聲 戀 し    こえ こいし   2







 雨は強くなり、弱くなりしながら、数日の間降り続いていた。湿度の高い冷えた空気は、まだ熱の続く体に優しくはなく、酷く悪化もしないかわりに回復もしない、そんな危うい境をギンコは彷徨っている。

 ずっと傍らにある男が、時折、急ぎ麓の里まで下りては戻り、手に入れてきた薬や、栄養のある重湯などを、ギンコの唇に流し込んだ。ふと、意識が淡く戻る時があったが、ギンコは殆ど夢うつつのようで、ぼんやりと男の姿を見ても、本当のことに気付く様子はない。

「覚めたのか? …寒いんだろう、また抱いてやろう…」

 そんなことを言っても、ギンコはほんの微かに顎を引いて、甘えたように目を閉じる。そんな時、男は必ずギンコの後ろへとまわり、彼の背中に自分の胸をぴったりとつけて、腹へ回した腕でそっと抱き寄せた。脚も、太腿まで絡めるように重ねて、自分の体温を惜しげもなく与えるのだ。

「ん…あ、だし…」
「んん? ちゃんといるぞ、お前の傍に」

 話しかけるのは常に耳元で、注ぎ込むようにしっとりと。ギンコは化野の声と思ってそれを聞いて、そのたびに安心するように、体を弛緩させる。 

「…あぁ…、うん…」
「悪いようにはせんから、そのまま眠ってろ。もっと温かくしてやるだけだからな。辛かったら…言やぁいい」

 そう言って、男はギンコの脚の間に、そっと片手を伸ばす。下衣の中に手を入れて、手のひらの中に緩く握り込むと、びく、と小さく震え、ギンコはほんの僅かだけ、動揺したような所作をする。

 ただ、実はもうそんなことも数度目だった。熱の高いギンコに無理をさせるつもりはなくて、男はただ彼の性を静かに撫でさすり、そこから熱を呼び覚まさせては、ゆるゆると滲むような吐精をさせるばかりだ。

 緩くだが、それでも精を放つ一瞬に、小さく顰められるギンコの顔を、男はいつも黙って、食い入るように眺めている。ひく、ひく、と手の中で震えるギンコ自身を、いとしむように撫で、そのまま手のひらで滴りを拭き取ってやり…。

「……役得なんだか、損なんだか…な」

 堪らんね、と、そう言いながら、まるで赤子のように安心して眠りに落ちるギンコの傍で、自身を慰めるのも数度目だった。

「いっそ姿ごと『あだしの』とやらになりたいもんだ」

 いらぬ体の熱を冷まそうとしてか、男は雨の中に出た。彼が抜け出した洞窟の入り口には、並べて木箱が置いてある。ギンコのと、男のものと、似たような形で似たような大きさの。男は雨の中で生き生きと揺らぎ舞う、半透明の蟲を眺めて、懐から蟲煙草を取り出して火を付けるのだった。




「あぁ…」

 三日後、ようやっと雨が上がり、ギンコは薄っすらと目を開けた。彼が横たえられている場所からは、洞窟の入り口が少し離れた場所に見えて、そこから眩い日差しのあたる外の風景が見える。晴れている、とギンコはぼんやり思い、それからやっと熱の下がってきた脳裏に、違和感を浮かべた。

 あ…? ここ、化野んとこ…じゃ…?

 だって、ずっとあいつの声が聞こえて、薬や粥を口に注がれたり、腕に包まれて囁かれて、それに。

 それに…。
 
「起きたのか?」

 耳元に響いた化野の声。安堵しかかった体が、次の瞬間には直感的に強張った。声は確かに化野なのに、後ろから体を覆われている、その「感じ」が、はっきりと、化野のものじゃなくて…。

「……っ、ん…」
「ようやっと、熱が下がったんだな。なら、こうしてられるのも、とうとう終い、か」

 する、と脇腹を撫でられて、いきなり中心を握られた。ギンコは強張った体に力を入れ、後ろを振り返ろうとしたが、知っていたように頭を押さえつけられ、そのままぐいぐいと、雄を扱かれる。

「あ、…っ、あぁ、や…ッ」
「逃げたいか…? つれないなぁ、おい。三日三晩もこうして肌ぁ重ねてた仲だろうが? 看病の礼代わりに、もう一夜くらい目ぇ眩ませてちゃどうだ?」

 耳朶に唇をつけられて、囁かれる声は化野と同じで、だけれど言う言葉が明らかに違っていて。

 嘘だ。

 そう、ギンコは思った。ずっと化野が傍にいてくれると思って、安心して何もかも任せて、そうだ、体ごと全部任せて、いたのに…。それが化野じゃなかった…なんて。

「やめッ、や、嫌だ!」
「そうだろうよ、俺はお前の恋人じゃねぇしな。けど逃げられねぇだろ。ろくに物も食ってなさそうに、ふらふら雨ん中彷徨って、こいつなんかあぶねぇなって思ってる目の前で、ものの見事にぶっ倒れてなぁ」

 男の手は止まっていない。この数日で知り尽くしたように、ゆっくりと上下に、時に速めて扱き上げ、がくがくと震える腰を逃がさないように、ギンコの脚の付け根から、おのれの脚を絡めて動きを封じているのだ。

「あんな、たっけぇ熱出して、二日三日も寝込んでいたんじゃ、腕も脚も、節々が緩むみてぇになってて、ロクに抗えもせんだろうが? なんだ? あと一回イかされるぐらい。添い寝してやりながら、今まで何回こうしてやったか、言ってやろうか? あぁ?」

 抗いは続けているものの、逃げ出せそうも無いギンコの姿に、男は手の上下を緩くして言った。

「名前。お前の名前、なんてんだ?」
「………はな…ッ、せ…」
「言えよ。言ったらこの手ぇ離してやるよ」
「…う、…ギ、ギンコ」
「やっぱりか? 俺らん中じゃ有名だもんな、お前」

 そう言って、男はギンコの耳の後ろの、柔らかい皮膚に唇を付ける。ふぅ、と軽く息を吹きかけて、それからこう言った。

「…ギンコ、ほら、もうイっていいぞ」
「……あ、っ、ぁ…っ、あだし…」

 ひくん、とギンコの性器が震えた。「あだしの」であるかのように、言い方を優しくしてやった途端の、この見事な反応。あとは、括れを指で辿られただけで、ギンコは呆気なく精を放つ。細かく腰を痙攣させ、もう止めようが無く大量に放ちながら、ギンコは涙を零しているのだった。


 あぁ、嘘だろう。

 悪い夢だ
 
 こんなのは… 


















 ギンコが化野以外にヤられちゃうなんてっっっ、酷いっっ、と思った方、すいません、ヤっちゃいましたが、この雨月さんはいい人なんですよ? ホントだったら! えーと、どこがって…。いやいや、待て待て、これからそゆとこ書くからねー。

次回を待っててくださいませ!



11/11/17