花 刀 14
土を踏んで歩く
ひたひた ひたひた ひたひたと
懐にはあんたからの文
見えない笑い浮かべ
ひたひた ひたひた ひたひたと
もうそんな思いしなくていい
俺が今からアレを消すから
これからだってそうしてゆくから
心で笑いながら斬った
喜んで斬った
血の匂いが芳しいほどだったのに
その血が貴方につくのは
どうしても嫌だった
俺が
あんたを
穢すなんて
酷く難しい顔をして、土方は自室にいた。日に日に、所業が酷くなっている。無論、土方のことでは無い、あのケダモノのことだ。今日はとうとう上からも言われた。
別に躊躇などするわけではない。ただ、どうやれば巧くことが済むかとそう思っているだけのこと。いつ、どうやって。これはもう大体決めてある。あとは誰が、ということだった。
近藤さんには退いていてもらう。あの人に何かあったらすべてが終いだからだ。とすれば見届けるためにも俺が行く。それから腕から言って沖田。それと…。そこまで考えて、ふ、と斉藤の顔が浮かんでくる。一瞬、躊躇い、けれども土方は首を横に振って否定した。
腕は確かに申し分ない。だが…あいつは…
あの日、他言無用に、と告げた自分の声を思い出す。松林の中、腰が折れそうなほど抱きすくめられたことを思い出す。士道不覚悟は俺だ、と、そう言った声が、たった今、傍で囁かれているかのように耳元に。
「あいつは、駄目だ、読めねぇ…」
ふ、と障子の方へ顔を向けて、土方は腰を上げた。ちゃりちゃりと小石を踏む音が聞こえたからだった。
「総司」
からり、障子を開けて呼べば、今しも通り過ぎようとしていた姿が振り向く。なんとなく、安堵した。餓鬼の頃から知っている顔で、今も傍にある沖田の姿。
「嬉しいなぁ、足音で私とわかりましたか」
「…そんなことぁいい、入れ」
と、土方は沖田を部屋へと入れて、障子をぴったりと閉めた。
そして…とうとう訪れたその日は、夜になってから酷い空になった。黒い針を無数に降らすような雨だった。まるで、天が何もかもを知っていて降らせたかに思えたが、咎められているというよりも、隠そうとしてくれているように感じた。
逃がしてしまったものもあったが、本丸は、斬った。動かなくなったものを、さらに皆で突いた。万が一にも生き残ってもらっては困ると、散々に突いた。土方の刀も、ずぶずぶとその体に刺さった。
女も殺したが、最初から仕方が無いと全員が思っていた。手順を話したとき、沖田が言った言葉を思い出す。
だって、あの人…
他にいくところなんてないでしょう?
この世に残ってどうします?
また、一人になるだけなのに。
言いながら笑った顔は、本当に曇りなく、皆が頷いてそう決めていた。芹沢の体へ向かう前に、真っ先に女を斬ったのは沖田だった。それでも誰より早く芹沢の体に刃を振るった、その迷いの無い剣が目に残る。
行きと同じ帰り道で、雨に体をなぶられながら、沖田がぽつりと言った言葉は、誰の耳にも届いていない。
「ほら、ね。私だって同じだ。貴方が嫌がるものを、この手で消したいんです…」
そうしてもう何事も無く、皆は裏木戸から屯所へと入った。そこでばらばらに散って、誰にも気付かれぬ内にと、土方はそのまま中へ自室へ入ろうとし、ふと思った。
返り血を浴びた筈だ。
この雨だ、もう少しこうしてなぶられていれば、
洗い流せるだろう。
部屋の前まで来ていながら、そこにじっと立ち尽くして、黒針の雨を見上げ、頬に痛いその雨粒を感じ…。
「…ひ……」
土方は喉奥で息を引き攣らせた。濡れて冷えた足首を、誰かに掴まれたような気がした。ねっとりと温く…確かに、五本の指の感触も生々しく、土方の肌に…触れて。彼は無意識に足をもがかせて振り払う。
