其は常の褒美にて 3
「隣は、誰か住んでるのか?」
土方がそう聞いた。小声でそう聞く彼の袴の紐を、斉藤の骨ばった手がもどかしげに解こうとしている。ついさっきは脱がせもせぬまま、脇から手を入れて不届きなことをしようしていた手だ。器用そうでいて、案外不器用で、固く縛った紐一つ解くのに惑っている。
「……いや、空き家だ。向かいも住んでない」
「そんなら、別に、急かねぇでも」
少し笑いを滲ませながら、土方は斉藤の手をどかせ、結局は袴の紐を自分で解いた。その下の帯も解きかけ、手を止めて斉藤の顔に視線を送る。
「こんなことはきっと、今回限りだ、斉藤」
「…あぁ」
「あぁ、しか出てこねぇのか、お前は」
なんとなく、あぁ、と返事をしながらも、斉藤は暫し考える。「こんな」というのは、どういう意味なのか。怪我を理由に外で会えて、朝まで邪魔も入らぬ時間が手に入った、そのことを指すと思ったが、そうじゃないのだろうか。
今まで、ほんのちょっとの間を縫うように、隠れて何度も逢瀬を重ね、人の気配に耳を澄ませながら、この人の肌を求めてきた。それを許されてこれまできたが、まさか、そのことを「今回限り」だと…。
「土方さん…」
「…ん、…っ、ぅ…ッ」
いきなり噛み付くように口付けされて、土方は少なからず驚いた。今日は何だか、躾けられた犬のように、変におとなしいと思っていたが、とうとう堰が切れたのだろうか。
歯が当たるほど乱暴に深く舌を探られ、裂けるほどの勢いで袴を、着物を剥がれかけ、狼狽しながら土方はそれでも徐々に陶酔した。
心のどこかで、若ぇなぁ、などと思う。荒々しい息遣いを聞き続けて、繰り返される接吻に、零れる唾液をどうしようも出来ないまま、斉藤の背に回した腕に力を込めた。
「急くな…って…。俺ぁは、おめぇからは、逃げねぇよ」
やっと解けた唇に息をついて、囁くように言ってやると、酷く間近い場所から見つめられて、その瞳の直ぐな色に胸が高鳴る。斉藤は殆ど表情も変えないまま、それでも強く土方を抱き締め、その首筋に顔を埋めた。
なんでこんなに、こいつは俺に溺れてんだろう。凄ぇ剣技を持って、あんまし表立たせやしねぇだけで、ちゃんとした家柄もあると聞いた。それに、こいつが女と遊んだ、なんて話は一度も聞いたこともねぇ…。
「なぁ…俺ぁの、どこが…おめぇは…」
ほろりと聞くと、斉藤は暫くの間じっとしていてから、ゆっくりと顔を上げて、呆けたような目で土方を見た。
「…全部……」
「答えに、なってねぇ」
「でも、全部だ」
埃まみれ、ほころびだらけの畳の上で、袴を取られ、着物を左右に広げられ、下帯もいつの間にか緩められた、あられもない格好。蝋燭一本の消えそうな灯りの、薄暗い物置小屋の中で、土方の体はあまりに白く綺麗だった。
女のような、なよやかさなどないが、薄っすらとついた筋肉が、その真っ白い肌を微妙な曲線に作り上げていて、ただ身を投げ出しているその姿は、斉藤の理性を、いつも一瞬で散り散りにしてしまう。熱い目で見つめてくる恋人の視線を、困ったように受け止めて、土方は言う。
「見てくれが、いいのか?」
そう言った土方の言葉に、ほんの僅かの自虐があった。幼少の頃から、女顔だの、細っこいだの言われて、青年期になっても、ごつさの欠片もない体を、土方自身はあまり好きじゃない。
「それも、ある…。花、の、ようだ」
「花ぁ…?」
ぷ、と吹き出しかけて、土方は広げられている自分の着物の襟を掴む。そのまま僅かに胸を隠そうとして、その手首を止められた。
「きれいだ。きれいで、眩暈がしてくる。ここも、花の奥の蕊のようで…。喰らいたく…なる…」
「ここ…って。ぁ、あ」
いつの間にか両の手首を捕まえられ、畳の上に広げて押さえられ、自然と反り返る胸に、斉藤の唇が下りてきた。白い花のその蕊は、甘いような桃色をして、斉藤の欲望を直に浴びることになる。
ざらざらと舐められ、吸われ、逃げようなどと思わなくとも、快楽で自然に腕に力が入った。声が零れていく。
「あ…っ、んん…! さ…い…っ」
「まだ、柔らかい…」
「ば…っ」
