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守ろうとする手が
貴方を傷付けると知れば
あの人は迷う

恋ゆえに

離れて見守れば
遠くの貴方は項垂れて
庇いたくなる

恋ゆえに

辛そうだ、なんて
人ごとめいて言ったって
無害でいるのも楽じゃあない

それすらも
あぁ
恋ゆえに




「あの日」
 
 呼び付けられて何かと思えば、その一言を言うまでに、たっぷり四半時も、土方は迷った。無論その間、始終黙っていたわけではない。市中見回りの首尾を聞き、組隊士たちの様子を話させ、京の町と多摩の気候の違いのことまで、のらのらと話題を彷徨った上で、彼はそう言ったのだ。

「さて…あの日、というと?」

 沖田も別に、意地悪く知らぬ振りしたわけじゃない。あの日と言うのが、まさに「あの日」ことならば、話題にはせぬ、と暗黙の了解の筈だったからだ。土方は沖田の顔を見て、居心地が悪そうに唇を噛んで項垂れた。

 きれいだなぁ、と沖田は思う。そう思うことに、彼自身の中で違和感はない。それは事実なのだし、ずっとそう思ってきたし。ただそれも、口に出しては言えぬことの一つなのだが。

 髪も、肌も、唇も。困ったように膝のあたりで握られている、その手の甲も手首も、こんなに綺麗なのだから、いつも着物に隠れた場所なんかは、見たら目の潰れるほどなのじゃないかと思う。考えると一気に喉が渇く。

 それをあの人は、少なくとも二度は見たのだ。一度目は京へ登る途中でのこと。そして、二度目はそれこそ土方の言う「あの日」に。土砂降りで、外は真っ暗だった。滝の中みたいに雨が降ってて、普通の会話が成り立たないほどの雨音。

 沖田はあの日、いっそ、奇妙なほど冷静だったから、土方の様子がおかしいのも分かってた。あいつの最期に、あの体を皆で突いた時、土方の刀だけが肉に喰い付かれたように抜けず、沖田が横から柄を掴んで抜いてやったのだ。

 ふと見た、土方の真っ青な顔。

 大丈夫ですか、なんて言って、支えてやれたらいいものを、あの場でそれが出来るわけも無く。屯所へ戻って解散して、着物を急いで換えてから、厠か何かへ立つ振りして沖田は土方の部屋へ言ったのだ。そうしてその時見たのは、斉藤の姿だった。

 土方の部屋から出て、そっと障子を閉めていた斉藤の顔は、彼らしくなく感情が剥き出しで。

「あの日だ、あの…土砂降りの………」
「…あぁ。『あの日』のことですか。えぇ、何か」

 やっと言葉を続けた土方を、沖田はいつもの笑顔で見つめ返した。震えてる姿が、困ってしまうくらい儚げで、これじゃあ斉藤さんでなくたって、誰だって惑う。機会があれば、思い留まれなくたって仕方ない、と、そう思ってしまうくらいに、土方は綺麗だから。

 だから逆に「よく」、と思った。斉藤が障子を閉めて行った直後に、その障子をまた開いて見た部屋の中、土方は乾いた着物に着替えさせられて、床にそっと横たえられていたのだ。何があったかは、多分、想像できるし、それが当たっているのだろう。

 自室に着く前に倒れた土方を、斉藤が部屋へと連れて入り、着物を着替えさせた。当然ながら、彼が着ていたものを体から取り去って、裸にしてから…。

 沖田がとうに知っているその事を、土方は突っかえ突っかえになりながら言葉にした。

 自分はどうやらあの日、倒れたらしい。
 誰かに介抱されたようだが、
 意識が無かったから相手が分からぬ。
 心当たりはないか。
 寧ろ、それはお前じゃないのか、と。

 くす、と沖田は笑った。彼がにこにこと笑うのはいつものことだから、土方ももう一々気にかけたりしないのだが、さすがにこの時は、むっ、としたように眉を寄せて、視線を逸らした。

