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あなたの夢は気高すぎる
けして自分じゃなく
あの人を高いところに据えたくて
いつだって身を削っているんですから
そうして身を削る姿を見せられる
私の気持ちも考えてくれればいいのにね

あなたがそんなに追いたい夢だもの
あなたの傍にいるために
私もずっとそれを追おうと思っています

ただ
ひとつだけ私の願いを聞いてくれますか
あなたは元々脆い刃なのだから
あまり無理をしないでください





「近藤先生」

 土方が傍を離れてから、そろそろ一刻ほどになるだろうか。沖田は近藤の傍に身を寄せて、周囲がざわつく気配を感じていた。近藤もそっと刀の柄に手首を掛け、浪士たちの長い列の前の方を見つめている。

「また何か伝令が回って来るらしい」
「伝令、ですか」
「あぁ」

 そうこうする間に、さっきとは別の男が、近藤の姿を見つけて走って近付いてきた。男は浪士組の中において、複数を率いる主だったものたちに、口頭で用件を伝え歩いているらしかった。

 伝通院を発ってから、もう十日を過ぎようとしていたが、実際のところ、浪士組の人数は少しずつ減って来ている。渡された金の額が激減したせいもあるだろうし、数日前の鴨の暴挙が、皆の気持ちを萎えさせたこともあっただろう。

 だが、自分はここで抜ける、と一言、言っていくものなどおらず、気付いたら居なかった、という状況が続いて、誰がいるのかいないのか、これからも付き従う気があるのかどうか、京に着く前の宿場で、確かめることになったらしい。

「…なるほど。まぁ、全員が全員、先生のように志が高いわけじゃないですしねぇ」

 沖田が声も潜めずにいうのを、慌てて目で制しながら、伝令の男に確かめた。

「とすると、次の宿場で深夜の点呼のおりに、割り当てどおりの部屋に居なかったものは、浪士組から外す、というわけだな」
「そのとおりです。それゆえ、近藤先生のように、何人もを率いている方には、特にそれを御留意頂きたく」
「承知した。態々出向いてのお心遣い、感謝する」

 近藤は周囲を見渡して、自分の仲間の顔を確認する。それを終えると、念のため、一人一人に伝えてこようと思って総司を振り向いた。

「そういえば、歳は」
「あぁ、土方さんなら多分、少し離れたどこかで休んでると…」
「そろそろ刻限だ。列が動き出す前にここへ戻ればいいが、一応、探してきてくれないか、総司」
「……わかりました…」

 近藤は大将らしからぬマメさで、そこから姿の見える山南や原田、永倉らに声を掛けに行く。総司はだが、そんな近藤の姿をもう見てはいなかった。沖田は表へは見せぬ内心で、きつく唇を噛んでいたのだ。たった今まで気付かなかった自分を、彼は嫌悪している。

 視線が、さっきからずっと掻き消えているのだ。ここのところ、日に何度も何度も感じていた、粘りつくような恨みの視線。沖田の勘が正しければ、それは近藤に向けられる芹沢鴨の視線ではなかった。寧ろ、その視線は、いつも土方に、突き刺さっていたのではなかったか。

「土方さん…」

 当たらずともいいものを、何故かよく当たる沖田の悪い予感。今度こそ、外れて欲しいと願いながら、沖田はあてもなく浪士組の列の中に土方の姿を探すのだった。


* ** ***** ** *

 
「た、誰だ…? お前ぇら…」

 髪から水を滴らせながら、土方は顎を上げて周囲を見渡した。頭がくらくらする。首の後ろが酷く痛んだ。それでも耳を澄ませば、風が木々を揺らす音、離れた場所を流れているらしい川の水音が聞こえる。

