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 ひとってどうして、
 死ぬんでしょうね。
 刀で刺したり斬っただけで、
 死んじゃうぐらいなんだから、
 段々傷むのは分るんですよ。

 でも、
 じゃあ。
 とっとと死ぬひとと、
 長々と生きるひとがいるのって、
 どうしてなんでしょう。

 罪の多さかなぁ、やっぱり。

 なら私に悔いはない。
 あの人のこと守るために、
 仕方がなかったことばかりだもの。

 あの人の傍に生まれただけで、
 あんまり幸せだったもの。


 


「歳…。歳、すまん、寝ていると思うが…」

 消えそうにかすれた声が、閉じた障子の外からかかった。返事を待たずに障子は開けられ、近藤は、闇に近い室の中、布団に仰臥している土方の顔を見ずに言ったのだ。

「そ、総司が……」
「あぁ、局長。代わりを、誰にしようか、考えていた」

 眠っていたとは思えない声が、淡々という。足を畳に擦るようにして室に入り、布団の脇に膝を付きかけていた近藤は、まるで何かにぶち当たったように動きを止めた。

「…歳、おめぇ、寝てなかったのか…?」
「寝てられやしねぇだろ、考えることは幾らもある。あの様子だと、休ませねぇことにはどうにもなんねぇんだ、あいちまう穴を埋めねぇと」

 土方は仰のいたまま、真っ直ぐに天井を見て、瞬きひとつせずに喋り続ける。

「あいつを連れ帰るのを、見ていた隊士も幾らか居た。口留めが必要だろう、顔を覚えてる。四番隊の上田と木内。あと、会計方の青柳だった。もう何人かには広まったかもしんねぇ。まずその三人に口止めを。それから全体に、隊内での話は仲間内でも話すなと伝える必要がある。それは多少脅しも含めて、俺から言う。山崎を呼んでくれ。それと」
「歳…!」
「山崎を呼んでくれ」

 土方は繰り返した。起き上がりもせず、天井から視線を離さず。声は平坦だった。その、どこかからくり人形のような姿に、近藤の声は震える。

「歳、歳頼む、待ってくれ。あいちまう穴って。あいつはまだ」
「局長。あいつは。総司は、組の表には立てねえ。のちにはどうだか分からなくとも、今すぐは立てねぇ。姿の消える嘘の名目も考えなきゃ駄目だろう。遠く及ばねぇとしても、一番隊の頭をどうするかってこともある。時間は止められねぇんだよ」
「それは、そうだが」

 ようやっと土方は身を起こした。けれどその目は近藤ではなく、その後ろの閉じた障子を見ている。うっすらと浮かぶ影が、膝を付いた。

「山崎です。失礼を。上田と木内、青柳。承知。明日の早朝には皆に集まるように、副長からの話があることを含めて、すぐに触れておきます」
「あぁ、頼む。…近藤さんは、その顔色を何とかしといてくれ。あんたは組織の屋台骨なんだ、そんな姿を見せるのは、俺と旧知の前だけに」

 起き上がった土方が、とん、と近藤の肩を押し離した。座りかけて凍った姿勢をそのままに、近藤はよろめくように室から出ていった。残された土方は、ひとり。

 否、ひとりでは、なく。

「山崎を呼んだのはおめぇか」

 開けたままに放られた障子の向こう、真っ黒な闇の中、酷く静かな輪郭が、土方の目には映った。その人影は物音も声もなく、土方の傍らに近付いて膝を付く。

「…俺ぁの心が読めるのかよ、おめぇは」

 土方の声は、微かに震えていた。人形のように動かなかった表情が揺れている。

「そんなら読めるついでに頼まれてくれ。さっき集まってた面々も、流石に平気じゃねぇだろう。朝までには平素の顔に戻ってくれ、と。さっきの話もあいつらにも伝え…っ」

 声が途切れた。土方の顔は斎藤の肩口に、強く強く抑え込まれて、声どころか息もつけない。

「離…っ」
「黙って、くれ。でなければ、今すぐ、このまま、おとす」
「なに言いやが…」
「あんたが、折れて、しまうだろ」
「…………」

 土方はやっと黙って、抱かれるままに動かずにいた。真っ暗な室。外にも月は無い。たった今、百鬼が声なく表を歩いて、弱いものから、黄泉へとさらって行くようで、彼は強く目をつぶる。

