花 刀 25
熱に浮かされて
天秤みたいに心が揺れる
咳をするごと
蝶が飛ぶように願いが溢れる
逝かないよ
死んだらもう
姿を見ることも出来ないんだから
死んだら貴方が苦しむって
分かったんですから
人のものになってもいいから
貴方は笑ってて
それでも
私も笑うから
「そうですな、明日から、少しずつ体を慣らして良いでしょう。よくここまで堪えて養生なされた」
医者がそう言った時、一番喜んだのはむしろ土方だった。目開いた目が涙ぐむのをまで、沖田は見たような気がした。それから近藤が大きな声で、よく頑張ったと沖田を褒めて、よかったなぁ、と、そう言って土方の背中をばしばしと叩いて。
怒った顔をして、痛いと言った土方を…、その気配を、障子の外で斉藤が確かに聞いていた。そんな斉藤の気配をわかっていて、それでも沖田も笑っていた。
今夜はきっと、いい夜になる。
土方の千鳥足など、これほど珍しいものもない。仕事を終えた後、祝いの酒を勧められ、いつもならすぐに断る事だし、近藤だとて土方の酒嫌い分かっているから、勧めるのが既に珍しく。それでも差し出させた猪口を、土方が受け取ったのは、やっぱり少し浮かれていたからなのだろう。
飲み始めると酔ったのを気付かれるのが嫌で、案外美味い、飲める、などと言って、土方は盃を重ねた。夜半を回る前に近藤の部屋を辞して、自分の部屋までがなにやら妙に遠い。
「っと…」
よろめいて、こんな無様を誰かに見られやしなかったかと気配を窺い、誰もいるはずが無いと安堵の息をつく。その直後。
「……土方さん」
言いながら、腕を取られた。そのまま引き寄せられて、腕以外の場所が触れる前に、それを斉藤だと気付いた。抗いかけた力が無意識に緩んだ。支えられて転ばずに済んで、助かったとは思ったが、心のどこかでひやりとしている。
俺はこの男に何か、約束しては、いなかったか?
「こ、こんな刻限に何してる」
「…それを聞くのか、あんたが」
「は、離…っ」
急に怖くなった。土方の体を後ろから抱いた斉藤の腕は、一寸たりとも緩まない。約束の言葉を思い出さないように、土方は首をゆるゆると横に振った。振られるのを構わずに、斉藤の唇が首筋に触れてくる。零れた息が熱かった。
「あ…、やめろ…! こんなとこで、誰かに見られ…っ」
「なら…そこの木陰でも繁みでも」
とんでもないことを、斉藤は言った。確かに庭木の奥なら見えないだろう。繁みの影に身を横たえれば、尚更誰にも見えないだろうが、そんなことが出来るはずも無い。重ねてもがいても身をよじっても、斉藤はその体を押さえ込むばかりだ。
「この、ば…か…。わ…わかった…。部屋に…」
「誰の」
「お、俺のだ」
人に見られたら。見られないうちに。
そればかり思ってそう言った。言った途端に乱暴なくらいの勢いで、腕を掴まれ、部屋へ引きずり込まれた。ぱん、っと音を立てて障子が閉まり、高く響いたその音を、気にする傍から抱き竦められる。
「さ…っ、斉…ッ。ん、ふっ…」
口吸いだけはもう何度目かで、あぁ、されちまった、と、心のどこかで土方は思っている。焦りはするが嫌悪は無い。掻き抱かれる腕の感触と、強い力と、斉藤の浅い息。まるで、犬の息遣いのようだ、などと、あんまりなことを考え、そんなになるほど待たせてきたのだと思い当たった。
「斉藤…ほ、ほし…い、のか…?」
「あぁ、欲しい」
何をいったい聞いたのかと、そう思うより先に斉藤は答えた。真っ直ぐに、真っ直ぐに答えて、両腕ではもう土方の着物を乱し掛けていた。
「…あんたが、全部欲しい」
全部…。あぁ、喰われてしまいそうな気がする。立ったままで襟を左右に肌蹴られ、首、喉、鎖骨へと斉藤の唇が滑る。
そこじゃあ、まだ見える。
胸へ行っても襟から近いから、まだ見える。
だからもっと奥、
もっと下なら、吸っても構わねぇ。
とんでもないことを考えていることに、土方は自分で気付いていない。とうとう肩から着物を落とされ、腕を動かすのも不自由になり、それでも斉藤の頭をやんわり抱いて、唇がどこをなぞっているのか意識している。
「あ、跡…っ」
「…跡」
「そ…う、跡、見えねぇとこに…っ、だったら…っ、い…い」
犬だった筈の斉藤が、唐突に顔をあげて土方の顔を見た。いっぱしに「人」の表情をして、びっくりしたように、いぶかしんでいるように。そしてその表情がゆるりと動いて、斉藤は泣く寸前のような目をしたのだ。つきり、と胸の奥へと何かが刺さった。
「なんてぇ、顔、してやがる…」
そんなに俺ぁが、好きか。
そんなにずっと辛かったか。
欲しくて欲しくて、
そんな目ぇするほどか。
