや、俺はその、不調法者で、色街にもあまり行ったことがないですが、どうしてですか?」
逆に問われて、土方は視線を逸らす。横を向いた首筋の、白い花のような色に視線を捕らわれ、島田はまた、食い入るように土方を見つめた。気付けば土方の唇は、紅をさしたように赤い。まるで食べられるのを待つ果実のように。
「…そう、か…。いや、男と…肌合わせて、そういうことをするなんざ、普通の漢なら、気持ち悪ぃだけだな。島田も、そう思うんだろう…?」
自分の言っている言葉を可笑しげに、笑いながら土方は呟く。だが、時折、細くなって消えそうなその声音が、島田の耳には、泣くのを堪えているような響きで届いた。
「いえ…お、俺は…」
言ってはならない。
そのことを口にすれば、それまで隠していた自分の想いを、隠すことは二度と出来なくなる。けれど、島田の唇から、その言葉は零れてしまったのだ。
「俺なら、す、好きな相手なら、欲しいと…抱きたいと思います。現に、貴方の事を、俺はずっと…」
二人の間に零れた沈黙は、そう長くは続かない。島田は顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がり、土方に背中を向ける。障子に手を掛けて開くと、さっきと同じに、まだ固い蕾の梅が見えた。
「島田」
「俺、もう、寝ます。酔ってるとは言え、副長に失礼を」
「…障子を閉めて、こっちへ来い。ここへ座れ」
島田は、土方に背中を向けたままで目を見開いた。月明かりが酷く眩しいように思えて、それに照らされた梅が、今にも淡く開きそうにも思えた。梅の香りが、辺りに満ちている。
「……出来ません。自分は悪い酔い方をしてるらしいので、ご迷惑が掛かりますから」
「迷惑なんかじゃねぇ。酒も殆ど飲んでねぇのに、お前に迷惑かけるのは俺だ。…頼みがあるから、今はここに…いてくれ…」
障子を閉めて、島田は土方を振り向いた。白い襦袢よりも白く、透き通るような肌が、そこにはあった。
きちりとあわせた襟を、ほぐすように両手で乱して、美しい首筋と喉と、鎖骨の影すら見せながら、土方は酷く狡い言葉で島田を誘ったのだ。
そんなに酔ってるなら、お前…
何があっても、朝には覚えちゃいねぇだろう…?
*** *** ***
「副…長…ッ」
胸で、両腕で、彼は土方の細い体を縛って、万が一にも逃げられないように、そのまま体の重みをかけ、布団の上に押さえ込む。
はずみで土方の首筋に、彼の唇が触れた。そのまま噛み付くように肌を辿り、島田は彼の小さな胸の飾りを強く吸い上げる。骨が軋むほどの抱擁に、一瞬もがいた土方の体が、胸を吸われた途端に強張った。
「…は、ぁぁ、う…っ」
たどたどしい手付きだが、それでも躊躇うことなく、島田の熱い手が、土方の着物の袷を割る。じかに大腿を撫でられ、下帯の上から握られて、土方はそこを一気に潤ませていた。
布地の上からでも、そこが湿り気を帯びるのが判って、もう下帯の布に邪魔されるのがもどかしい。早く、早くと気が急くのは、島田の方だったか、それとも土方が、だったのか。
続
初書き、島田×土方です。前半はこのように、土方さんは近藤さんを思って、とってもとっても一途で可哀相なんですよー。でも後半は…どうなるんでしょう??って、もう始まってますねっ。
展開が急すぎる気がして、ちょっと心配なんですけど、大目に見て下さると嬉しいです。オイオイ。
前・後、同時アップなので、続きもどうぞっ。
07/03/25

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