刀     21





他の何よりも「剣」に
他の誰よりも「剣」を

そう信じていたからこその
強さだったのだろうか
余所事に心乱されて

気付けば口から
ぼたぼたと零れる

赤い
赤い花


 
 
 古高が吐いた、らしい。そして吐かせた人間が誰なのか。沖田は殆どの隊士たちがまだ寝床にいる間に、その話を耳にした。朝の日差しが届き始めたばかりの井戸端で、ふたりの隊士が乾いた喉を水で潤し、顔や手を洗い流しながら話していたのである。

「…結局、副長が口を割らせたようなもんだ。おっかねぇ、よなぁ…」
「ああ…。怖ぇ人なのは知ってたけどよ。誰かに命じるでもなくたった一人でやったんだぜ? あ、あんなことを…。なのに顔色も変えねぇで」

 沖田は二人の後ろで完璧に気配を殺しながら、黙ってそれを聞いている。片手には手拭いを提げ、このあと素振りするつもりだったので逆の手に木刀を持ち、口を挟まずにじっとしていた。ただ、フツフツと苛立ちながら思っている。

 誰に命じるでもなく? 命じたものがどれだけ時間を掛けても、成せなかったからだ。そうして、どんなことをしても、聞き出さねばならぬことだった。だからあの人は鬼になり、血も涙もないような責め問いをしたのだろうに。

 やがて、隊士ふたりが沖田に気付いた。

「っわぁ…! お、沖田先…っ」
「…気にせず最後まで洗い終えておしまいなさい。わたしなら別に急いでなぞいませんから」

 そう言って、沖田は木刀を腰にゆっくりと差し、手拭いを首にかけて、傍らの岩に腰を寄り掛けた。いつもと同じ顔で彼はにこにこしている。だけれど何故か、纏う空気が酷く冷たい。

「それ、誰のことか分かりませんが、顔色も変えないで、ですか。夕べは…月が随分と暗かった。その人の顔がどれだけ青ざめていようと、分かりやしなかったでしょうよ。そんなことより、古高が吐いたのなら、重要なのはその内容では?」
「おっ、仰る通りです。申し訳ありません…っ!」

 顔を拭くもの忘れたまま、隊士ふたりは深く腰をおって頭をさげると、逃げるように去っていく。沖田は井戸で水を汲み上げ、そこへ身を屈めて冷えたその水で顔をすすいだ。

 口さがないものどもの減らず口を、広がるより先に穏便に塞がせる。今の自分にできることを、それでも一つ出来てよかったと沖田は思う。剣に訴えてまで、すべきことをせよと恋敵に告げて、それでもう、自分などいらぬものになるかと、そう思って夜を明かした彼だった。
 古高の吐いた内容が重要、と言いはしたが、彼の脳裏に浮かぶものは、斎藤に添われた土方の姿ばかり。

 井戸の中へと釣瓶を落とすと、やや間を空けて、木桶が水を打つ音が響いた。



 土方は、皆を一同に集めてこれを告げた。

「世はまさに、祇園の節会にて湧き立ちいており
 この賑わいを、我ら同志の味方へと転ずるべくは
 常より万事取り揃え、烈風吹きし時を決起と、
 ×月×日、此の京、各所にて火を放ち………」

 古高が吐露した、騒乱の計画である。
 

 勿論、その時井戸の傍にいた沖田も呼ばれていた。沖田だけではなく幹部ら全員が集い、彼らの計画を阻止するべく、綿密な指示が下される。もうずっと前からこのことを分かっていたように、土方は静かな顔で淡々と、皆にすべきことを割り振っていく。その、あまりにもいつも通りの冷静な顔。 

 もしかしたら、まだ何一つ変わったことなど起こっていないのかと、沖田はそうも思った。古高らの企みのことではない。土方と、斉藤とのことだ。
 昨夜、傍に行って土方を支えてくれるように、と、そういう意味のことを、彼は斉藤に言った。そうして斉藤は、承知、と言って姿を消した。それに、土方は自分が斉藤を、常と違う形で想っていることに、気付いていた筈なのだ。

 だから…。だからあの日、もしかしたら…と…。

「…きた……。沖田…。おい…総司…!」
「あ…、な、何です?」
「何です、じゃないだろう。さっきから何度お前を呼んだと思っている」

 気付けば、そこは屯所の門の内。周囲には見回りと取り締まりに出掛けようとする仲間たちが数人いて、剣に刃に指を当て、切れ味を確かめたり、額の鉢がねを絞め直したりしている。

「すみません、ちょっと…考え事を」

 目の前にいる土方に、沖田は咄嗟にそう言った。士気が下がるのを恐れてだろうか、土方はぐい、と顔を寄せ、沖田の耳に殆ど唇を付けるようにして問うてくる。耳に熱い息がかかり、沖田は急いで身を離さねばならなかった。

「おめぇ、どうもこの間から顔色がよくねぇ。今日の人数から外すわけに行かねぇが、重々気ぃつけて…」
「嫌だなぁ、土方さん」

 沖田は、きり、と顔を引き締めて、これから出て行く門を見据えたまま言った。

「そんなことを言われたんじゃ幸先がよくないじゃありませんか。だいたい私の顔色なんて、いつもこんなものですよ。あなたの方が余程白い」
「…ばかやろう、俺の色白は元からだ…っ。まぁいい、今日は大事な日だ。下手を打つなよ、しっかり頼む!」

 言葉の後半は、沖田をはじめ、そこにいる全員に向けられたもの。そうして、戦場へ出るような気持ちになって京の街へ出て行く。目指すは四国屋、それから次にあやしいとされる池田屋へ、二手に分かれて彼らは行くのだ。

 それからほんの数刻後のことなど、ここにいる誰も、知りはしないのだった。




 激しい斬り合いの最中のことだ。

 その時、何か、あざやかに赤いものを見た記憶だけはあった。胸ばかりが酷く痛くて、剣に貫かれたのではと思うほど。息は浅く無駄に早いだけで、一向に空気が喉を通ってゆかぬ。胸の鼓動が全身で打ち鳴らされ、そのうるさい音の向こうから、土方が彼の名を呼んでいた。

「総司っっ!」

 戸板なんかに乗せやがって! 死人と似た扱いなんかっ、こいつにするんじゃねぇ! そんな口汚い罵りが聞こえた。あぁ、ここは屯所の外なのに、そんな罵詈など、駄目ですよ、土方さん。所詮は田舎者の集まりと、やっと言われなくなってきたのに、そんなんじゃあ、いつまでたっても。

 真っ青になった土方さんの顔が目の前に見える。他には何も見えない。今なら聞けるだろうか。この間の夜、斉藤さんと何かありましたか? そこから二人の関係は近くなって、私などいらぬ存在になりましたか。こんなただの弟分なんか。

 私に触れる土方さんの指が赤い。手にした布で私の口元を拭うと、その布までが真っ赤に染まってしまう。まるで、綺麗な真っ赤な牡丹の花の…ような…。

 ご…ふ…っ、

 あぁ、口から、次々次々、牡丹色の花が零れて…

 私の視野は真っ暗になった…。




 

 

 


 

 
 すいません、難しくてグタグタな感じですが、断片的な感じに書いてみました…。よくわかんない? で、ですかね、やっぱり。要するに沖田は、とうとう斉藤が土方さんを自分のものにしたかと思って、いろいろショックなんですよ。うん。当の斉藤出て無いし…。とほほほ。

 って書くと、ますます残念な感じ…。斬り合い、ちょっと書きたかった…。


12/02/18