なのに一度は消えた感触が、今度は逆の足首を掴んだ。肌があわ立つ。これは…この手の感触は…、芹……。それとも……。
ざぁぁぁぁぁ
短く上がった悲鳴を雨音が押し包み、消した。
斉藤は随分前から、何か違和感があることは気付いていた。土方の素振りが、明らかに彼を避けていた。
それだけではなく、彼のまとめる三番隊が他の隊の代わりに、急に市中見回りを命じられ、丸一日屯所に戻れなかったことも、二度、ある。沖田は相変わらず飄々としていて、何か変わった素振りもなかったが、原田や山南は明らかに態度が妙だ。
そんなときに、この酒宴。
変に芹沢を持ち上げる近藤と土方と。
何かがあると思いながら、その何かに気付きかけていながら、誰かに聞くのも憚られ、酒の席を抜け出す面々を、こっそりと追いかけていくことも出来ず…。
だから斉藤はその夜、一睡もせずに耳を研ぎ澄ませ、姿を消した土方達が戻るのを待っていたのだ。雨に紛れそうな足音をやっと聞き、ひっそりと部屋を出た途端に、何処からか香る「血」の匂い。
咄嗟に気付いた。これは粛清だ。誰を? 芹沢に決まっている。芹沢と、それに従う数人と。つまり、その計画に、自分は入れては貰えなかったということだ。知られぬようにするために、土方に、見えない壁を作られていた。
怒りよりも痛みよりも、その時、彼が瞬時に思ったのは、土方に対する「心配」だった。黒く見えるほどの強い雨。肌に触れれば刺さるように痛みを伴い、これほど「暗殺」に適した夜もあるまい。だが、平然とそれを出来るような顔をして、本当の彼は、それほど強くはないのだ。
案じながら部屋を出て、気配を消して真っ直ぐに向かう。斉藤は立ち止まり、その目を見開いて見た。刺さるような酷い雨の中で、泥の水たまりに伏して、土方が倒れていた…。
「………」
声も無かった。駆け寄って、抱き起こし、冷えた体に微かな体温を感じた。あぁ、その、目の眩むような安堵。もしも土方に何かあったら、自分は壊れるのだと、瞬間思った。
細い体を抱き上げ、目の前の彼の自室にと入り、ぐっしょりと濡れそぼつ着物を剥いだ。冷えた彼の体を、どうにかしなければならなかった。灯りの無い室内で、白く白い肌があらわになる。着物の次に、下着も解いた。見るのは二度目だ。相変わらずだと思った。
相変わらず、綺麗だ、と。
「俺は…あんたが…」
続く言葉が震えて止まる。抱き締めて、ほんの数秒、肌の匂いをかいだ。胸へと唇を這わせ、怯えたように、そこにある小さな紅い花へと滑らせて。視線がするりと下へ這い、それへと絡み付いていく。そして…
「…っ…」
血が出るほど唇を噛んで、目を閉じて、おのれの体を引き剥がすように、土方の体を畳の上へと寝かせた。押入れの郡から、手に触れた着物を引きずり出し、白い裸体をそれで包む。袖に腕を通させ、前を合わせて、細い紐を腰で縛った。
改めてそっと床へ寝かせ、身を離す前に、斉藤は彼の姿へと体を屈めたのだ。両腕で自分自身を縛るように抱いて、土方の唇へ、唇を……。
「…あんたが…、怖い…」
触れた柔らかな感触が、真っ白な花の姿のように、斉藤の心に突き刺さっていた。
続
貪りたいと思うのも愛。欲望を押し殺せるのも愛。犬にしては上出来です。いや、えっと、失礼しました。斉藤さん、よくやったですよ。ちゃんと土方さんを抱かせてあげるからね…い、いつかはね…っ。
え? 今、土方さん? あぁ、下帯はしていませんよねv
ぎゃー、またふざけてすみませんっっ。こんなだから黙っていろと言うんだよ、惑い星はっっ。とにかく土方さんを守る二匹のオオカミは、これからどうしていくことやら、です。
また次回、頑張りますー。
11/08/25
