其は常の褒美にて  8





 折角、ふたりでこうして、邪魔の入らない場所にいるのに、
 なんでこいつ、横ばかり向いていやがるんだ。

 斉藤の、斜め後ろ頭をじろじろと見ながら、土方はそう思っていた。夕べだって、あんな理性も正気もないようなケダモノに変じて、さんざん自分を食い荒らしたくせに、本当に訳が判らない。

「おい」
「は」
「おい、おめぇな」
「なんだ。…いえ、なんですか」
「馬鹿。今更、そう畏まったってなんになる。いつもいつも不遜な口聞きの癖に。やめろ。こっちの調子が狂う」
「いえ」

 会話にならない。土方は苛立って、眉根を寄せてわざと言った。

「あぁ、痛ぇ痛ぇ、てめぇにやられた肌のあちこちの傷も。足の刀傷も、湯が染みてびりびりしてやがる」
「…っ! すいません」

 ばしゃ、と音を立てて斉藤は立ち上がり、腿から上全部を目の前でさらしたまま、酷いように狼狽した。

「お、俺は…俺はまたしくじったのか…?」
「はぁ?」
「怪我が悪くなったら、俺のせいだ」

 あんたに喜んで欲しくて武勲を立てて、喜んで欲しくて湯を借り切って、似合う浴衣を用意した。だけれどそれが全部全部、見事なまでに裏目に出て、迷惑をかけているだけだとしたら…。

「おめぇ…。馬鹿、何考えてやがる。俺は何もそんなことまで」

 斉藤の顔を見上げていた視線が、する、と下へ落ちた。あまりにも目の前にさらされているそれが、当たり前に視野に入って、一瞬、いやはっきりと数秒、視線はそこに止まっていた。

 別に高ぶっているわけでもないそれの、色や形や大きさ。それが、殆ど初めて目にする斉藤の大事な部分で、毎度、自分を泣き叫ばせるものなのだと思った。土方は無意識に片手の平で口を覆い、派手に湯を波立たせて後ろを向いた。

 思っていたより、大きい。いや別に、形とか大きさがどのくらいとか、見てもいないものを想像したつもりも無いが。はっきりと目にしてしまうと、あれがいつも自分のあそこに入ってきているのだと、妙に意識して動悸が速まる。

「あ、生憎、そんな、やわじゃねぇ」
「でも」
「おめぇも大概、女々しい野郎だな。大丈夫っつったら大丈夫なんだ! 俺は…おめぇに、今日の働きの褒美」

 褒美をやろうと思ってきてんだぞ。

 と、そう言い掛けた言葉が途中で切れた。背中を向けたその肩口に、夕べ斉藤が強く噛みついた歯の跡。赤く色を変えてしまうほどの目立つ跡に、いきなり、斉藤が後ろから唇をかぶせたのだ。

 苛々して、吊り上げていた土方の目が見開かれる。唇で触れるだけではなく、舌先でするりとなぞられ、ぞくん、と芯まで震えが走った。

「もう、上がってください。傷に障る…」
「そんなもんは大丈夫だと、さっきっから俺ぁは」
「でも"下"の傷の方が、深い筈だ。夕べあんなに血が」
「…っ、血なんかあの後、すぐに止まった。さっき滲みるといったのは嘘だ。どこもなんともねぇよ」

 言ってから、ごくり、と土方は唾を飲んだ。快楽を感じると、唾液が出るのはなんでだろうか、と薄っすら酔ったような頭で考えた。最中に口を吸い合えば、あまりにも淫らなほどの唾液を、お互いの舌に絡ませ合うようなことになる。

 ぁあ、そういや、褒美とかなんとか言って、つまり俺ぁは、こいつと、したくて今夜は来たのだ。夕べの痛いのも無茶苦茶なのも、あんなに困惑して逃げたくなったくせに、また欲しいのだ。