 何が起こったのか、把握できないままに土方は聞いた。

「ここは…?」
「浪士組の列から、少しばかり離れた山ん中さ」

 目の前にいる二人の男の後ろから、別の男の声がする。岩の上に腰掛けて、フチゾウは真っ直ぐに土方を見ていた。

「なんで…」
「…さぁなぁ、そいつら二人は、なんか金になることがねぇかと浪士組に混じってみただけだからな。京へついたら身の振り方ぁ考えるんだろうが。…今はおもしれぇことを欲しがってるだけさ」
「…おもしれぇ…?」

 土方が聞き返す声に耳を貸さず、フチゾウは低く這うような声で続けた。

「俺の、望みは、復讐さ…」
「復…讐…」

 フチゾウは軽く喉を反らして、木々の間に見える空を見上げ、二人の男に命じた。

「そろそろ列が動く頃合だろう。次の宿場の宿の名だけ聞いてこい。…二人でいけ」

 そうして命じられた二人が居なくなると、彼は笑いながら立ち上がって言った。

「まぁ、俺の目的は復讐で、お前をずたずたにしちまうことだから、次の宿場なんざ、もう関係ねぇとも言えるがなぁ」

 そこまで言われて、やっと頭がはっきりしてきた。首の後ろが痛いのは、何者かに打たれて意識を飛ばしたからだ。誰に押さえつけられているわけでもないのに、体はどこも動かせず、焦りが全身を巡り始めた。

「ひ、人違いだと、さっきからっ。こんなことをして、ただで済むと…っ」
「…あんまり動かない方がいいぜ? 人違いなんかじゃねぇ。牛込の天然理心流道場、試衛館、その門人、土方歳三。俺はもう全部判ってて、てめぇを捕まえたんだ。とにかく、暴れねぇでじっとしていな、歳三さんよ、暴れると手首から先が千切れっちまうよ…」

 言いながら、フチゾウは腰の刀を抜いた。二本差しのうち、一本は既に其処に無い。たった今抜かれた残りの一本は、ざりざりという奇妙な音を出しながら、赤茶色の錆を零す。長いこと手入れもされず、放置された刀だった。

「俺の刀のもう一本は、そこだ…」

 突き出される指が、土方の頭上を指している。おびえた目をして土方は見た。自分の両腕が、頭より高い場所に縛られて固定されているのを…。
 
 手首には包帯のようなものが軽く巻かれ、その包帯が彼の手首を刀の刃の上に縛り付けていた。刀の刃は刃零れだらけで無残な姿のまま、荒縄で木の幹に縛り付けられてある。そして同じその幹に背中を押し付け、肩幅に開かされた土方の両膝は、枯れ葉の敷き詰められた地面に付いていた。

 脚を開いた膝立ちの格好で、縛られているのは手首だけだが、その手首が包帯を数回巻きつけただけで、剥き出しの刀の刃に押し付けられ、固定されて…。

 知ってしまえば、土方は微塵も動くことは出来なくなった。刃こぼれがあるとは言え、刃と自分の手首との間にあるのは、あまりにも頼りない包帯の布地が数枚のみ。

 激しくなる動揺のせいで、はぁ、はぁ、と息を荒くし、それを抑えようと
歯を食い縛りながら、土方は言っていた。

「どんな…復讐をする気だ? 殺すのか…?」
「それはこれから、じっくり考えさせて貰うよ。俺はお前が俺と同じくらい苦しめば満足だが、こいつらはお前ともっと、楽しいことがしてぇらしいからなぁ」

 いつの間にか戻ってきていた二人の男たちは、舐めるような視線で土方を見ていた。


* ** ***** ** *

 
 びぃ…、と音を立てて、また袴が縦に裂かれた。簾のようにされた袴の布地の下にちらちらと、もがく膝が見える。襟は左右に大きく肌蹴られて、その白い胸は、散々に下卑た賛美を浴びた。

