幾 鳴 幾 夜  七 





 不器用に慣れぬ仕草で、島田は土方の脚を開かせた。その間にあるものが、小さく揺れて、濡れ光っているのを直視できずに、ぎゅ、と目を閉じたまま、それでも土方のものを、無骨な手でおずおずと愛撫した。

 あ…、と甘いような吐息が聞こえる。開かせた脚はさらに開いて、もっとして欲しいと言いたげに、土方は腰を布団から微かに浮かせた。確かに「慣れて」いるのだろう。けれど彼が知っているのは、斉藤一の体だけで、彼との営みだけなのだ。

 他の男の腕など知らない。他の男の愛撫など知らない。他の男と、身を一つに繋げるなど、本当は想像したことも無かった。だけれど慰める腕が欲しくて、寂しさを愛撫で掻き消して欲しくて…。それならば、島田がいい、と、今夜…初めてそう思った。
 
 島田はそんな土方の思いの、どれをも正しくは知らずに、それでも心の全てを捧げるように、静かに、そして震えながら彼の体に触れている。まるで体の大きな大人が、小さな子供をあやす様に、その手は大きくて、酷く優しく暖かい。

「ぁ…あ…。島田、しま…だ…。来てくれ…」

 土方はそうやって、縋るように島田を呼んでいた。島田は躊躇いながら、自分のしようとしていることに怯えながらも、自身の昂ぶったものを、そっとそこへあてがう。狭くて小さな土方の菊が、少しずつ、少しずつ広げられて、島田のものを飲み込んでいく。

 そのあまりの大きさに、土方は息すらまともにつけなくなり、島田の背中に縋りついて、がくがくと身を震わせた。快楽が、どこかにあることは判っていたが、それよりも、裂かれるような苦痛と恐怖が、土方の身に迫ってくる。

 そんな土方の姿を見ながら、自分までもが痛いように、島田は顔を歪めている。

「…ふ、副…。土方…さん…っ」
「ぁ…ひッ」

 短く、そんな悲鳴を上げて、がくりと彼は震えた。ほんの少し、先端だけやっと入ったものが、唐突に引き抜かれたのだ。それだけで裂けたかと思うほど辛くて、止めていた息を強く吐く。

「……や、止めるな」

 痛みに怯えているくせに、それでも土方はそう言った。島田は酷く辛そうに、何度か首を横に振ったけれど、愛しい土方の意思が変わらないと知ると、ぐ、と歯を食い縛って頷いた。

 怖気そうな自分を律しながら、彼は土方の両脇に手を入れ、小さな子供を抱き上げるに似た仕草で、彼の体をすくい上げる。そうしてベッドの上で体を反転させてやり、うつ伏せの格好にさせた。

「島田…。なに…」
「膝を立てて、少し脚を…広げてください。お、お嫌でなければ」

 振り向いて、不思議そうに島田を見ていた土方の頬が、さっ、と赤く染まる。

 後ろから? こんな格好で抱こうと…言うのか? 俺ぁを。

 土方は躊躇したが、島田には島田の想いがあるのだ。さっきみたいに、あんな痛くて苦しい思いをさせるのが、彼にはどうしても居た堪れない。この人には、四つん這いも屈辱だろうとは思ったが、それしかもう、方法は…。

「どうしても…お嫌ですか…。俺などを相手に、こんな」
「……いや、いい…。気にしねぇ。こういうのも、したことは…ある」

 斉藤と…。

 あいつは、そういや、強引だったな。乱暴で、痛いときもあったし。最中に俺に、いいか、嫌か…など、聞いたことなんかありゃしねぇ…。ふ…と浮かんだ若い顔。もう遠くなりそうなものを、今でも痛いほど鮮明なその記憶に、枕に押し付けた土方の頬が、一筋濡れた。

「……早く。い、入れて、くれ…」

 ぐい、と尻を上げるようにして、土方はもう一度言った。はい、と島田は小声で言い、腰を近寄せる前に、そこへ再び顔を埋めた。熱い舌にほぐされて、土方は必死で声を押し殺す。しつこいほどに舐められて、しっとりとそこが濡れた頃、待っていたものがとうとう其処を押し広げてくる。

 強引に深く貫かれて、とうに焦れていた体はすぐに燃え上がっていく。乱暴に、強く、激しく抜き差しされて、声を抑えるのも辛くて…。だが、途中から土方は何かに気付いたのだ。違う、と、そう思った。

 太いものが、自分の中をえぐっている。だけれど、これは…。

「し、島田っ? し、ま…っ。ぁあ…ッ」

 振り向こうとすると、島田の手のひらが、酷く乱暴に土方の頭を押さえた。枕に無理に顔を押し付けるようにされ、そうされながら、さらに激しく中をかき混ぜられる。

「ひ、ぁ…っ、あぅ…っ…」
「動かないで、ください。どうかっ、じっとして…。怪我を、させたくないんです…っ」

 跳ねるような息遣いで、島田は熱く囁く。がくがくと揺さぶられる動きと同じに、島田の声は揺れていたけれど、彼は土方の頭を押さえたまま、振り向かせないようにし続ける。

「俺は、ほんとに不器用なんで、貴方にじっとしててもらわなきゃ、ちゃんと出来ない。だから、土方さん」
「ぁ…んぁ、ぁあッ、あ…ひ…ッ。しま…だ、島田…ぁ」

 激しい絶頂ではなかったが、それでも何度か土方は放った。熱い島田の手が、後ろからそっと回されて、彼の茎をおずおずと擦り、先端を撫でて優しく射精を促してくる。もっと痛いほど扱いて欲しかったが、土方はもう何も言わなかった。

