後ろの方に、少々残酷な描写があります。
お気をつけくださいませ…。

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夜半の悲鳴は 娘の悲鳴
愛し男を 呼ぶ嘆き
娘の最期の 惨劇に
あなたは 己の過去を見る

 あぁ、そんなだから…
 傍にいたいと言うんだ
 …俺は

そう言えるのが、羨ましい


守るその手を 差し伸べられぬ
あまりの辛さよ もどかしさよ






 ひとり自室へ戻って、土方は懐紙の上に吐いた。ろくに食べてもいないのに、それでも何度も何度もえづいては吐いた。芹沢のあの下卑た笑いが、脳裏で別の男と重なる。その男が手を伸ばして、土方の足首を掴むのだ。

 吐きながら寒気にまで襲われて、土方は畳の上に蹲った。

 震え、身を強張らせて目を閉じていたら、次には何故か斉藤の顔が浮かんできた。ついさっき見た顔だった。芹沢のことを、嫌悪の眼差しで見据えていた…。

「なんで…あいつ…」

 ごろり、と体を横に倒す。浅く速い息は段々とおさまり、今度は仰向けになって、薄く目を開く。

「…分かんねぇ野郎だ」

 そう呟いて、土方はもう一度目を閉じた。いつの間にか、具合の悪いのがおさまっていた。安堵したように息をついて、猫のように体を丸め、土方は浅い眠りに落ちるのだった。




 その数ヶ月も後のことだ。土方にとって、にわかには信じられぬことが起こった。芹沢に付き従って遠出していた斉藤が、芹沢と共に力士を斬ったのだ。土方は苛立って、知らぬうちにあの男を信じていた自分に気付いた。

 後々までその思いが消えず、どうしても問い質したくて、随分日が経ってから、土方は斉藤を呼んだ。それまでだってあまり口を聞いたこともないのに、わざわざ部屋へ呼び出したのだ。

「あのこと、どういうつもりだ」
「…どういう、とは?」
「この前の大阪でのことだ。なんで芹…っ。あ、あんなやつに加担した。おめぇ、あいつを嫌ってたんじゃなかったのか?」

 問えば、斉藤は土方の前で膝をついたまま、ゆっくりと視線を上げて彼を見た。

「嫌いだ」
「なら、なんで…っ。いや、何故、力士を…」

 言っているうちに、何を言うべきか判らなくなった。判らなくなって、斉藤と二人で自室にいることが、酷く居心地悪くなった。もういい、と、そう言って去らせようとした途端、斉藤は言ったのだ。

「俺はただ、あんたの傍に早く戻りたかっただけだ。…悪かった」
「…何……」

 言って、斉藤は膝を上げた。そのまま背中を向けて部屋を出て行った。言われたことが、自分の問い掛けと繋がらなくて、土方は暫く、斉藤の閉じていった障子を見ていた。

 好きで芹沢などについて、大阪までいったわけじゃない。それは隊士として土方に命じられたから、仕方なく行っただけのこと、そのままずるずると向こうにいるのが嫌で、戻るために騒ぎに加担したと、そんなことを言っているつもりか…?

 それに、今、あいつは何を言った? あんたの傍に、と、そう言わなかったか。

 その言葉を反芻しながら、土方は額に手を置いて項垂れた。馬鹿が、と、そう小さく吐き捨てる。俺の傍がどうとか、そんなのはどうでも…。あんな奴と同じことをしていちゃあ、お前まで、局中法度に触れるじゃねぇか。

 俺にお前を粛清させる気か……?

 局中法度、とは、有り体にいって、芹沢を組から除外するために作った掟だ。あの男の傍にいて、似たような行動をしているものがいれば、それも共に害せねばならなくなる。

 そう思い、ぶる、と土方は身を震わせた。自分の心がよく判らなくて、苛立ちがいつまでも消えない。もう一度呼ぼうか。そう考えて長いこと逡巡していたのに、結局は呼べずに、さっきの言葉を吐いた斉藤の顔を、ずっと思い浮かべていた。

 『あんたの傍に…戻りたかった…』?
 
