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 厭え 厭え
 この身に欲をみる輩を

 抗え 抗え
 変わらぬ強さで
 変わらぬ嫌悪で

 相手が誰でも
 例え信じる相手でも

 厭え 厭え
 この身を欲しいと望む輩を
 
 その抗いと厭いと嫌悪で
 あの夜の傷を塞いでいる

 あの悪夢から
 逃げ続けている

 
 

 

 その刹那、あまりのことに土方の思いは、止まっていたのだ。彼は、何も分かっていなかった。

 斬る? なんのことだ。
 俺が、お前を…?
 何の理由が…あ…って?

 身じろぎもせぬ土方の首筋を、斉藤の息が撫でる。甘い、熱い息遣いが近付いて、その肌に唇が触れた。斉藤は軽く開いた唇で、彼の首を食むようにして、それに反応したように喉を反らす土方の髪を、乾いた手のひらでまさぐった。抗おうとしない土方に、斉藤の中で想いが惑う。

「嫌がらないのか…?」
「あ、よ…せ…」
「嫌なら抗え」
「さ、い…、ん…ッ」

 唇が、塞がれた。見開いた目に恐怖を浮かべ、首を横に振って嫌がると、それ以上の無理を強いようとはせず、斉藤はただ、ぎゅ、と強く土方の背中を抱いた。

「分かっただろう。士道不覚悟だ、と、そう言った意味が」
「……離せ…」
「あんたの姿は、俺には毒だ」
「は、離せ…っ…」

 胸を強く押されて、やっと斉藤が土方から離れる。挑みかかるような強い目で、彼は土方を見ていた。

「除隊でも、切腹でも、あんたの思うように…。いつなりと傍にいたいが、あんたが目障りに思うなら俺は消える。例え、追われる身になるとしても」

 そう言って、答えを待つように斉藤は黙った。土方はカラカラに乾いた喉で、それでも言った。

「た、隊には…お前が必要だ……」
「……。承知」

 一言そう言って、斉藤は部屋を出て行くのだ。たった今のことが、幻に思えるほどあっさりと、その一言以外は何も残さず。畳に背を預けた格好で、土方は暫し起き上がることも出来ない。四肢から力が抜けて、その上、信じ難い事実に、彼は思い至っていたのだ。

 嫌じゃ、なかった…。

 芹沢や、そのまわりにいた男どもに、じろじろ見られただけで吐き気が込み上げたというのに。多摩の頃から、少しでも変な意味で、男に触れられたりすれば、それが手首一つだとしても嫌悪で身が強張ったものを。

 あんたは気にならないのか、と、問われた意味が今頃判って、土方は無理に身を起こす。思い出してみればいい。抱き締められたのは、今日が初めてじゃないのだ。前の時も、驚愕ばかりが勝って、嫌悪感は欠片も覚えていない。

 思い出したくもないあの悪夢の夜以来、そうした嫌悪は高まるばかりで、男どころか女の肌にも触れたくなくなっていた自分が、何故、今。

 あまりに唐突だったからだ。そう言い訳しようとした。けれども斉藤からの強い抱擁は、これで二度目なのだから、その言い訳は無意味に過ぎる。

 思いも寄らなかったから。ならば、もう一度抱き寄せられることを考えてみればいい。嫌悪など、浮かびもしない。されるままで抗わぬ自分を、どう誤魔化したらいいかと、次があればまた迷うばかりだ。

 俺ぁは、男が、好きになった…のか…?
 違う、嘘だ! そんなことは…!