きゅう、とどこかが締め上げられている感じがして、土方は目を閉じた。閉じたとたんにむしゃぶり付かれそうだったが、斉藤はゆっくりと土方を座らせ、ゆっくりと畳に横にさせたのだ。壊れ物みたいに、そっと。
ちゅ、と先に胸を吸われ、柔らかなその皮膚がびりびりとしびれた。それでいて甘く溶けてしまいそうで、吸い付く唇が憎たらしくなる。ざらりと舐め上げられれば、背中を反らしてびくりと跳ねてしまって、両腕をきつく押さえられた。逃げるな、というみたいに。
「ん…っ、ぁ…、斉…と…ッ」
乳首を弄られ脇腹を噛まれながら、まだ帯は少しも緩められておらず、愛撫に身悶えて暴れる片脚が、割れた着物の裾から零れ出してしまっていた。外気に触れたその脚を、大腿を、斉藤の手のひらが、しっとりと撫でる。
じわじわと何処かから何かが染みて零れていくような、そんな不安な気持ちを味わいながら、本当は不安どころではなく恐ろしい。だって、斉藤は男だ。男が男を気に入って、こういうことをするなんてのはおかしい。
「お、おめぇ…は…っ」
「………」
「元々、お、男が、こっ、好みなのか…?」
「…知らない」
一瞬の沈黙のあと、斉藤は何やら怒ったようにそう言った。知らないと言いながら、男でしかありえない土方の平らな胸に、唇を這わせて歯を立てる。
「知らねぇ…くせに、何を、こん…な…」
「知らない。あんたが欲しいんだ。あんた以外には、こんな気持ちにならない。触れたいとか、吸いたいとか、全部を、見たい、とか」
「見てぇ、のか?」
く、と、喉の奥で土方が小さく笑った。
「大して他の奴と違わねぇよ、俺だって、おとこ…」
「違う。全然、違う…」
「何、言ってる。どこが…」
問われた事を示すように、斉藤の唇が土方の乳首にのせられた。そのまま吸われ、舐められて、土方が背を仰け反らせる。片膝を立てた方の足が、堪らなくなったように畳の上でつま先をになる。斉藤の目の前に散っている、黒絹の髪が床をするすると動いた。
「どこも、かしこもだ。見ていると、変になる」
「変? ん…、ぁ…っ」
斉藤は土方の着物を掴み、きつく締めたままの帯の下を、強引に開かせる。両脚の白が大腿まで、くっきりと目に焼きついて、思わず斉藤は身を起こし、まじまじと土方の体を眺めてしまった。
胸も脚も、髪の一すじだとて、誰とも似ていない。そこらの男と違う。そうと分かっていたのに、こうして間近から見ると、本当にそういうことじゃなくて、ただただ、わけの分からなくなるほど気持が高ぶる。
触れたい、吸いたい。噛み付きたい。
着ているものなんか全部裂いて、
ばらばらにして、一糸纏わぬ姿にさせて、
余すところ無くこの人のこの体を喰らいたい。
万一逃げられようとも逃げ切られないよう、
逃げ道はすべて塞いで、捕えて縛る。
たとえ泣かれようが、喚かれようが…。
あぁ、それではまるでケダモノだ。そんなケダモノに成り下がっていいのか、斉藤一。そういうもののすべてから、この人を守る筈じゃなかったのか。己でそうなってどうする。
そんなんじゃきっと、いつかは、嫌われて…。
何を思ったか、すべての動作を止めてしまった斉藤を、土方はいぶかしむように見上げた。こんなにまでしたくせ、この帯ほどくのを躊躇うのかと、彼は自分から腰の帯を解いた。
嫌悪など何もなくて、求められるのも嫌じゃなくて、いっそ自分が我に返る前に、引き返せないところまで引きずって行って欲しかった。そして斉藤にも、引き返せない同じ場所にきて欲しかった。
ただ汚されるだけなのは、もう二度と嫌だった。
何かを思い出しかけて、背筋に冷気が来る。気付かないふりで斉藤の顔を見つめた。
「なぁ…俺だって、そんじょそこらの男だよ。ここに証拠もあるんだ。見るか? 斉藤、見てぇんだろう…? おめぇなら見ていい。見といてくれ、ほら」
仰向けで腰だけ浮かせた、随分淫らな格好で、土方は下帯を解き始めた。それへ手を伸ばして、もどかしげに斉藤も手伝った。そうして零れ出たその「花」は、他の男のものとなんて、どこすらも似ていない。
濃い桃色をして、綺麗なカタチの…。
続
こんなところで「続」にするな! 自分でひとまず突っ込んでみる。この一時停止ボタン解除のためなら、斉藤は何でもしてくれそうです。それこそ、三遍回ってワn…。
てか、どうしたんだ、土方さん。今までの潔癖症の反動でしょうかね。でもそのうち我に返るんですけど我に返る「その時」はきっとずっと、遥か遠くなのでした。考えるとドキドキします。っあーーー! 妙なコメントスイマセン・・・。
次回はこの続き!(あたりまえ)
12/07/22