口に出して言われる傍から、愛撫されている其処が、固く尖ってくるのが判る。ぷつ、と赤く色づいてきた左の乳首を、斉藤の舌先が突付き、舐め回し歯を立てる。ぞくぞくと全身に巡ってくる快楽に、膝をもがかせて土方はやっと思い出した。
このままじゃ、着物が、汚れる。緩めただけの下帯は、既に濡れ始めているだろう。
「ま、待て…っ。さいと…」
「待てない、あんたが…欲しい」
「や…ぁ。も…。イっ…く…ッ。着物…。よご…」
「……え」
まだ、胸をいじっているだけなのに? 斉藤は思わず驚いたように顔を上げ、頬を真っ赤にしている土方を見た。ずっと年上とは思えない、可愛い顔で首を横に振り、泣きそうに目を潤ませている。
「イく……?」
淡々と繰り返して、それでも土方の其処へ視線をやれば、確かに解きかけた白い下帯の中身は、はっきりと形を持って痙攣するように震えているのだ。目を凝らせば、下帯が濡れているのも判る。
「…判った」
捕まえていた両の手首を離せば、土方は一瞬逃げかかる。だが、迂闊に動けば下帯どころか、まだ体の下に敷いている着物まで汚しそうで、羞恥に震えながら堪えた。
「今、外す」
斉藤は、目の前に据えられた、風呂敷包みの結び目でも解くように、土方の体の横に座って、両手を伸ばして、彼の下帯を外しにかかる。
いつものように、愛撫しながら無我夢中、あっちこっちを引っ張って緩めて、気付けばなんとか解いている、というような調子では、土方の着物に雫が落ちるだろう。しかし、こういうときにこそ、不器用さが変に発揮されるのは困ったもので、丁寧にそこを覆った白い布は、なかなか解けない。
「ん…、あ…っ、ぁ…。こ、擦れて…」
敏感な先端に、布地が擦られて堪らない。土方は斉藤に任せてはおけぬと、急いで身を起こし、自分で片手を伸ばして下帯に手を掛けた。二人がかりで解くほど、難解なものではない筈が、焦れば焦るほど下手をする。
「解けてきた」
言葉ばかりは淡々と、斉藤はそう言って、下帯を取り払う、と言うよりも、ただそれを取り出すことにのみ努力していたらしい。真っ白な布地の下から、何かを裏切るように濃い桃色のものが零れ出して、それの先端からはぬるぬるとしたものが滲んでいた。
「もう、イっていい。ちゃんと飲み尽くす」
「飲……。ぁ…ひ…っ」
斉藤はそれを捕えて、まだ絡んでいる下帯から、根元までを剥き出しにさせ、躊躇い無く顔を埋めた。まず先端だけを口に含み、舌を絡めて愛撫しながら、広げさせた脚の奥のものを、片手の手のひらで、ぎゅう…と握る。
「やめ…、は、…っぁあう…ッ」
がくん、と腰を跳ね上げ、膝をもがかせて嫌がりながら、絶頂感に逆らえず、土方は斉藤の喉の奥へ、熱い迸りを放ってしまった。飲み下され、激しい絶頂は一瞬で終わる。けれど滴りは簡単には止まらず、ひくひくとそこを震わせながら、土方は喘いでいた。
「もう…離…っ」
「……」
斉藤は口をそれで塞いだまま、土方の懇願に返事をするように首を小さく横に振った。まだ、そこからは雫が零れている。舌にそれを感じ取っては、ちろちろと舐め取るのだが、それこそが土方には辛い。舌先に触れられるたび、畳についた手に力を入れ、腰をずらして逃げようとした。
「は、離れ…ろ…」
「……」
「も…っ、少しくらい、いい…から…っ」
それを聞いてもまだ、最後の滴りまで吸い取ろうとして強く吸い付き、やっと斉藤はそこから口を外した。幾分息苦しそうに、はあはあ…と呼吸をして、彼は自身の手の甲で、口元を適当に拭う。
土方はぐったりと力を失い、そのあとは下帯をちゃんと取り払われ、下に強いていた着物を退かされた。しかし気付けば足袋だけは履いたままで、それが妙に斉藤の欲望を誘っているのだった。
続
最近、お口で…ってのが妙に好きです。いえ、すいません、もともと好きなんですけどね。何が色っぽいかって、そりゃあんた、嫌がるのを無理に感じさせ、羞恥にまみれさせるってのが最高っすからね!
力説してしまいましたー。
だけど、まだまだ暴れワンコ斉藤の本領は発揮されていません。こっからです、こっから! こんな殆どヤりっぱなしノベルですけど、それでもいい方は続きを待っていてくださいね。ありがとうございました。
10/02/12