「すげぇぇ…。女みてぇな肌だぜ。男でこんなだなんて、どこの陰間もここまで白かねぇよ」
「乳首なんて、見ろや、これ。生娘のみてぇな色だ。その上…」
「ぅう…」

 する、と、右胸の突起がなぞられる。土方は声も無く仰け反って、両腕に必死で力を入れた。嫌がって暴れる為じゃない。暴れるのを自分自身で封じて、刀の刃に手首を押し付けないようにするために。

 フチゾウは少し離れた場所に座って、男たちになぶられる土方を、にやにやと笑いながら見ている。段々と裸に剥かれる土方を、血走った目がずっと凝視していた。

 二人の男は、まるで面白い玩具を与えられた子供のように、散々に土方をなぶる。乳首を弄っただけで、酷く過剰に反応して、その白い肌を桜色に染める土方。こりこりと固くなって、感じている快楽を示す彼の胸を、一方の男は酷く気に入ったようだった。

「なぁ、聞いたことねぇかい? 女の唇の色と、乳首の色と、あそこの色はおんなじなんだってよ。じゃあ、こいつのアレの色は、この色ってことになるんか?」
「へぇ…。じゃぁ、そろそろ、御開帳といくか?」
「だって明るいうちがいいだろ、色がよく見えるようになぁ」

 言いながらもう、その男は土方の股間に手を入れた。袴などは何度も裂かれていたから、下帯を即座に掴まれ、慣れた仕草で解かれる。陰間遊びもよく知っているらしい男は、解きながら布地越しに土方のそれをごしごしと擦った。

「ひ…っ、や…ぁ、あ…」

 女のような声を立てる自分を、意に染まぬ相手になぶられて喘ぐ自分を、土方は激しく嫌悪し続けた。物心ついたころからずっと、色白だ、女子のようだと言われ続け、どんなに望んでも鍛えても、近藤のような無骨さは手に入らなかった。

 それならと奮起して、どんなに体の大きな男より、強そうな見た目の男より、自分が強くなろうと思ってきたのだ。

 なのに、そんな土方の努力は何度も踏み躙られた。一対一で勝てるようになったって、複数で来られれば組み伏せられてしまう。そうして女のような扱いを受ける。たった今、なぶられ犯されているように…。

 手首から先を、もしも失うことになったって、こんな奴らの言うなりになるよりは、と、土方は何度も思っていたのだ。男としての矜持を、こんな形で汚されて、それでも無抵抗でいる意味なんか…と。

 だけれど、もがこうとするそのたびに、目の前に近藤の顔がちらついた。一緒に夢を追おう、と、笑って差し伸べられた手が見えた。何を引き換えにしようと、この男とずっと…と、そう思った気持ちが蘇って、堪え得る限界を過ぎても、彼は言うなりになり続けたのだ。

 集団、とは理不尽なものなのだ。例えここで無事に逃げたとしても、土方がこの被害者でしかなくとも、こんなことがあった噂は地を駆け巡るだろう。試衛館の門人の土方が、と、そう噂される。そうしてその噂は確実に、近藤の存在にも泥をつける。

 夢が遠ざかり、離れていくのだ。
 あんなに求め続けた夢が…!
 それだけは嫌だ、それだけは。

 土方はいつしか涙を零していた。彼がもがくことも嫌がることも出来ず、喘ぎながら堕ちてゆくのを、フチゾウは歪んだ眼差しで眺め続けている。刀についた赤錆を、フチゾウの指が繰り返し繰り返し引っかいて、耳障りな音を立てていた。


















 長い二話目ですね…。いえあの、あんまりにも進展しなかったので、エロいシーンまで行きたくて、つい。そんな理由なのかーーーーーーいっ。て、突っ込みお待ちしています。

 土方さんを、こんな無名な男どもにヤらせるなんてっ、という苦情は…どうしようかな。ええと、ゴメンなさいと謝っておきます。斉藤、出てこないし。でもきっと次回は斉藤出ますから!

 斉藤と土方さんがヤるシーンは、ええ、きっと遥か彼方に…。です。お読みくださりありがとうございましたー。



10/09/23