其は常の褒美にて 9
崩れ落ちる全裸の体を、斉藤は心得たように素早く抱きとめる。土方はがくりと首を仰け反らせ、ついで項垂れて、湯に漂う白いものを見たらしい。ただでも湯あたりしかけているものを、羞恥でさらに首まで染めて、両腕を突っ張って逃げたがる素振りを見せた。
気付けば斉藤は、酷く心配そうな顔でそんな土方を見つめている。嫌がられているらしいことに、遅れて気付いて腕を緩めれば、土方は途端によろめいて、危うく湯船で溺れそうになった。
「いきなり、離すんじゃ、ね、ぇ…」
「…き、傷は?」
「傷。あぁ、そんなのは、もうどうでも」
浴槽の縁に、なんとか腰を寄りかけた土方の足の間のそれが、まだ半端に立ち上がったまま、半ば湯に水没し、半ば見えているのが目のやり場に困る。
「斉藤…」
おろおろと、どうしていいか考えるばかりで、手を伸べる事も出来ないこの男を、困ったような目を斜めに見ながら、土方は額の濡れた髪を、指で解くように撫で上げる。
色香が、文字通り匂うようだ。湯から立ち上る白い湯気のせいもあるのか、現実味が薄れて見えるほど、土方は綺麗だ。ぼんやりと見つめてばかりいる斉藤に、頬を染め上げた顔で彼は言ってやった。
「そういや、まだちゃんと言ってなかったか? 俺ぁは、昨日の手柄を褒めにきたんだがな。夕べのじゃ足りねぇと思ったんで、さらに上乗せして褒美をやろうと思ってんだ」
「…あ、煽らないでくれ。俺は」
あんたにそんなこと言われたら、またすぐにケダモノになる。そうして箍も何もすっかり飛んで、盛りのついた犬みたいに、あんたを喰らっちまって、夕べみたいに、酷いことになる。
「じゃあ、金を受け取るか。それとも、俺の持ってる刀の一本でも、どれか好きなのを褒美にやろうか。…そんなもん、どうせ嬉しかねぇんだろ。だったら欲しいもんを好きなだけ取れよ」
ただし、歩けねぇようにされんのは困るけどな。
その、最後の言葉は、斉藤の耳に唇を触れるようにして囁かれる。土方は自分から彼の胸に触れ、そのまま腹まで滑らせ、そこからさらに手のひらを下へとおろした。びく…っ、と斉藤の肌が反応して、間近にある土方の顔を見る。
「こういうのは、どうだ? 今までと趣向が違って、結構いいんじゃねぇのか? まぁ、したことねぇんで、見よう見真似だけどな」
凄いことをしているのくらい、土方にも自覚はあった。言っているのは本当のことで、女相手なら別だが、無論、男を相手にこんなことをした経験なんかない。だが、考えてみれば、似たようなことも、もっと凄いことも、何度もされている。
指がとうとう触れて、根元から指を絡めて握れば、そこが別の生き物のように、びくりと震えて跳ねるのが面白い。面白くて、妙に興奮したような気分になって、そこばかりを眺めながらするするといじっていると、酷く押し殺した嗚咽が、一度、二度と聞こえてきた。
「…ぅ…、う」
気持ちいいんだろうか。と、土方は思った。何故か顔が上げにくかったが、興味の方が遥かに勝って、ぐい、と顔を上げて斉藤を見た。いつもは人に散々、もっと凄いことをしているくせに、この男は固まったようになって、瞬きすらしない目で、土方のしていることを見ているのだ。
「よくねぇか? 下手か、やっぱり」
「………」
「…なら、口の方がいいか?」
「…っ! …だ、駄目だ! 副長にそんな」
「何が副長だっ。興の冷める呼び方すんじゃねぇよ」
苛立って、きり、と握りこんでやると、斉藤の顔が歪んだ。泣きたいような目になって、唇を震わせているのを見て、土方は唐突に、今まで考えたことも無かったことを思っていた。
なんだか、こいつのことが…。
愛しい、と。
とおも離れた年のことじゃない。自分を真っ直ぐに好いてくれていることとも別に、ただ、戸惑うその顔と、潤んで見える目が…。
土方は少し悪戯っぽく、口の端を持ち上げて笑った。
「決めた」
「……ひ、土方さ…」
ひく、ひく、と其処を跳ね上げながら、両の手でこぶしを作っている斉藤。その片方の手を取って、土方は自分の髪にその手を触れさせる。
「斉藤、目ぇ、閉じとけ。命令だから、いいと言うまで開けるな」
「だ、駄目です。駄目だ、そんな…あんたにそんなことを」
「そんなでも、こんなでもいい。目ぇつぶれ、斉藤、どうしてもってんなら、見ても…いいけどな。お前ぇが嬉しいと思うんじゃなきゃ、褒美たぁ言えねぇだろ」
土方は身勝手にそう言い放つと、立ち尽くしている斉藤を、上目遣いで睨んで、とうとう目を閉じさせた。それから自分は湯船の縁に座り直し、斉藤の左脚を持ち上げて、自分の膝の上に乗せさせた。
