花 刀 37
美しい花は
穢されようと美しい
泣き叫ぼうと嗚咽しようと
気が狂おうと美しい
花の痛みを知らず
男たちは花弁を毟る
散った花さえ愛でながら
狂ったように花を貪る
花は痛みを忘れ去ろうと
大事なものを
失うだろう
夜、どこからか漂ってきた花の香に、土方はそぞろ歩きをした。着流しに、腰には念のための脇差。すぐに戻る気だったのを、そのままぶらぶらと屯所を遠ざかったのも、川を流れる散った花弁に、心を誘われたからだった。流れゆくのは、遅咲きの八重桜だろうか。
山南と共に、そういうものを眺めたことはなかったが、流れゆく薄紅色の花弁の、静かな様を見て彼を思った。
いっそ恨まれてぇけどな、
きっとあんたは、
恨んでくれやしねぇんだろう。
見えてくる顔は、穏やかに笑んでいる。いつまでもしょぼくれてる自分を、真面目顔で咎めに来る声が、今にも背なに聞こえそうなくらいだった。
あぁ、花が流れる。流れて流れて、あんたの居た時間を過去にする。あんたの死んだあの時をも、過去にしていくよ。心配しなくたって、この体に楔は刺さったまんまだ。痛ぇ、痛ぇって傷口押さえながら、よたよた歩いていくよ、行けるとこまで。
風が吹いて、またいい香りがした。けれど今度は花の香ではなかった。上品な香りは着物に焚き染めるものだろう、匂いのする方を振り向き、土方は少し、不快げな顔をした。
伊東の姿が見えたのだ。極近い。自身の姿を見られたくなくて、反射的に物陰に隠れた。
「先生、何処です? お一人でこのようなところに。無用心です」
お付きのものの言葉だろう。それへ返されるのが、やはり紛れもない伊東の声だった。
「無粋ですね、花の香に誘われたまでです。それに、見間違いだったかもしれないが、見覚えのある『花』が見えた気がしたので。…棘のある花がね」
「なんのことです?」
「分からないのなら、問わずにおいて貰いましょう。正直、あんなにあっさり、仲間をきるとは思わなかった。美しい見目をして、所詮は…」
呟いた言葉もまた、風に乗って土方の耳に届く。体がひいやり、冷えた気がした。誰のことを言っているのか、何のことを言っているのか、お付きのものには分からなくても、彼には分かる。心の臓が、止まるような心地だった。
伊東が何を言おうと、他のことなら聞く耳など持たぬものを、その事だけは、未だ剥き出しの傷口のように無防備だ。
てめぇなんぞに、
言われたくはねぇ。
そう思いながらも、伊東の思想であれば、山南は死なずに今も生きているだろうことも事実だ。戻らぬ命の重さで心が軋んで、土方はその場から逃げた。川縁の土手を下りて、誰にも姿を見られないように、暗い方へ、暗い方へと。
そして橋の下の暗がりで、何かにぶつかった。
「いてぇなぁっ、何しやがんだ…ッ」
派手に声を立てられて、土方は返事が出来なかった。まだそれほど離れていないから、声を発すれば伊東に聞こえてしまう。
「いてぇっつってんだろう、なんとか言えや」
酔った息をしたごろつきどもが三人。ぷんぶんと酒の匂いをさせながら、男の一人が土方の腕を掴んだ。顔を覗き込み、にやにやと下卑た笑いで言ってくる。
掴まれた腕を振り解こうともがきながら、腰に脇差があることを、土方は焦りと共に思い出していた。素性を知られたくなかった。だから抜きもせず、そうこうするうちもう一人の男に逆の腕を取られ、顔を見られた。
「へぇ、こりゃすげぇ別嬪さんだ。こんな夜更けに橋の下にくるなんざぁ、夜鷹と間違えられても文句は言えねぇってもんだぜ。最近じゃぁ、陰間も外で客取りしてんのかい、あぁ?」
「待てよ、こいつ刀差してやがる。ここらで浪人っていやぁ…」
「まさか壬生狼」
「…違う」
息だけの声で否定しても、それは否定の意味など持たない。仰向けにされ、両腕を押さえ付けられ、腰の刀を取り上げられた。月明かりの下で、一人の男がまじまじと拵えを見て、変に暗い顔して土方の姿を眺めた。
「こりゃ随分立派な刀だなぁ…。本当にあんたが壬生狼だったら、恨みがある。ここいらじゃみんな知ってることさ。あぐりってぇ名の、まだ幼ぇぐらいの小町娘が、騙されて呼び出されて、さんざ犯られたあげく殺されちまった話さ」
それを聞いて、土方は目を見開いた。足掻く四肢からも、知らぬうちに力が抜けた。その名は覚えている、まだ生々しくて忘れられる筈がない。惨たらしく散らされた娘の、零れるような白い肌と、真っ赤な血の色。