 どういう意味だ。どういう。判らねぇ男だ。相変わらず判らなくて、苛立つ。

 翌朝、自室から廊下へ出た途端に、待ち構えていたような沖田の顔と合った。沖田は柱に背中を預けて、どこか案じるような顔をして、じっと土方の顔を見た。それでも、言うのは近所のガキのような、いつもの言葉だ。

「おはよう、土方さん。天気がいいですよね、今日も」
「……わざわざ天気の話しなんぞしに、ここで待ってたのか、てめぇは」
「まさか。このいいお天気にそぐわないようなことがあったんで、一応、副長に御報告しに」
「言ってみろ」

 周囲に誰もいないとき、沖田が彼を副長、と呼ぶことなんかない。あるとすればそれは、何事かが起きた時だ。そうと判っていて、土方は視線を上げ、部屋の中へとって返そうとした。廊下で聞くような内容じゃないと思ったからだ。

「いんですよ、まぁ、多分そこまでのことじゃない。佐々木愛次郎、わかります? あの綺麗な顔した新人隊士。死にましたよ」

 恐らくは夕べ遅くに千本通りで、付き合ってたらしい娘さんと一緒に。と、沖田は言葉を続ける。

「…心中か…?」

 土方は短く聞いた。多分そうじゃないとは判っている、そんな聞き方だった。沖田は懐に手を入れて、およそ話題にそぐわないようすでぷらぷらと廊下を歩きながら続きを言った。

「物取り…かもしれませんけどね。でも、佐々木の体には太刀筋が、三人分。斬り方で一人じゃないと分かるんですけど、相手は複数なんで、待ち伏せなのかな…とか。あと、ある程度は腕の立つものの斬りかただったから、もしかしたら」

 隊内の…。

 皆まで言わなかった言葉を汲んで、土方は腰に刀を差す。

「わかった。俺も一応改めにゆく」
「土方さん」

 わざわざ呼び方を変えて、沖田は言った。

「実はね、私、行かなくていいって言いに来たんです」
「…どういう…」
「別に貴方が出るほどのことじゃないですから、監察への指示を出してくれりゃいいんですよ。だって、こんないいお天気の朝に、出向いてまで見るもんじゃあないかなって」
「何を馬鹿な」

 土方はそう言って、沖田の体を押しのけるようにして、早足で廊下を渡っていった。その後姿を見て、沖田は心底心配そうに、そして困ったように唇噛んで、土方の背中を追いかけるのだった。




 その娘の遺体の前で、土方はただ歩を止めた。視線が囚われている。体が震えている。真っ青な顔で、凍りついたような目をして。

 裕福な商家の娘なのだという。一枚どれだけするのか判らぬ、豪奢な着物を乱されて。襟を広げられて零れた、白いまだ小さな乳房。太腿まで露に見える脚が、泥と血と草露に濡れ、目立たぬが、恐らくは白濁の液にも汚され…。

 美しく結われていただろう髪が、頬にも首筋にも散らばって、その口元には、一すじ血の色。娘は斬られてはいなかった。ただ、己で舌を噛み切って死んでいた。

 その娘の遺体より、随分離れた竹林の中に、佐々木愛次郎の遺体。こちらはさんざ斬られて、惨たらしく。佐々木の遺体から見つけたらしい手紙を、監察の一人が土方の元へ持ってきた。土方はくしゃくしゃになったそれを解いてみて、そこに書かれた文字を淡々と目で辿る。



 愛次郎さま


 ある方から、
 わたくしに呼び状を頂きました。
 今夜某刻に千本通りの竹林にて、と。
 どのようなことかと、なにやら恐ろしく、
 女ゆえの愚かより、愛次郎様に文を。
 何事もなくば、お笑いくださいまし。


 あぐり


 手紙は土方の手から、足元の泥の中に落ちた。ますます彼の顔色は青白く、沖田は少し離れて土方の姿を見ていた。そうして同じその人を、別の誰かもじっと見ている。

 静かに、そして青白くゆっくりと、その眼差しの中には、消えぬ炎が揺らいでいた。














 四ヶ月ぶりです。きっと皆様、ストーリーの内容をすっかりお忘れになったかと思います。けれどそんなことは気にせずに! 大丈夫ですとも、何しろ私も殆ど覚えてませんから←オイ

 ってことで、心機一転、じゃないけれど、気を取り直して書いてます。組はやっぱり蟲よりペース遅いど、読んでくださる方が、一人でもいればいーやー♪ って思ってますよv 書くのは楽しいですし♪

 では、また次回〜。


11/06/22