甘 い 雪 夜  …  弐




 頭に雪を被っていたからか、斉藤の髪は濡れて、首筋に乱れている。

「斉藤」
「……」

 相変わらず笑いを含んだ土方の声。無言のままでそれを聞いて、障子に掛けたままの手に、軽く力を込めた。それを咎めるように、土方の声。

「炭を足せ」
「…炭」

 流石にそこまで言われては、無視して立ち去ることもできない。自分の傍にあるのかと、足元や近くを見回して、それから斉藤は土方のすぐ隣に視線を止めた。

 炭壷があるのは、火鉢のすぐ傍。土方の隣。土方は鉄の火箸を斉藤の方に差し出して、視線を火鉢の中に落としているのだ。

「早くしろ。消えちまう。俺ぁ、寒いのは苦手なんだ」
「…あんたは」

 言葉を切って、斉藤は軽く目を閉じた。それが何かを押し殺す顔に見えて、土方はそんな彼の閉じた目蓋を、こっそりと眺める。斉藤は観念したように近付いてきて、ぎりぎり火箸と炭壷に届く場所に片膝を付いた。

 見れば火鉢の中の炭は、まだ赤々とおこっていて、どこか消えそうなんだか判らない。からかわれてるんだろうか? こんな時、何なんだ、とでも文句を言い出せない性分が、斉藤は無性に腹立たしかった。

 手を伸ばして、土方の手から火箸を受け取ろうとする。それと殆ど同時に、炭壷の蓋に逆の手を掛け、斉藤はぎくりと動きを止めた。からりと音を立てて火箸が転がり、白い灰がわずかに散る。

「副…」
「…偽りばっか並べやがって」

 斉藤は見開いた目に、畳の縁ばかりを映している。目と違って、耳には勝手に声が流れ込んでくるから、仕方なく土方の声を聞いていた。

「こんな冷てぇ手して、別に寒くねぇ? 俺の護衛をやる気があるなら、刀を握る手を凍えさせて鈍らせとくなんざ、変なんじゃねぇのか? だから火にあたれっつってんだろう」

 この人は、いつも平隊士達の前で澄ましている時と、こういう時の口調が酷く違っている。こんな言い方をする時は、幾らか気を緩めている証拠なのだと、斉藤も知ってはいた。

 知ってはいたが、今はそれよりも、右手も、左手も、どちらも手首を掴み取られて、その手の温いあたたかさばかりを斉藤は意識していたのだ。

 両手を掴んで火鉢の上にかざされて、小さなその火鉢一つが無ければ、もう膝が触れるような体の近さ。その近さで、差し向かいで火にあたる。

 外は雪で、斉藤の耳には、雪の降る音だけが聞こえていた。いや、雪の降る音と、土方の息の音と、自分のそれと。

 項垂れて、捕らえられた手をもぎ離すことも出来ない斉藤を、土方は心の奥でこっそりと笑って眺めていた。


 意趣返し、とかいうやつだ。

 そっちから線を越えて、俺の場所に入って来やがった癖に、
 こいつ、入ってきたまんま、じぃっと蹲っていやがって。
 まるで忠犬みてぇだが、俺は「おすわり」させた覚えはねぇぞ。

 それに「おあずけ」と言った覚えもねぇ。


 握った土方の指が疲れるほどの時が経っても、斉藤は動かずにいる。ちらり、と彼の顔を覗き込んだ時、二人向かい合うこの状況に、不意に笑いが込み上げた。

「は、はは…っ」

 手を離されて安堵した途端、涼やかな声で笑われて、斉藤は唖然とするばかり。

「土方さん、あんた、なに…」

 思わず零れた言葉に、言った斉藤が先に気付いて顔色を変えた。ついで土方も気付いて、ちょっと意外そうに斉藤を見つめ返す。

 そういえば、昔はそう呼ばれていたっけ。いつの間にか、副長としか呼ばなくなって、俺もそうあるべきだと思っていたせいか、その変化に気付いてもいなかった。

 土方はただ、気付かなかったな、と思っただけだったが、斉藤の方はそれどころではない。

 口に出しては「副長」と呼び続け、心の奥ではずっと「土方さん」と呼んでいたから、その呼び名と共に、隠していた想いまで零れた気がして、心の臓が割れそうに高鳴った。

 そんな斉藤の動揺に、暫し遅れて気が付いて、土方は面白そうに彼を眺めながらやんわりと微笑する。意趣返しの続きのような思いで、深く見つめて彼は尋ねた。

「お前、幾つだっけ? 総司と同じだったか。そういや随分、年下だったんだな」

 笑いながら火鉢の傍を離れて、土方はある意味、危険な場所へと足を踏み入れた。その素足で数歩歩いて、敷かれたままの布団の上に、ゆっくりと膝を付いたのだ。

 着物の裾が一瞬割れて、雪のように真っ白な膝が、斉藤の目に焼きついた。

 着物の布地が、彼の体に纏いついているのだと思うだけで、心の奥であらぬ欲を育ててしまうのに、そんな斉藤の目の前で、妙に着崩したようなその着方。知ってか知らずか、まるで…誘うような。

「いいことを教えてやる」

 土方は布団の上で、ゆっくりとその両脚を伸ばした。手を後ろに付いて、首を軽く仰け反らせ、彼は何か秘密めいた事を教えるように、少しかすれた声を出す。

「お前がまだ、生まれたか生まれねぇかの頃には、俺は男とやってんだ」

 この時の土方は、平静なようでいて、多分何処か箍が外れていたに違いない。死んでも人に言いたくない部類の過去を、笑い話のようにあっさりと口に出して。

 そうして土方は肩に掛かった黒髪を、ゆらりと揺らしながら首を傾ける。面白い打ち明け話だろう?と、そんな目で彼は斉藤を見た。



 さらり、さらりと雪の降る音がする。

 斉藤の唇から零れる息が、その音よりも大きく聞こえた。食い入るように、自分を見つめる彼の眼差しを、土方は薄く笑んだままで、その無防備な肌で受け止めていた。

 窓の外では、何も変わらず
 ただ、さらり、さらりと、雪の降る音が……。



                                   終













 どうです? メッチャ欲求不満でしょうが? ねっ? だから皆さん、斉藤と一緒に、土方さんの肌を夢に見て、もんもんと夜を過ごしましょうよ。

 そうすれば、いつか多分、この続きが書かれる時がくれば、斉藤と同じ気持ちで土方さんをヤれるよっ。

 はあ…。惑い星、自爆っ。どかーん。焦れるわ、このノベル。ヤりたいよねぇ。はじめさん。

 これ以上執筆後コメント書くと、派手にコワレるので、続きは日記にね。じんわりと浸ってる方がもしもいらしたら、日記は少し間を置いて読んでくださいませ。

 世界が壊れます。笑。


06/12/10
.