花 刀 13
若い狼が あなたの左右にいるんだ
鬼、と言い換えても
違っていないのかもしれません
手に提げた血刀の滴りが
ずっと止まらなくても構わない
大事なのはひと振りの花の刀なんだ
とうの昔に洗い落とした膿の色に
今だって追い詰められてる花刀
大丈夫 守る
死ぬまでは ずっと
その先を託す相手も
もう見つけたんです
私?
褒めてくれなんて
言ってやしませんよ
士道不覚悟は、むしろ俺だ。俺が、そう言った時のあの人の顔。意味の分かる筈も無いが。
く、と斉藤は笑いながら、闇から闇へと逃げるように歩いている。下げた血刀から滴る血は、もうとうに途切れているというのに、いつまでもそこから赤い滴りが止まらない気がしていた。
士道? そんなものを思って斬ったわけじゃない。隊務だなど思いもしなかった。ただ、憎かっただけのことだ。斉藤は土方の苦しむ姿を見て、その震えを腕の中に抱いて、どろどろとした思いのままに、佐伯を斬ったに過ぎない。
娘の遺体が運び去られた後の同じ場所に、夜半に一人で現れて、簪を手にわらっていたあの男を見た瞬間、思い出したのは過去の憎しみ。とうに殺した相手への、注ぎ足りぬ憎しみだった。
そう…あの人の体を穢した、あの男どもを憎んだ思いが、胸にはっきりと蘇って、まるでその残りのツケでも払わせるように、ただの一刀。佐伯の首は遥か遠くへと飛んで、真上へ向けて飛び散った血の色が、どす黒く汚い膿に見えた。
こんな男のために、あの人が苦しんだのだ。
この男がいる限りは、あの人の痛みは消えない。
理由など、それひとつで有り余る。
他言無用の引き換えに、何が欲しいかとあんたは聞くが、あんなふうに抱かれて、そのことには何の疑問もないのか? 何かが動くか、と、胸の片隅で思っていた感情が、ゆら、と揺れて斉藤は己が心に問いを跳ね返す。
何がしたいんだ、俺は…。
いや、ただしたいようにするだけのこと。狼のように生きてきた自覚はある。こんなふうに何かの集まりに身を置いても、所詮、自分は自分。喰らいたいものを喰らい。そのために手段を選ばぬ。
ただ、相手は、あんただから
誰より清い、あんただから……
自分中の狼が、勝手の違う「恋」に戸惑うのだ、などと、斉藤は気付いてもいないだろう。したいようにしながら藩からも離れることになった生き方を、微塵も悔いてはいないが、土方欲しさに望みを強いては、欲しい「あんた」は手に入らない。そんなふうに、彼は思うだけだ。
先日「あんたの傍に、早く戻りたかったのだ」と、思わず告げたその言葉に、自分の真意があることも、狼には判っていない。
気付けばまだ手の中にあの簪があった。銀の細工の見事さを、何気なく月へ翳そうとして、空にあった光が雲に飲まれていたのを知った。どちらにしても男の自分には不要のもの、監察へ届けようなどと、面倒なことをする気もない。
しゃら、と音を立てて、飾りを路地へと放った。
屯所で土方と会うと、斉藤はその視線を彼から離さない。真正面から見据えるわけではないが、見える限りはその視野の中に置いていたがった。顔色の青さや、ほんの少し痩せたかどうか、四肢の流れの一つさえ、ほぼ無意識に追っている。
このところ常に寝不足のようにも見え、疲れの色が濃い様子と、その理由を考え、また斉藤の胸に濁ったものが溜まろうとしていた。そんな斉藤の視野から、廊下の角を曲がった土方の姿が消えたあと、間髪いれずに話しかけた声がある。
「正直だなぁ。…正直過ぎやしませんか?」
振り向くまでも無い呑気な声は、返事をせずとも後へ続く。
「目が、って言ってるんですよ。あぁ見えて、土方さんも気にしてる。何かありました? あ、私が聞いちゃ駄目なのかなぁ」
沖田は斉藤の後ろで、少々だらしなく庭の木に背中を寄りかけて、そこらから毟った草を口に挟んで弄んでいた。
「……」
「ところで、佐伯の…。見事だったな。首を一刀、しかもあれは鞘走りの抜き打ち。なのに不意打ちじゃないあたりがね。遠くのぬかるみに落ちた首も見にいったけど、凄い顔だった。斬る前にどれだけ怖がらせたんです…? それ、見たかったな、ちょっと」
「……」
「どう思われてるか知りませんが、思いは同じです。次の時は誘ってくださいよ。ねぇ…斉藤さん」
楽しい世間話でもしているような顔だった。間近で聞いた斉藤だけには、その声の底にある心が垣間見えた。確かに、思いは同じなのかもしれない。許せないものの種類と、行使する力の方向。
「でも、守るのなら半端にじゃなくて、すぐにも根から断ちたいのに、枠の中は本当に面倒だ。そうは思いませんか」
前を見据える沖田の目から、いつしか笑いが消えている。だけどもうすぐ、と、そんな一言だけを残して、沖田は土方の消えた廊下の角を、無邪気な様子で自分も曲がっていった。
「土方さん、この頃眠れてます?」
後ろから追い掛けて来た沖田が、そう聞いてきた。子供に似た足音を聞いていたのに、斉藤かと思って、ぎくりとした自分がおかしい。
「いつもおめぇは下らねぇことを言う」
「心外だなぁ、下らなくなんかありませんよ。隊を仕切る貴方が倒れたら、負うのは貴方の真下の私や、他の組頭なんですからね」
「………」
その言い方が神経に障る。同じだ、あの時の言い方と。
…あなたが倒れたりしたら、
きっと私が背負わされるんですから…。
そんな沖田の言葉を聞いたあとに、何があった。何が…。
「ほら、そんな顔をする」
沖田はまるで本当の餓鬼のように、土方の袖を掴んで引き止めた。周りには誰もいない。
「何でも一人で負おうとしたら、私、怒りますからね。言っておきますが、貴方の駒は私だけじゃないですよ。命じられれば何だってしようっていう人が、あと一人は確実にいる。上手に使えばいいんです」
そして、彼の痩せた肩に手を掛けて、沖田は土方の耳元に一瞬だけ唇を寄せる。
「駒を駒と割り切れない貴方が、私は酷く好きですけどね」
庭に下りて立ち去りながら、沖田は足元の泥の塊を蹴る。草履の先と足の指が汚れたが、それで目障りな泥が消えるのなら、些末だと本気で思った。勿論「泥」は、ただの泥のことじゃなかった。心も血肉もある、ある人間のことだが、かわいそうなどとは思わない。
顔を上げた視線の先に、丁度屯所へ戻ってきて門から入ってくる巨漢が見えた。鉄扇を振り回すその泥の塊からは、濡れた汚れが飛び散って見える。
あぁ、敵にする相手は、ちゃんと選べばいいのにさ。汚されるのはごめんなんです。私のあの人には、ずっと綺麗でいてくれなくちゃ、何より私が嫌だ。
「斉藤さん、今度は譲りませんから」
呟いて、ついさっき転がした泥の塊を、沖田はその足で踏みつけた。その傍にあった小さな花も、一緒に足の下になって折れたが、仕方ないと思った。
続
おお、後半、沖田のターンだったらしい。いかん、斉藤よりカッコいいんじゃないの、これ。連日「組」なんて、凄く珍しいことですー。頑張りました。内容はちょっとうまくいってないけどもー。
毎度血生臭くてゴメンナサイっ。
次はまた来月ー。お疲れ様でした。
11/07/17