 この体の、なんてぇ淫らだろう。ケダモノだなんだと、こいつに、言えるこの口じゃあ、ねぇよなぁ。

「斉藤…」

 土方はしっとりと言った。肩口を吸っていた口が、舌が、今は左の耳朶を喰んでいて、その熱い舌の感触が気持ちよくて眩んでいた。

「俺ぁの下の傷が、そんな心配なら、その目で確かめちゃあ…どうなんだ…?」

 ざば…と湯が揺れた。その場で立ち上がれば、斉藤の目の前には土方の尻が差し出されたようになる。女の肌のように白くて滑らかでも、肌触りはもっとさらさらとして、今は透き通った湯の雫をつけていて綺麗だ。

「見てくれ、そんな酷ぇ傷か? おめぇが夕べ裂いた跡に、今も血なんか滲んでるか?」

 田舎町の売れねぇ身売りのおんなだって、自分からそこを差し出して見てくれだなんて、そんな淫らは言うまい、と、土方は自分の所作を内心でなじった。斉藤の若い高ぶりを、この言葉で、体で、煽ろうというのだ。

 斉藤は一言の言葉も発せず、随分と長く感じられるほど身動きせずにいて、それから、おずおずと片手で土方の尻に触れた。ただ、目の前に立っているだけでは、尻の割れ目の中にある窄まりは見えない。見せるのなら土方が、あお向けで足を胸の前に折り曲げ、さらに大腿を広げなければ無理だ。

 もう一つ、斉藤が両手を掛けて、土方の尻肉を左右に広げる方法もあるが。

「…見ます。少し、我慢して」

 斉藤の両手が、そのそれぞれの五指が、土方の尻肉を、ぐい、と左右に広げてくる。さっきまで熱い湯に浸っていたその場所が、そうして空気に曝されると、少しひいやりと感じるくらいだ。

「痛いですか? 滲みますか? ここだけ、赤くて」

 する、と斉藤の指が窄まりに触れた。うぅ、と呻くように声を押し殺して、土方は体に力を入れた。ぎゅ、と尻までもが窄まって、せっかく広げさせていた場所が見えなくなる。

「やっぱり痛むんですね。すみません」
「違う。痛かねぇよ…。今日だって…」

 さすがに一度言葉を切った。あんまりだと思いながら、それでも言った。別に自分が淫らなんじゃねぇ、これは斉藤への褒美なのだ、と半ば人のせいにして、上擦った声で土方は言ったのだ。

「今日、これからだって、使おうと思えば使える…ッ」
「………」

 こんなときの斉藤の沈黙が、土方は大嫌いだ。自分でずたずたにした矜持と、激しい羞恥との痛みで、目が潤みさえした。

「土方さん」
「何…。…あぁー…っ…」

 大腿の間に入れた手が、下から鷲掴むように陰嚢を包む。それだけでは余る斉藤の長い指が、茎の根元まで届いて、爪の先がそこを引っかくように掠めた。

 すぐにその場でへたり込んでしまいそうなほどの性的衝撃に、土方は一瞬、見開いたままの目に何も見えなくなる。きっと斉藤は、その片手に随分と力を入れていたのだろう。そうでなければ土方が、そのまま立っているのは不可能だった。それくらい力が抜けている。

「滲みたら、言ってください。すぐやめる」

 尖らせた舌の先で、尻の割れ目を上から下へ、ゆっくりと。そのまま焦らすように滑っていって、ぬめる舌先が、舐め回すような動きをしながら、土方の窄まりをほぐした。

「あ…ぁは、…も…っ…。ぁあ、斉…ッ!」

 白い湯気を上げる湯の表面で、ぱしゃ、と小さな音を立てて、それよりももっと白い液体がそこに零れて漂った。

















 のぼせませんか? お二人さん。余計なお世話ですか。そーでしょーねー。アハ。斉藤をケダモノ呼ばわりしちゃう土方さんですが、そのくらいで丁度いい淫乱さんなんじゃないか、とか言ったら、刺されそうな気がちょっとします。…ごめんなさい。

 あくまでうちの土方さんは、って話ですからー! 二人がどんな人間か考えてみましたが、どうかな。


 斉藤   寡黙・不器用・律儀・ワンコ(好きなものに正直)(ケダモノ)。

 土方   義理堅い・世話好き・意外に不器用・悪戯っ子体質・淫乱。 


10/06/20