「俺ぁ、あの娘に憧れてたんだ。遠くっからいっつも見てた。あの娘は、壬生狼ん中の、ちょっと見目のいい色男に惚れてたんだってよ、そうしてそのせいで殺されたんだ。あんた随分きれいな顔してるじゃねぇか、あぐりを騙くらかしたのは、あんたじゃねぇのか…?」
「ち…がう、あ、あの娘のことは…俺じゃない。俺は、壬生浪でもない。ちが…」
「…知ってるってことは…」
「違う…!」
「違うんなら、あんた、やっぱり客取りの陰間だろう」
「へへ、買ってやるよ、俺らがよ」
昏い顔で、あぐりのことを話す男。それから残りの二人は、ただ面白がって、土方の体を押さえ込んでいる。左右から手が伸びて、襟を無理やり広げられ、土方の体に恐怖が這い上がった。伊東がどうとか、そんなことを言っている場合じゃない、逃げ、なければ…と。
「離、せ…っ。うぐッ」
叫ぼうとした口に、布きれを押し込まれた。着流し一枚の体は、直ぐにも裸に剥かれてしまう。眩しいほどの白い素肌に、男どもは息を飲み、ぎらぎらと目を光らせながら土方の下帯に手を掛けた。取り払われて剥き出しにされ、ご丁寧に行燈の火を寄せられる。
「すげぇ、生娘みてぇな色してやがる…」
「これやっちまっていいのかよ、ほんとに壬生狼だったら、俺ら殺されんじゃねぇのか…?」
「んなもん、ここまでしちまったらもう同じだろ。あぐりのことだけじゃねぇ、壬生狼なんざなぁ、京の街を守るだなんだ言って、俺らみてぇな町人の暮らしを、引っ掻き回して滅茶苦茶にすることっきゃしてねぇんだよ、これは仕返しだ、思い知れってことだ」
なら、もう。
どうせ殺させるかもしれねぇだったら、
してぇように、楽しませて貰うしか。
念押しをするように、土方の口にはさらに布が突っ込まれた。刀は川へと放られ、流れていく水と薄紅色の花弁が、いったん乱れて、すぐに変わらぬ流れに戻る。見開かれた土方の両目は、もう、絶望しか見ていない。
これは、
罰か。
山南を殺してまだほんの数か月。なのに痛みを薄れさせた自分へ、下された罰。それとも隊を率いる身で、罪もない町人の娘を、あんなふうに死なせた、その贖いか。もしくは、この先も繰り返し犯していくだろう幾多の罪を、起こらぬ先から償えと…。
見知らぬ男たちの六つの手が、白い肌を這う。張り付けにするように地面に押さえ付けて、どこもかしこもじろじろと見られた。もがく仕草は、男たちの感情を煽る役にしか立たず、嫌がりながらも反応する姿に、彼らは更に興奮していく。
陰茎を握られゆるゆると扱かれて、堪え切れずに一度放った。その後からが、更なる地獄。陰間遊びに慣れた男も居て、他の二人に遊び方を教え始める。土方の体を折るように、両脚を大きく広げて抱えさせ、露わになった後ろの穴に指を捻じ込んだ。
「見てなよ、こん中にイイとこがあんのさ。こいつ、この反応だと男を知ってるぜ? そうだろ? なぁ」
「んぅ、んッ」
問われても、塞がれた口からは嗚咽しか零せない。吐きたいほどの怖気が立つのに、快楽も同時に感じてしまう。土方は己の体を、醜いと思った。
そうだろう? 過去にもこれと似たような事があった。あの時の方が余程酷かったぐらいだ。なのに今は男の情人がいて、抱かれる歓びを知ってしまった。なんという恥知らずな。士道だなどと、聞いて呆れる。そんな自分がその士道に背いたものを、死に追いやった。自分よりもずっと、ずっと、清いと分かり切ったあの男を、死に…。
「ん、ん…ぐ…っ、んん…っ!」
脳裏が白く掻き混ぜられて、何も分からなくなるような快楽が、また体を縦に突きぬけて言った。気付けば四肢を付く格好にさせられ、後ろからぐちゃぐちゃと突き上げられている。
士道不覚悟は、俺だ…。
これは誰の言葉だったろうか、誰でもいい。死ぬべきなのは誰より自分なのだと、ただただ思いながら、土方は三人の男たちに、交互に貫かれ、イかされ、ゆっくりと壊されていくのだった。
終
もっと酷い凌辱シーンになる筈が、わりとあっさり…。あっさりでもないです? 最近蟲師で凄いの書いてたからか、どうもこのぐらいだとエロくないような気が…。もしかしたら次回の冒頭当たりで、もうちょっと書くかもしれんですー。
斉藤にはキレてもらわなきゃだし。つか、土方さんが輪姦されているって時点で、斉藤はブチ切れると思いますけどねw あぁ、今回斉藤不在だったにゃ。次回は活躍しますっ。
久々の組更新ですみませんです、読んで下さる方、いつも感謝しております。
14/08/14
