花 刀 16
庭に花を見た
あんたを思い出した
空に月を見た
あんたを思い出した
鞘から抜いた刀に
あんたを思い出した
息をするたびに
鼓動を打つたびに
あんたを思い出して
夜毎の夢に見る
夢ではあんたを奪う
いらぬ戸惑いは
現でだけ
斉藤の姿が消えた。
いや、正確に言えば消えたわけではない。決められた仕事をこなし、決められた刻限までは隊と行動を共にし、だけれど土方の気付く場所には、姿を見せないのだ。副長の土方は、もともと他の隊士たちと重なる時間が少なく、そのゆえか彼はここ暫く、斉藤の姿を見て居なかった。
「総司」
「あぁ、やっとですか」
廊下で会って声を掛けた途端、沖田は笑んでそう言ったのだ。聞かれることを暫し前から分かっていて、いつなのかと待っていたらしかった。
「ちゃんと居ますよ。斉藤さんのことですよね? ただ、あの人、最近本当に必要最小限しか屯所にいないんです。屯所詰めの日は目立たない場所にいるみたいだし、非番の時とか、半端に時間の空いてる時なんかも、外へ出てるみたいだ」
「……」
「理由は聞かないで下さいね。正確になんて、答えられやしないんですから」
沖田の言い方に気付いて、土方は言った。
「なら、お前には少しは分かってるってことか? あいつの行動の意味が」
「…まぁ、近いですし」
近い? ああ、年が、ということか。
そう言われればそうだ。
沖田の言葉をそう納得して、土方はさらに先を聞こうとしたのだ。だが彼が言葉を発するより前に、沖田は笑って背中を向けた。
「年の話じゃないですから。…傍に居るのが辛い。そういうことじゃないんですか? 声を聞くのも、姿を見るのも…」
謎かけのように告げられた言葉を、土方は分かろうとしなかった。ただ「傍に」という言葉は、前に一度斉藤から聞いていた。あの芹沢と共に、大阪で力士を斬った彼を、部屋へ呼びつけて彼が詰問した時に。
あんたの傍に、早く戻りたかっただけだ
そう、斉藤は言っていた。あの言葉の真意も判らないままなのに、今度は傍に居たくないというのか。難しい顔をして項垂れていた土方が、ふ、と顔を上げると、もう歩み去ったはずの沖田が、屯所の門のところで、土方からは見えない場所を意味ありげに指し示していた。
それを見て、反射的に体が動く。沖田の横をすり抜けて、指していた方を見れば、まさに斉藤が遠くの角を曲がるところだったのだ。大声で呼ぶ気にもならず、無言で土方は追いかける。そうして追いつつ、追いついたら何を言えばいいのか、考えてもいないことに気付いた。
「斉藤…っ」
人通りの少ない裏手の路地で、やっと追いついて声を掛ければ、斉藤は迷惑そうな様子をして、返事もせずにこちらを向いた。
「…どこへ、いくんだ……?」
「屯所詰めの刻限は済んだ」
「分かってる、別に咎めているわけじゃない。そうだ、お前に話が…あったんだ。何処か茶屋でも」
「…茶屋はいい。ここで」
ここで? こんな道端で話せることじゃない。話したいのは、芹沢暗殺に斉藤を外した件や、あの土砂降りの夜のことだ。
「いや、ここでという訳には。じゃあ俺の部屋に」
「あんたの部屋も、いい…」
ずっと視線を外したままの斉藤の顔は、どこか不機嫌そうで、つい土方の口から、言うつもりの無い言葉が零れる。
「お前、俺を嫌いか…?」
「……嫌いじゃない」
「なら…」
あぁ、我ながら餓鬼のような言い方だったと、土方は今の言葉を後悔する。自分は新選組の副長だ、否と言われても貫けばいい。本当に言わねばならないことがある。それゆえのことなのだ。
