贄 の 声    1




 その日は酷く頭痛がして、夕刻の早い時間から、土方は部屋の周りから人を遠ざけていた。だからこんなところまで平隊士が入ってくるのを、誰も咎めなかったのだろう。

 白い襦袢だけのなりをして、庭の見える障子を開け、そこに膝を付いた途端、彼の視界に人影が映った。その男は庭に現れ、幽鬼のようにゆらりと立ったまま、落ち窪んだ目で土方を見て言った。

「左二郎を、何で殺した? なんであいつが斬首なんだ…」

「…何番隊だ、お前。平隊士だな。入ったばかりか」

 土方は膝で立った恰好で、開いた障子に手を掛け、片手で軽く自分の額に触れる。寝乱れた髪が頬でもつれ、袖口から零れた手首が女のように白い。 

「なんで殺した…」

 その男の、死人のように青白い顔。土方は無意識に視線を逸らし、それでも男の言っている意味を考えた。

 須崎左二郎…。確かについ一週間に、その男は斬首に処されていた。茶屋で不逞浪士と会っていると、そういう疑いで捕らえられ、その時所持していた手紙のようなものを、奪われる前に口に入れて、飲み込んでまで隠したのだ。

 その上、左二郎は茶屋に何しに行っていたか、隠した手紙は誰宛で、どんな内容なのかと、何度問われても答えなかったから、疑いは晴らされることもなく首斬られた。

「あ、あいつは密偵なんかしてやしない。ただ、あの茶屋の女と気が合って、文をやり取りしてただけだ。なのになんで…。隊士は女に惚れても死罪なのか…?」

 何…。何を言っているんだ、この男。
 斬首された須崎左二郎は密偵じゃない?
 女に文を渡そうとしていただけだった…と?

 土方は微かに目を見開き、男に聞き返そうとして口を噤んだ。今更だ。もうその男は死んだ。そんな話をここでしても、もう意味はない。もう済んだことだが、ならば俺は、罪の無いものを斬首にしたのか。

「…何番隊だ。不満があるなら名をそえて書状に書いて、組長を通して差し出せ」

 視線を逸らしてそう言って、開けていた障子を閉めようとした、その瞬間の事だった。肩に痛みが走った。その次には背中が痛み、固く目を閉じて、次に開いた時には、男に圧し掛かられている。

「右一郎。左二郎の兄だ。あんた、今も目ぇ逸らした。あいつの首が落ちる時も横を向いて見てなかった。冤罪だと、判ってるからだろう。違うと誓えるなら人を呼べ! 呼んで俺の首も落とせ…ッ!」

 言われた瞬間、ほんの僅かの間だが、土方の中で時間が止まった。確かにあの時、自分は目を逸らした。死罪にされたあの隊士に、罪が無いと思っていたわけじゃない。ただ、確かに有罪だと言う根拠も無かったのだ。

 咎人の目が、あの時、一度、真っ直ぐに土方を見た。嘘のない目かどうか、見れば判ったかもしれなかったが、既に斬首は決っていた。だから見ていられずに、土方は目を逸らした。

 時々、そういうふうに心折れる時もあるのだ。彼だとて人間で、組のために自分の決めた法度が、あまりに重い時もある。

「呼ばないのか…? なら、あんたも咎人だ。何の罪もない、左二郎の首を落とした」
「…俺…は。…ぁ…っ」

 風も無い静かな夜だったのに、不意に風が強くなった。細い庭木の枝が揺れ、赤く色付いた葉が吹き飛ばされていった。

 半月の光だけを灯りにして、薄暗い部屋の入り口に、組み敷かれた土方の肌が目立つ。女のそれのように白く、柔らかく、なめらかな体。着物の上からでは、誰にも判らないであろう、酷く華奢な手足。

「おまえ…ッ、き、気が触れてるのか…?!」
「だったらどうした。たった一人の弟を殺されて、兄の気が触れでもしなけりゃ、左二郎が可哀相だ」
「は…、離…せッ」

 自分が正しいと思うなら、人を呼べ。

 そう右一郎は言ったのだ。言葉の形が違っても、あれはそういう意味だ。土方は自分の声が、喉ですくみ上がるのを感じた。新選組の鬼副長が、たかが平隊士に襲われて組み敷かれて…。

 そんな場面を、誰かに見られるわけにはいかない。誰にも、見られたくないと、そう思うから声が出ないのだ。そうしてそれだけではなく、自分が正しいのだと、胸張って言える思いなど、心の何処にもありはしないから。

「ぁあ、あ…」

 これは復讐なのだろうか。弟を殺された復讐に、敵の土方の矜持を引き裂き、屈辱にまみれさせ、後悔させようということだろうか。

 右一郎は狂ったように、土方の襦袢を引き裂いた。襦袢だけでは足りず、たった一つ残った白い下帯までも取り払い、彼を何も纏わぬ姿にさせた。そうして獣が餌を喰らうように、口を付け、しゃぶり立てたのだ。