 そう思った事実に、やっと吐き気が込み上げた。浅い息で蹲り、土方は安堵感に目を霞ませたのだった。
 
 

 

「…例えそれが貴方でも、……傷つけたら斬りますよ」

 その、次の日の昼のことだ。屯所傍の四つ辻で、沖田は斉藤にそう言った。擦れ違い様、けれど沖田も斉藤も、どちらも足を止めない。歩む速さを緩めもしない。暫し行って、沖田だけが振り向いた。

「どうぞ、斬られるご覚悟で」

 それでも斉藤は振り向かなかった。言われるだけの覚えがあるのか、それとも…。

 遠ざかる背中を睨み据えて、沖田は急ぎ屯所へと入る。市中見回りで半日は戻らなかった。その間の土方のことが気になっていたのだ。懐に入れていた包みを取り出しながら、沖田は土方の部屋の前で足を止める。

「今、帰りました。甘いもの、どうです? 土方さん」
「総司か? 甘いもの?」
「もみじ堂の団子。多摩の菓子屋のに味が似てるんです、食べませんか。きっと懐かしいですよ」
「あぁ…。うん。それじゃあ、茶を入れさせよう」

 閉じていた障子がからりと開いて、土方がそこから顔を出した。顔色が悪いけれど、今朝方に比べたら随分といい。通りすがった新人隊士に、茶を二つ、と所望して、彼は沖田を部屋に入れる。

「頭痛、少しはよくなりました?」
「良くなってなかったら、団子なんぞ喰わねぇ」
「酷いなぁ、折角、土方さんに食べて欲しくて買ったのに」

 白い手を伸べて、土方は気乗りしなさそうに、ひと串取った。二、三度咀嚼して、彼は少し笑う。その綺麗な薄笑みに、沖田は少し切なくなった。こんなに守りたいと思っているのに、守り切れずにいるのだと、そう思ってしまうからだ。

 何があったか、正直、知らない。ただ、斉藤と茶屋で会ったことくらい察しが付くし、その後で土方の帰りが変に遅かったのも知っている。「何があったんですか」と、そう聞けないもどかしさが苦しい。真っ青な顔をして、震えている姿なぞどうしたって見たくはないのだ。

「おいしいですか?」
「あぁ、お前の持ってくるものにしたら、まぁまぁだ」
「…よかった」

 やっとひと串食べ終えて、土方は残った串に視線を落としながら言ったのだ。

「総司」
「はい?」
「俺は今日、どこかいつもと違うか?」
「少し顔色が悪いっていうだけですよ。何故です?」

 嘘は言ってない。こんな変化に気付くのは、自分くらいのものだから。

 何があったんですか。
 誰かが貴方を傷つけましたか。
 その顔を曇らせるようなことを言ったのですか。
 それとも、貴方に何かしたんですか。

 浮かんでくる言葉のどれも言えない。ましてや…

 自分が死んだって、あなたを守りたいんです。

 なんて、そんな大仰なことを言い出したりしたら、言われた真意を探し当てて、貴方はきっと、もっと辛い思いをする。言えない言葉を、一緒くたに飲むような気持ちで、沖田も団子を頬張った。

「そうだ。土方さん、どうです?」
「…総司?」
「頭が痛いのが治ってるなら、今から一手、仕合いませんか。きっと気持ちが晴れますよ。屯所でじゃぁ、あんまり目立つから裏山ででも、私と二人で」

 竹刀を握る両手の形を見せながら、沖田は屈託なく笑った。その、昔のままの笑う顔に、土方は安堵したように表情を緩めて、うん、と小声で言うのだった。














 あーーーーーーーーっ、難産でしたっっっ。一本の話を三日四日にわたってひねくり回しているなんてっ、私の性に合わないっていうか、あまりにねダメダメすぎて、自分の首を「きゅぅー」したくなっていました。

 悩んでぐるぐるしたカイもあったか、何とかすんなり落ち着く「続」になりまして、ホッと一安心しております。えーいっ、ちくしょうっ、これだから長期連載ってっっっ。いやいや、私の力不足ですぅぅ〜。ちゃんと書いてあげられなくて、ごめんねごめんねっ、土方さんたちっ。

 先日の京都の旅では川を何度も見ましたので、今度、それを生かすシーンを書きたいと思っていますよー。ではまたーっ。


11/10/20