ゆらり、と目の前で揺れているモノが、少し前に見たよりも立派なモノに見えるのに、今度はそれが自分にとっても大事なものに見える。逃げられないように、彼は斉藤の左足首を掴み、しっかりと押さえつけたままで顔をそれへ寄せた。
開いた唇がそれの先端に触れる。躊躇いもあったが、それよりも「してやりたい」思いが勝って、そのままずっと奥まで咥え込んだ。肌や指や、口付けしたときの唇の温かみと比べて、そこがなんでそんなに熱いのか、と、火傷しそうに思う。
深く咥えて、取りあえず軽く舌を動かせば、頭に置かせた斉藤の手にいきなり力が篭り、強引に顔を押し下げられて、それがすぐに口から外れた。零れた唾液の雫が、ぽたりと湯に落ちた。後退った斉藤が、湯に脚を取られてよろめく。
「ん…。ふぁ、っ。斉…藤…。そんな、嫌かよ。なんでだ、お前ぇがいつも俺にこうして…」
「…ゆ、許して、くれ。俺は嫌なんだ。あんたが…こんな…っ」
残る片手で額の髪をくしゃくしゃにしながら、斉藤はまるで泣くように顔を歪めている。
土方にすれば、どうしたことだかさっぱりわからない。斉藤がいつも喜んで自分にしていることを、今夜ばかりは自分が逆にしてやろうとしただけだ。確かに、これまでの自分ならしようとも思わなかっただろうし、斉藤にもしも「しろ」などと言われたら、激怒してしばらく口も聞かないくらいだったかもしれない。
だが、今日は何故か、してやりたいと思ったのだ。殆ど確信して、喜ぶだろうと思ってもいた。だのに、いったいなんで。
「読めねぇな、お前ぇは。…ったく」
俺がせっかく、色々考えて「為に」と思ってしたこと全部、
すんなり伝わったためしがねぇ。
「……ひじか…」
少し怒ったように言われて、斉藤はまたしてもおろおろしている。自分のその言い方と態度で、さらに斉藤がそうして萎れると、それを見て心がまた揺れて、焦れるような、悪いような、自分の段取りや遣り方全部、どこもいいとこなんか無いのじゃないかと苛立つ。
「も少し…湯に浸かったら、俺は屯所に帰る」
「………」
「お前ぇへの褒美はまだやり足りねぇから、別にまたなんか考えるさ。お前ぇも、欲しいもんが思いついたら言え」
ちゃぷん、と静かな水音を立てて、斉藤のすぐ傍で、土方は肩まで湯に浸かって、首筋の後れ毛を、高く括った髪の結い位置へと撫で上げた。撫で上げても撫で上げても、一度零れた髪は、はらりと首筋へ垂れて、その肌の白と、髪の黒の差が、あまりに鮮烈で怖いほど。
斉藤は言おうとして澱み、また何か言いかけて唇を噛む。自身の不器用さに、握るこぶしの震えも、その詰まらせる息も、全部が全部、土方の背に響いてくるようで、彼は斉藤の方を見ないままで言った。
「ひとつ、言うがな、斉藤。そうやって言葉を飲むんじゃねぇ」
瞠目して斉藤が、自分の背を見つめるのも、視線が刺さるほどに感じる。なんてぇ素直な目ぇしてやがる。なのに思うこと思うことみんな、言葉にしないで心で殺してやがって。だから、こいつの良さなんか、誰も知りやしねぇ。
俺しか判らねぇ、こいつのいいとこが、沢山あるのに違いねぇのに、な。あぁ、だから俺ぁは。…俺ぁこそは、知ってる筈のこいつを、ちゃんと受け止めてやらねぇと嘘なんだ。そうじゃねぇと、繋ぎとめてねぇと、どっかへいっちまうかもしれねぇ。
ざぶり、湯が揺れた。壁で灯っている幾つもの火が、揺れた水面に移って乱れた。
続
思うのですが、この二人ほど、互いの想いをちゃんと伝え合えない恋人同士もないんじゃないかと思うんです。斉藤は元々があんまりな寡黙。土方さんは、指示命令などのときこそ、立て板に水でつらつらつららららと喋れるくせに、自身の心となると、途端に欠片も見せない。
彼が好いた相手に「好きだ」と言えるのは、もしや最期の時とか、永遠の別れの時とか、そういうあんまりな場面でだけなんじゃないかと思ってしまったよ。
斉藤はねぇ、時と場合によっては、ガッツガッツ犯して、下にはアレを捻じ込みつつ、好きだ好きだと耳に捻じ込んでそうですけど。おっと、酷い言いようですまんですー。
でもなー。土方さんてそういう時の声が、ちゃんと聞こえているかどうか。ハハハハハ。たまにはお互いちゃんと正気の時に、腹割って気持ちを告げたらどうなの?と、思ったんですけど。中々言いそうもないよ土方さんっ。
そんな感じで、次回へ続きますー。次か、その次でラストですから、もう少しお付き合いくださいませね。可愛い男どもだな、と、思ってやってもらえるよう頑張ります。
10/07/10
