幾 鳴 幾 夜 六
口くらい吸ってくれ。
そう言われて、島田の身は凍りついた。出来るはずのないことを命じられたように思った。命令などではないと理性で判ろうとしても、恐れ多い、と心が縛られた。
息すら止めてしまった島田に、微かな吐息を聞かせ、この上もなく優しい声で土方は言うのだ。
「金で身を売ってる、そういう女を…抱くんだとでも思やいい」
「…ッ! そんな…っ。…ぅ…」
激しく顔を上げた島田の唇に、土方は自分の唇を押し付けていた。軽く触れ合わせ、様子を窺うように一瞬放し、静かに頬笑んだ顔で、もう一度触れてくる。ちゅ、と音を立てて、小さく吸いさえした。
「俺から手は触れてねぇ…。そら、なんでもねぇことだろう?」
「こんな…こ、こんなことは…っ」
動揺冷めやらず、ぶるぶると震える巨漢に、土方の声が諭すように届く。優しい声だった。心をとろかすような、甘い響きだ。
「このままじゃ進みやしねぇ。抱きてぇんだろう? 俺ぁを…。さっき言っちまってんだから、もう隠すんじゃねぇよ。言われなくたってずっと俺ぁは判ってたしな。熱い息しやがって。触れねぇでも判るぜ。そっちの温度も相当だ」
土方の視線がそうやって、島田の顔から下へと逸れる。胸を通って腹を辿り、そのさらに下の、猛る塊へと。
「自分を隠すな、島田。何より、俺が欲しいって言ってんだ。抱かれてぇって何度言やいい? これ以上まだ、俺ぁに恥を…」
「でも、副長。でも…っ」
「いい。もう黙れ」
仰向けのまま、ベッドに肘をついて背を浮かせ、土方は三たび島田の唇を求めた。横を向いて避けることも、身を放してかわすことも出来た筈なのに、島田の体は動かなかった。
目を見開いたままで口吸いを受けて、何度も吸われ、息苦しくなって微かに開いた島田の口内に、土方の舌が滑り込んだ。痛みでも耐えるように、びく、と体を震わせ、全身に力を込めて島田は動かない。
長く、長く口付けは続いて、終いには土方の、自身の体を支える腕がしびれて、半身を持ち上げ続けていられなくなる。
「ぁ…、島…っ田…」
零れた土方の声は、懇願だった。
「…お、お許しをっ、どうかッ」
そうして答えるように囁かれた島田の言葉で、土方は嬉しそうに笑う。重たくて熱い体が、彼の細い裸身の上に覆い被さってくる。大きな手のひらが震えながら土方の両頬を包み、大事に守るようにしながら、とうとう島田の方から土方の唇を求めた。
世辞にも巧いとは言い難い愛撫。歯が二度三度ぶつかって、唇が切れてしまいそうだ。戦いの最中のように息を切らして、何かを失う時のように島田は顔を歪めている。
いつの間にか土方は自身の両腕で、島田の背中に縋りつき、自分から口付けの激しさを欲するように、島田の髪に指を絡めていた。
「副長、副長…副、長、副…」
「土方と、呼べよ」
「…ひ、じかた…さん」
「あぁ、いいから、もう…お前ぇの、してぇように。自分を押し殺してるお前ぇは、見ていて辛いと、ずっと…」
無我夢中で土方の唇を求め、その口付けが無意識のうちに他へと移る。喉を、首筋を…胸をなぞり、臍の窪みを感じ、その痩せた脇腹を…腰骨を浮き立たせた場所を、唇で愛撫する。手のひらでなぞる。
けれども、無我夢中でありながら、島田は心のどこかで泣いていた。ずっとずっと、ずっと、自分を押し殺し続けてきた人は、本当は誰なのか知っている。脆く弱く臆病で、気のいい優しい土方歳三は、ずっと隠され続けてきたのだ。
真実かどうか判らないままで、隊士の幾人もを粛清した。
意見が合わなくとも、仲間として好きだった男を切腹させた。
敵だとは言え、あまりに残虐すぎた攻め問い。
そして、救えなかった命の重さを、忘れる器用さも
こんなに優しい彼の中に、本当は…ないのに。
「あぁ、俺の方こそ、ですよ…副長」