「ええ、私ですよ」
「…そ…そうか、それは…」
「って、言ったら、どうしますか…?」

 見るからに鼻白んだ土方に、沖田は言った。

「覚えてます? 私の言った言葉。『貴方の駒は私だけじゃない。命じられれば何でもする人が、あと一人は確実にいる』それが誰のことだか、わかってました?」

 どうしてそんなことを言ってしまったのか、後で考えてもわからなかった。沖田が自分を介抱した、と思って微妙に安堵した土方の姿に、一瞬苛立った。それ故だとは気付けない。

 どうせ私は弟分だ。
 いつまでたっても、どれだけ剣の腕を上げても。
 頼って欲しいと、切に願っていても。

「弟」のようなものだからこそ、こんな弱さを見せてくれていて、それが嬉しい反面。ここのところ、その一挙手一投足を土方に気にされている斉藤のことが、なんだか羨ましくてならない。だから、波風を立てたくなってしまった。

 気にしている、を、いつか通り越して、ゆっくり、ゆっくりと時間を掛けて、守られていることに気付いていき、やがては頼るようになる。土方から斉藤へのそういう変化を、見ることになる気がして、それが嫌で。

 誰か、と問われて土方は、身に覚えのあるような顔をした。項垂れたままで親指の爪を噛んで、多摩にいたころのような、そんな感情剥き出しの顔をして、ぼそり、と彼は呟く。

「…斉藤…か」

 剥き出しの感情は、その後数秒で変わっていく。「あの日」自分を介抱したのが斉藤なら、さらにあいつに告げねばならぬ。他言無用と、その言葉を。なんでこう、斉藤にばかりこういう引っ掛かりが出来ていくのかと、悔やむ心の中に、混じっている怖れ。沖田はそんな土方の内心を読みながら、短く溜息をついた。

「だから、あの人のことは、これからちゃんと使った方がいいですよ。今度のことではたぶん、随分と悔しい思いをしたんじゃないですか。私だったら、きっと憤死してしまうから」

 大切な人を守るのは、いつも自分でありたい。それは自然な想いだと、誰だってわかっているのだ。ひょい、と立ち上がり、沖田は土方に手を差し出した。

「今からくず切りを食べにいこうと思ってるんです」
「…?」
「弟分の私に、たまにはお小遣いとか」

 眉間に派手に皺を寄せて、それから土方は少し笑った。そうそう、そうやって安心していて欲しい。「弟」としてそう思う。微妙で複雑な立ち位置の自分を、貴方に知られてはならない。土方が斉藤にそうしようとしているみたいに、自分に「口止め」が必要だなんて、死ぬまで思って欲しくない。

「足りるか? これで」

 ちゃり、と小銭を手に渡されて。一瞬触れた指先に、動悸を速めるのは、沖田も斉藤と同じ。鋭くて、でも脆くて。儚くって、でも矜持が高くて。惑わされてしまった方は、堪らない。

 それでも、あぁ、それでも。
 私の居場所は、ずうっと、死ぬまで、ここでいい。

 沖田はそう思って、渡された小銭を握り、その手首で刀の柄に触れたのだった。














ご、ごめんなさいっ。斉藤不在! 沖田があんまり色々と心情を吐露するんで、面白くなって書き綴ってしまいましたぁぁ。っていうか、沖田、あんたあの夜、見てたのか!? それは知らなかったよ。びっくりだ! それとも、障子の外から鋭い眼光で、斉藤を呪っていたのか!

「それ以上手を出したら、殺す」って!

 相変わらず執筆後コメが、ぶっ壊れていてゴメンナサイぃぃ。今回の沖田のターンで、土方さんの美人な感じを書けて、凄く楽しかったですー。やっぱり彼は美人でなくちゃねっ。

 ではまた次回ー。ちょっと沖田と斉藤に話をさせたいが、予定してても、また展開が暴走するかもしれないから、どんな次回か分かりませんん〜。


11/09/04