花 刀 31
閨で、あんたが他の男の話をする。
他の男の事を聞きたがる。
それでいてあんたは、俺を褒める。
お前ぇはいい、と、笑って呟く。
自分が誰かを狂わせるのを、
も少し知ってた方がよくはないか。
俺だけのことじゃない。
沖田のことだけでもない。
それだけ人を惹き寄せといて、
無心のあんたは罪作りだよ。
「伊東をどう思う」
息も収まらぬ前から、土方が闇の中へぽつりと言った。傍にいるのは斉藤だけだったから、暫しその意味を考えて、斉藤は己が思ったことをいう。閨で共にいる時、仕事に関わる話を口にするなど、これまでに一度も無く、酷く不思議な心地がした。
「俺には関係の無い男だ」
「……お前ぇは簡潔でいいな」
軽く笑いさえしてそう言った、その笑み顔がさらに不思議だった。中途半端な物言いで、あれやこれや曖昧なことを言うよりも、余程好ましいと思ったのかもしれない。
「なら、永倉をどう思った?」
これは流石に「関係無い」などという言葉で終えられなかった。近藤の否を五箇条にも渡って綴った、あの建白書のことを言っているのだろう。会津藩の取り計らいで事なきを得たが、だからといって何も無かったことになるわけではなく、隊士たちの中には未だそのことを噂するものもいる。
ただ、あくまでそうした噂だのざわつきだのは、殆どは下の隊士たちに限られた。当の本人、つまり近藤や永倉は、それ以前の空気を徐々に取り戻しつつあった。
「永倉さんは、ある意味過剰なぐらい『直ぐ』だからな」
近藤が憎くてああした訳じゃない。組を見限るようなつもりがあったわけでもない。ただ、以前の近藤に惚れ込んでいたからこそ、この先の大きな変化を憂えたのではないかと、そう思える。組織がどこまで大きくなろうと、あんたは変わらないでいてくれ、と、そう言いたかったのではないだろうか。
それにしてはしでかしたコトが物騒だったが、それが、永倉の『直ぐ』であるということの表れであろう。永倉は『直ぐ』だ。そう言っただけでそれ以上は何も言わない斉藤の腕を、する、と土方は手のひらでなぞった。
「うん、お前ぇはいいな。お前ぇはいい」
軽く寝返り打って、胸を下にして寝そべりながら、小さく灯した灯りの方を、土方はじっと見つめている。小さく笑みの気配を含んでいた息が、もう一度微かな緊張を帯び、土方は囁くような声でまた一つ聞いた。
「さんなん…。最近の山南のことは、お前、どう思う…?」
「…どう、とは?」
斉藤は初めてそう聞き返した。聞き返された土方の方が、意外そうに彼を見て、ふい、と視線を逸らして呟く。
「あんまり、俺のすることに、口出す男じゃなかったんだがな。最近、何くれと言ってくるんだ。言葉でじゃねぇ。目で言ってくる。下っ端の奴らの怯懦を責めた時とか、そう…粛清の沙汰を告げた時、とか。なんか言いてぇのか、って一度問い詰めたら、厳し過ぎるだなんだと」
このままじゃ皆、竦み上がって働きにも影響がでるかもしれない、と、山南は言ったのである。それまでそんなことを言ってきたことはなかった。
土方の目からすれば、そうやって言ってくることが。その考え方が、伊東の意見に添ったもののように思える。恐怖で人を縛るのは間違っている。それでは穢れの無い思想は育たない。伊東が若い隊士たちにそう問うていることを、土方も既に知っている。
山南について、実は斉藤にも、思う所は無くはなかったが、ただ彼は言葉にしてはこう言った。
「最近、一度声を掛けられた…」
「…なんて…?」
一番隊の沖田君と、三番隊の斉藤君が、
この組で、副長の自慢の二本刀だろう。
それが正直、羨ましいことがあるよ。
唐突にそう言われて、振り返って見た山南の顔は、酷く淋しげで影が薄く見えた。病がちで何も出来ないことを、口惜しく思っている感情が滲んでいた。そうしてその後、ひとこと、何かを言い掛けた。
…伊東参謀が……
けれど、言い掛けただけで口を噤み、小さく首を横に振った。そうして日頃の隊務をねぎらう言葉だけかけて、山南は立ち去ったのである。
「おい、山南はお前になんて言ったんだ」
「………」
「あんたが俺を買っているから、怪我や病に気を付けて隊務に励んでほしいと言ったな」
「…な…っ、ん…ぅ…っ」
ぐい、と腕を掴んで引き寄せ、斉藤は土方の唇を塞いだ。荒々しく口内を蹂躙し、舌を絡め、唇を散々吸って、土方の体に快楽の震えが表れてから漸く離した。今言った言葉は嘘ではない。そのままの同じ言葉を山南は彼に言ったのだ。嫉妬をでもしているように、視線を逸らして告げ終えて、去っていく背中が妙に小さく見えた。
土方は与えられる愛撫に身を許しながら、心ではまだ山南のことを朧に考えていた。土方のやり方に不満を示しながらも、蔭では斉藤にそんなことを言っていて、嫌われたわけではなかったのだ、と。
「意識してはないんだろうが、あんたは」
案外と八方美人だな、などと、思ったことを告げたら舌を噛み切られそうな気がする。苛立ちを露わにする代わりに、斉藤は土方の体を貫いて、常より乱暴に突き上げた。
斉藤の肩を噛んで、寸前で悲鳴を押し殺したが、あっと言う間に溢れた血の味に、土方は慄いたような顔をする。
「いい、噛んでおけ」
その印を人に見られないように隠すのが、案外俺は嫌いじゃない。眼差しでそう告げると、土方は斉藤を軽く睨み据えて、噛む場所を左の肩から右の肩へと変えた。
続
短くてすみません。一緒に寝てる布団で始まって、そのまま布団で31話が終わりましたが、案外真面目?な内容です。しかし大きな事件をそろそろ書きたくなってきました。
Sだなー、自分って思うw
13/02/24