時代にも、組織にも、それを許す余裕はなかったと判っていても、島田はずっと、自分の方こそ彼に言いたかったのかもしれない。「新選組の鬼の副長」。そう呼ばれ続けた彼。そう呼ばれるような姿を、自らの役割なのだと、演じ続けてきた彼。
その荷はもう、降ろしていい。
少なくとも、こんな場所では、どうか、素のままの貴方で…。
何も押し殺したりはせず、したいように、自由に、ありのままに。
「島、田…。あぁ、島田…。きて…くれ…」
微かな声が聞こえた。羞恥に肌を染めながら、ほんの少し脚を開き、ほんの少し腰を浮かせ、脚の間のそのモノを、溢れ出すもので艶光らせながら、土方は愛撫より先のことを欲しがっていた。
「…お、女じゃねぇんだ、こんなことで壊れやしねぇし、俺ぁは、ほんとに…ほんとに慣れて…。だから、島田、しま…だ…」
「い…いいのですか…」
「構わねぇ。…あぁ、違う、欲しい…。俺ぁが、欲しいんだ。ここに、お前ぇの…お前ぇの…ッ。…ぁ…」
ぐい、と両脚を抱え上げて広げた。肉などすっかり落ちて、鞭のように綺麗な筋肉だけが、島田の手のひらに伝わる。反り返った茎が雫を落としながら震えて、その下の袋が酷く張り詰めているのも判る。
閉じた蕾は小さな菊の花を思わせて、それが小刻みにひくついているのが、あまりに淫らで、同時に可愛くも見えて…。男となど、したことはない島田だったが、そのまま捻じ込むのが無理なことくらい判って、殆ど無意識に顔をそこへ落としていた。
「ひ、ぁあ…あぁッ、さ…い…っ」
一瞬。
そのほんの一瞬だけ、土方の心は、あの頃の京へと飛んだのだろう。きつく閉じた脳裏に、花一の茶屋の天井が見える。うっすら、透かし模様の入った上等の唐紙を映していた目。その視野に、結い上げた髪を、ほんの少しだけ乱した、若い…土方よりもずっと若い男の顔が見える。
無意識なまま、たった一度、半分だけその名を呼んで、土方は、ベッドの上で敷き布をめちゃめちゃに乱すほど感じた。
弾け飛ぶ白い熱い滴りが、上等のベッドを汚すのを、ぼんやりと島田は見ている。最初から、身代わりだと判っていたし、それを恨む気持ちもない。自分が代わりになれたらと、あの男がそうしたようにこの人を癒せたらと、そう思う気持ちは変わらない。
だから、そのままその菊を啜って、舐めて、濡らして、舌まで入れてほぐしながら、やり方が少しは、似ていればいいとまで思っていたのだ。そうして、島田は言った。無理かもしれないが、出来るのなら、針で突いたほどにもこの肌を、傷つけたくはなかった。
「…力を、抜いていて、ください」
「あ、ぁ…島田、判ってる…大丈夫だ」
島田、とそう呼んでくれる声に、思わず涙が滲む。あの男の代わりでいいと思っている筈が、嬉しさを感じるなど、やはり自分は身勝手なのだなぁ、と島田は健気にそう思っていた。
続
エチシーンなのに、何故かエロくなりませんよね? なんで?
まぁ、そんなことはおいといて。島田の健気さに、惑い星は息苦しさまで感じてしまいます。そして島田がそう思って、そうしたいと思ったことを、斉藤は無意識に、彼なりにしていたのだと、ついそう思ったんですよ。
やはり斉藤贔屓ですね、惑い星は。
すなわち、自分の役目を果たそうと、己を殺し続けている土方さんに「自分らしく」「本音を零す」場を与えていたというか。そりゃつまり、二人きりで会って、身を絡めているときのことですが。
攻めて攻めて攻めまくって、欲しいとか気持ちいいとか言わせたり、しまいにゃ泣かせたり。そういうのって、なんというんでしょう、がちがちに自分を律していた土方さんのストレス解消っていうか…。
うーん、斉藤の暴走ワンコぶりの、ただの援護ですか。そーですか。そーですね! すいません。なんで島土なのに斉藤を援護してるのか…。あーーーーーーー、ホントにごめん、島田!
10/07/19