「やはり茶屋だ。今夜は非番だな。亥の刻に萩月。そこの道を西に突き抜けた場所にある。時間は取らせない、来てくれ」
言い捨てると、土方は屯所へと引き返した。そして夜、少し考えて土方は茶屋へと向かった。歩いてすぐなのだし、共はつけない。前のように、また暫し待つことになるかと、そう思いながら行けば、意外にも茶屋の外に、もう斉藤の姿があった。
「……斉…っ」
振り向いているその顔が、驚いたような表情を作っている。視線が土方の姿を、足から頭へと見た。
「おかしいか。新選組のものが出歩くと、町が物騒になるだとか、前に町民の間で噂になったと聞いてな、一応、目立たないようにしたつもりだ」
紺の着流しに、髪を高く結わずに、首の横で緩く縛って…。下駄の足元は、足袋を履かぬ素足で、細い足首が宵闇に白く目立っている。腰の鞘の黒塗りが夜に溶けて、一瞬、武器のひとつも持たぬなりに見えた。
「店のものには一刻の間だけ、外してもらっている。それゆえ酒も無いがな」
酒宴じゃないから、いいだろう、と、酷く気軽にそう言って、土方は先に茶屋へ入ろうとした。土方が傍を通ったとき、斉藤が小さく言った。
「聞くが…。あんたは、気にならないのか?」
「何のことだ?」
聞き返したが、斉藤は返事をしなかった。黙ったままで土方の後について茶屋へ入り、土方自身が部屋にあかりを灯すのを見ていた。蝋燭の火は小さくて随分と薄暗く、表情が分かりにくいと思ったのか、土方は斉藤の近くまできて座った。
「あの日、お前を選ばなかったのは、信頼してないからじゃないんだ。ただ、人数を絞る必要があったから、お前には屯所の守りの要として…」
「あぁ、気にしていない」
芹沢を斬った、あの夜のことだ。斉藤があっさりとそう言ったので、土方は意外に思った。沖田の言うように、もっと悔しがり、こだわっているのかと思っていた。
「そうか…」
「ただ、あの夜はあんたが…」
確かめたかったことを、斉藤は言葉にしようとしている。口を差し挟まず、そのまま待ったが、途切れた言葉は続けられずに、斉藤がほんの僅か、後ろへ身を下げたのに気付いた。それを言葉で追いかけるように、土方は聞いた。
「やっぱり、お前だったんだな。正直、助かった。あの日、もし他の、…っ!」
あまりに唐突に抱きすくめられて、すぐには何も分からなかった。土方は体が軋むほどの抱擁は、これで二度目になる。息がとまり、鼓動だけが大きくなって、土方は背を逸らせて喘いだ。首を仰け反らせた背で、斉藤の手が土方の髪に触れていた。
「士道不覚悟は俺だと、言った筈だ。だから、あんたの姿を見ないようにしてきた。会わないように、ここ暫くずっと。なのにあんたは、何も考えず俺を煽る」
「さ…いと…ッ、離…っ」
どさ、と土方の背が畳に落ちた。腕を押さえられ、真上から見下ろされて、嫌悪よりもまだ驚愕が勝っていた。
「一刻、誰も来ない。あんたさっき、そう言った…」
畳に立てられた左手の指に、強い力が込められて震えていた。もう一方の手は、偶然に剣の柄に触れた。無意識に握り込めば、斉藤の目がそれを見て、ほんの僅かに笑う。
「斬るか…?」
握った柄から、土方は指を解いていた。
続
斉藤さんはさ、きっと今、愛ゆえの欲望と、性欲ゆえの欲望と、ごちゃ混ぜになってるんだろうなぁ。土方さんはあんなだし、斉藤さん自身はワンコだし? ←オイ。
すいません。なんかちょっと不調みたい。組に限らずなんですが、ちょっとリハビリした方がいいかもぉ? よし、次の組は別の短い話を書こうかな! 予定は未定ですが、そんな感じでー。
11/09/14