「ぁあ…。島田、熱いな…お前の…。もう、焦げちまいそうだ…」

 ほろりと零れるように、土方は言う。島田はどこか満足そうな彼に気付いて、その背中に自分の胸を重ね、彼のうなじに軽く唇を触れた。
 
「その…、お、終わったので…抜きます」
「うん…」

 ふう…っと息を吐いた土方の体から、島田は指を抜いた。彼は最初に一度だけ、先端のみを入れたあと、彼の柔らかな肌を傷つけるのが怖くて、とうとう一度も、自分のものを使おうとはしなかったのだ。

 どうしても出来なかった…。怪我をさせたくなくて。息が出来なくなるほど、酷く痛がる土方を見るのが、あまりに辛く、苦しくて。だから、指を二本、三本と増やしつつ入れて、抜き差しして、それで誤魔化したのだ。

「島田」
「…は、はい…」
「おめぇは、優しいな」
「い、いいえ…っ、俺は…」

 気付かれたのだと思って、島田はうろたえた。言い訳の言葉を探す島田の姿を、土方は眺めている。知らぬ振りをしながら彼は思っていた。

 そんなことを、ばれねぇと思う方が、どうかしてるのにな。

「…抱いてくれ」
「え…あの…」
「違う。ただ…抱いてくれと言ってんだ。ここに、きてくれ」

 するり、と、土方の手が、乱れた敷き布を撫でる。島田はどきどきと胸を高鳴らせながら、言われた場所へ腰を下ろした。土方が彼の体へ小さく寄りかかり、目を閉じて微かに言った。

「あったけぇ…。いいな、傍にいる…ってのは」
「ひじか…」

 一瞬、意味が判らず聞き返しそうになって、島田は口を噤んだ。もう、自分へ体温の伝わらない男を、土方は想い続けている。

「…知ってたか? 窓、さっきから開いてんだぜ…。でもずっと、寒いとは思わなかったんだ。冷てぇ風が、肌に気持ちいいくらいだった」

 見れば確かに窓は開いたままだ。言われてやっと気付いた島田は、部屋へと吹き込む風と雪を眺め見て、何故だか少し、不思議な気がした。まるでここは、夢の中の世界のようだ…。目覚めれば、全てが夢で…もしかしたら、今もまだ俺たちは、あの京に。

 あぁ、そうならどんなにいいだろう。そうなら土方さんは、今、一番傍にいたい男の傍にいて、いつも島田が見ているような、寂しげな顔などしないだろうに。

 あの頃、この人と深い仲の斉藤を羨んで、妬んではいたが、まさか殺したいと思ったなど、あれは今夜の土方を思いとどまらせようとするための嘘だ。何よりもこの人の幸せを願っているのだから、それが自分の腕の中でなくとも、ただ、幸せで…幸せでいて欲しかった。

「し、閉めましょう。窓」
「寒いか?」
「いえ。でも、床が濡れていますし」
「床なんざ……。なぁ…俺ぁを抱くのは、嫌か? もう一度さっきのようにってんじゃねぇよ。こう、肩に腕ぇまわしてくれりゃぁ、それで」
「こ、こう、ですか?」
 
 おずおずと片腕を土方の背中に回して、軽く肩に腕を乗せると、彼は途端に縋るように、島田の胸に胸を重ねてくる。

「…おかしいな、こんなのは」
「いえ、そんなことは」
「おかしいさ。大の男が部下を相手にさ。母親を恋しがる乳飲み子みてぇに…。どうかなっちまったのか、って思うだろ。京では仲間たちまでも震え上がらせた、鬼の新選組の副長が…」
「いいえ! いいえ…思いません」
「…そうか」

 言ったきり、土方は酷く静かになった。彼の肩に頭を乗せ、顔を下へ俯けて、あまりに長いことじっとしている土方を、疲れて、眠ったのかと島田は思う。そう思ったからこそ、島田はぽつり、ぽつりと呟いた。

「思いませんよ…。俺は、貴方より幾つも年上なのだから、少しくらい甘えたって、いいじゃないですか。今まで脆いとこも弱いとこも、辛いことも苦しいことも、みんな隠して強がってた分、俺にくらい、頼ったって、いいじゃないですか…」

 呟くうち、島田の声は震え出してしまう。彼は泣いていたのだ。

「もしも、誰かが貴方に、こんな苦行を強いているなら、俺はどんなことをしたって貴方を助けようとしただろうに。だのに、貴方は貴方自身で、辛いことの中に分け入っていってしまいそうだ…」

 ぽたり、と涙の雫が落ちて、土方の髪を濡らした。

「結局、俺は、貴方には何の助けにもなれませんか。一夜ばかり慰めるくらいしか、俺が貴方にしてあげられることはないのですか…」

 ぽたり、と、また雫が落ちて、今度は土方の頬を濡らした。

「どうかもう、気負わずに…。寂しいなら寂しい、辛いなら辛い、そうして嬉しいときは嬉しいと、そう感じて生きて欲しい。貴方を想った誰もが皆、そう思っている筈なんです」

 顔を歪めて天井を仰ぎ見ていた島田は、土方が眠ってはいず、じっと彼の言葉を聴いていたことに気付いていなかった。 
 










 誤字がないといいな。書いたすぐあとでそれかいー。でも…誤字チェックをする気力が残ってなくて。見つけたらなおします。ごめん。このまま二話同時アップでラストまで行きますー。

 あ、そうだ気付いた方いるかどうか、もくじの★一個減らしたの。あは。


2010/08/16