 やめろ、
 やめろ。
 奪っていくな。
 あいつを、
 あんなにしたのは俺だ。
 本当は、
 鬼になんか、
 目ぇつけられる、
 ヤツじゃねぇ。

「さい、とう…」
「…あぁ」
「おめぇ、知ってた…な」

 違う、と、言えなかった。無反応すら出来なかった。土方の体を抱いたままで、深く顎を引いて肯定した。

「……っ、く…ぅ…」

 嗚咽が、土方の唇から零れて、彼は両腕で、斎藤の背にしがみ付いた。斉藤の肩の上に首が乗っていること。爪を立てた背中が痩せ細っていないこと。鼓動が鳴っていることが、息をしていることが、そのぬくもりが。全部、全部、土方の体に心に、沁みた。

「さい、と…」
「あぁ」
「おめぇは、ずっと…。ず…っと。ふ…っ、ぅ…う…」
 
 俺の傍に、と彼は言おうとした。けれども言えず。それでも斎藤は全部を聞いていたのと、同じ心になって、土方の体を抱いていた。



 こんな時に、と、誹られるようなことだと分かっていた。けれども斎藤は、土方の着物を肌から剥いだ。土方は抵抗ひとつしなかった。朝までまだ何刻もあるが、こんな時だからこそいつ何時、誰ぞが来るかもしれず、それすら分かっていて、障子一枚閉めただけの此処で。

 いいか、とすら聞かなかった。真っ白い肌は、真の暗がりでほの青く光を刷いているようで、その白い両腕が伸ばされ、斎藤の体を引き寄せる。

「死んだら、おめぇも、地獄へ、墜ちるなぁ」
「そうでなくては、ならないだろう。あんたがゆくなら」
「は、違いねぇ…。あ、ぁ…」

 手のひらで、ゆっくりと体を撫でる。首筋から胸を、脇腹を、尻をなぞって、その奥へまで。閉じた穴に触れると、土方はひくりと腰を浮かせた。軽く仰けぞった体の、腹に、広げた脚の間に、猛るものが触れている。

 刀のように、それは反って、血濡れたようにあたたかく、ぬるりとしていた。あてがい、其処へと収める時。深く深く貫く間。土方は、ところどころかすれ声で、言っていた。

「時々、悪夢を、見るんだ。いつも、朝にゃ忘れてる。だけどよ、たまぁに、浮いてくる、のさ。おめぇが今、使ってる、その穴ぁ、な。何人も、何人もが、好きに突っ込んで、よ。きっと、俺ぁは、それにおぞ気て、嫌で、嫌で、気ぃ触れそうになって、そんで、忘れたんだろう、って」
「そんなのは、ただの、悪夢」
「だといいがなぁ。おめぇをこうやって、受け入れながら、よ。たまに、中が、震えて、嫌なもんをさ、吐き戻そうとするみてぇに、なる」

 ふふ、ふ、と土方は笑っていた。あどけない幼女のような、声で笑う。

「おめぇ、総司のやつと、一緒んなって、身ぃ削って、魂削いで、そんな俺を、庇って、いたろ」
「……」
「うぅッ、あ…、はっ。斎、藤…っ」

 斎藤は何も言えず、土方の体を奥の奥まで突いた。土方の、反った体の胸の、薄い肉の下、あばらが浮くのが見えたのは、空がとうとう白むからだ。

「…おめぇは、いい。おめぇの欲しいもんは、俺ぁだ、もう知ってる。けど…」

 突かれて突かれて、前を握られ、しごかれて、布団の上で、さんざ体をよじって、よがって、喘いだあと。淫らな姿のままに、土方の目は、普通でないほど、澄んでいる。

「あいつは、何が…一等、欲しいんだろうな…」

 もしも。

 俺がしてやれる、
 ことだったら。
 例え腕の一本、
 目玉ひとつ。
 だったとしても。

 夜が明ける。斎藤は、その室に居るままの出来るだけで土方の身を清め、着物を、髪を整えた。美しい人形のようにされるまま、土方は段々と、平素の彼に戻っていった。

 脆くて、あまりに脆くて、美しく強い、土方歳三に。











 一年ぶりになってしまいました。ごめんなさい、としか。一年ぶりに書くのって、本当にしんどくて自業自得なので、気持ちは正座して書きました。こんな時だというのに、軽くそういうシーンも入れられて、私的にはよかったなって思ったりしていますよ。土方さんのよわよわっぷりが書けて、たのしかっ…。すみません。

 次に書く目標は夏過ぎです! そのためにも、お手柔らかな夏でありますように、今、極寒の真冬だけどねっ。ではでは、今回も、ありがとうございましたーっ。




2121.01.05