 風はまだ続いている。哀しげな悲鳴のような音を立て、その風の冷たさは、無抵抗に貪り食われている、土方の心の中にまで吹き行ってくるようだった。


 *** *** ***

 
「今日はこれから、少し考え事をしたい。誰も俺の部屋には近付かせないように」

 その夕も、土方は小姓にそう告げた。忠実な小姓はそれを聞き、土方の部屋へと向う廊下に座り、そこへ来るものがあればその言葉を告げて、人を払った。

 夜半を過ぎても、小姓はそこを動かない。追い払われたものも、それを疑問になど思わない。不満も抱かない。組の者なら大抵誰でも、土方の命は絶対だと思っているからだ。

 しかし、その夜、
 その先の廊下には、
 贄の声が響いていたのだ。
 
「ふ…、んあ、ぁ。んん、く、ふ…ぅッ」

 しっとりと露を含むような声が、随分と前から闇に響いていた。それと同時に、布地が擦れる音と、畳を引っ掻く音がしていた。土方は自室で、声を押し殺し切ることも出来ず、屈辱と快楽に喘いでいる。

 彼にそうさせているのは、須崎右一郎。彼は土方の両脚を押さえて開かせ、その付け根に顔を埋めているのだ。

「く、あぁ…ッ、はぁ、ぁ…」

 いやいやをするように、土方は首を左右に振り、広げられた両足をもがかせてはいるが、その抵抗はあまりにも緩い。彼は明らかに自分から、その右一郎に陵辱を許している。

「ひ…ぁッ! ぁあぁっ」

 がくり、と土方の腰が震え上がり、そこに顔を埋めている男が、二度、ゆっくりと喉を上下させた。飲み下して男が顔を上げると、腫れたように真っ赤になった、可哀相な土方の肉茎が、そこでくたりと力を失ってしなだれている。

 胸にある可憐な乳首も、妙に赤い色をしていた。長い時間をかけてじっくりと弄られ、苛め抜かれ、すぐにも血が滲みそうな色なのだ。

「も…ぅ、今日は…。気が済まないなら、近いうちまた、お前に時間を作るから」
「………」
「…ッ、く…ぁ…っ」

 口の端から、白濁した液を零し、男は土方を上から凝視している。正常な目ではなかった。何処か、何かが外れている目だ。狂ったようなそんな目付きで、右一郎は土方を見ている。

 そうして見つめたまま、随分前から裸のなりで、自分に肌を許す上司を、彼は睨み据えるのだ。その視線がするりと下方へと滑り、また土方のそれを見る。そのまま顔を寄せて、歯を立てる。

「い、痛…ぅッ」

 ああ、もう、皮膚が裂ける。血が滲みそうだ。痛くて痛くて辛いのに、快楽は波のように繰り返し訪れて、そう時も稼げずに、土方は精を滴らせてしまう。

 こんなにいたぶられては、明日まともに立てないかもしれない。何とか立っても、歩くには足を引きずるだろう。その様子は隊士達の目にも止まる。

「ぁあ…、ゆ、許してくれ…っ。ひぅ、んぁ…あッ」

 びくびく、と、肌を震わせて、土方はまた一度放つ。そこから口を外し、右一郎は土方の雄を眺めていた。綺麗な桃色をした性器が、濁りの無い真っ白な精液を飛ばし、広げられた脚の間でふるふると震える様子を、じっくりと…。

 着物に飛んだ精液を、手のひらで乱暴に拭い取り、彼は立ち上がって背中を向けた。自分が何をしていたのか、唐突に忘れてしまったような、そんな顔をしている。

 土方は右一郎の背中を、疲れ切った様子で見上げ、そのまま起き上がる力もなく、ぐったりと目を閉じる。障子が開き、かすかな音を立てて閉じる。立ち去る足音は廊下ではなく、庭の敷石の上を渡っていった。



                                    続













 
色々、設定とか考えたんですけどねぇ。考えれば考えるほど、ややこしい話になって長くなりそうなので、詳しい内容は一度忘れる事にしましたわ。笑。

 最後まで詳細設定が出てこなかったら、暇つぶしにでもブログに書くかも?

 えーと、右一郎さんは、土方さんより背が高くて、横幅も少しあるけど、島田ほど大きくないです。だから土方さんが本気で抵抗すれば、多少愛撫の邪魔するくらいできると思うけど、どうも彼、無抵抗に抱かれる決心してるみたいで。

 あぁぁっ、島田、出てきてないじゃないっっ。ぎゃー。スイマセンっ。つ、次は必ず出ますから!


2007/11/18