聲 戀 し こえ こいし 1
俺が 何をしたっていうんだ
そんな思いが消せないのは、その蟲を救うことすら出来なかったからだ。ある里に異変ありきと聞いて、遥か遠くまで訪ねて行き、こう、こう、と説明をし、苦労してその里が大事にしていた大樹から蟲を払った。
秋も終わるというのに、咲き誇っていた花は、花ではなくて蟲の擬態だったから、蟲払いをした途端に当然消えた。
そしたら里人たちは口々に言ったのだ。
この花は吉兆だった筈なのに、なんてことをしてくれた。蟲がついてたというのも嘘だろう。花が散ってしまうような、悪い蟲を、お前がつれてきてつけたのだろう。その蟲ともども出て行け。
と…。
納得ずくで始めた蟲払いだったものを、当然一銭の金にもならなかった。その上、剥がした時に無理がかかったか、小瓶に入れて余所で逃がすつもりだった蟲は、数日後には消えていた。消えるのは、蟲の「死」だ。
見ても見ても、蟲の欠片も見えぬ小瓶を、諦めきれずに何度も眺め、そうしながらギンコは唐突に降り出した雨に打たれている。酷い雨だった。篠突く雨…。頭にも肩にも、腕にも刺さるように強い。
もう少し先へ行けば、そこに生えた大木の葉と枝が、ギンコに雨宿りをさせてくれるものを、彼はそこまで行かず、ぽつん、と原に立って、白く激しい雨を見ていた。
あぁ 俺が 何を したっていうんだ
したのは過去のことだろう。それだって生きていくためだった。一人でいては死ぬしかないから、連れ歩いてくれる大人がいれば、付いて行くしか出来なかった。それがどんな悪党だって…。
蟲を放って、困らせて、払ってやるからと言って騙して、そうして金をせしめて、それを食べ物にして喰って、生き繋いでいたよ。その罪を、今更攻められるようで「今」の自分に罪がなくとも、胸に刺さるんだ。刺さって苦しいのだ。
あぁ 俺が 何を したと…
ギンコはじっと、遠くを見つめた。そちらに見えるはずの山々は、雨が邪魔で見えないけれど、ほんの少し雨足が落ち着くと、うっすらその向こうにけぶる緑が見えてきた。それだけで、ギンコは少し、安心する。
大丈夫、大丈夫だ。お前は悪くないぞ。悪くないんだ。
そう言って…。いや、違う。言いやしないが、言ってくれそうな真っ直ぐな目をして、よく来たな、と笑ってくれる。そんな男のいる里は、ここから三つ。そうだたったの、ほんの、三つだけ、山を越えて湾に沿って、延々歩いたその向こう。
あだしの
あだしの … なんだか疲れちまってるみたいだ、俺。
あぁ ほんの少ぅし、だけな…
雨がまた強くなった。も少し歩いて、そこの木の下に、もぐりこんで休もうと、そう思って一歩、足を踏み出したまんま。ギンコの体は傾いた。
篠突く雨が、降っていた。
体が動かない。腕も、脚も、動かない。指の一本さえ重たくて、肺にかぶさった皮膚すら重い気がして、息が苦しい。うっすら開いた目の前が、頭をほんの少し動かしただけで、ぐるりと回って吐き気がした。ものが見える前にきつく目を閉じて我慢する。
「…う、ぅ…」
やべぇ。熱がある、のか…? 記憶が飛んでる、ってことは…? 倒れた、ということか。俺はいったい何処で倒れた。雨ざらしの外だったりしたら、這ってでも動かねぇと、死…。嫌だ、こんなところで、会わずに死ぬなど。
動かない腕を無理に動かして、指に触るものを握り込もうとしたら、がりり、と岩か何かを掻いた感触。
結局、起き上がることは出来なかった。頭がガンガンと痛んで、全身が自分のものじゃないみたいにひいやりとしていて、息がちゃんと出来て無くて、苦しくて、苦しくて、涙まで滲んだ。そうして意識が遠くなっていくのがわかって…。また、そのまま…。
あれほど雨に打たれたのに、変に乾いて、やぶけてしまいそうな喉で、言った。声にならない声で、こう言った。
あだしの あだしの
いま いくから
「あぁ、気付いたのか? よかった」
「……あ、あだし、の……?」
「いや…まぁ、そのまま動くな。熱が随分高い。動くと吐くぞ」
聞こえてきたのは、化野の声だった。高熱に浮かされながら、ギンコはそれでも、ほっ、と体の力を抜いた。姿が見たくて、顔をそちらに向けようとしたら、濡らした布が、ひたり、と顔に当てられる。その布は目元までを覆って、これじゃあ化野が見えない。
「こら、動くな」
「…化野、なぁ…?」
「んん?」
「…も、もう少し、何か、言ってくれ…」
「何をだ?」
「何でもいいから、声、聞いていてぇと、思っ…」
言いながら、ギンコの意識がまた遠くなりかける。髪に化野が触れてきて、それを嬉しがるように、少し喉をそらして。
「眠れるのならまた少し寝ていろ。汗を拭いてやる」
「…す、ま…ん…」
「添い寝もしてやろう」
「…うん……」
寒い体は、何より化野を欲していた。触れてくれる手も、抱いてくれる腕も、今までになく恋しくて、普段ならば絶対にないのに、素直に、うん、と呟いた。何より欲しい、愛しい恋人の声と温もり。弱って萎れて凹んで、もう、ぽきん、と折れそうになっていたギンコを、癒してくれる唯一の。
汗ばんだギンコの体を拭いてくれる手は、いつもより大きく力強く感じて、そのあとで、包んで抱き締めてくれた体も、なんだかがっしりして思えたが、それはきっとギンコが今、弱り切っているから…だろうか。
小さな山に入ったところの、雨を凌げる洞窟で、聞こえるのは小降りになった優しい雨音。やがては寝入った、ギンコの小さな寝息。
「なんていうかな」
と、化野の声が言った。いいや、化野とそっくりの、実によく似た別の男の声が、だ。
「役得、かね、こりゃあ」
続
っでぇぇぇぇ、誰だお前はーーーっ。←私の心の声です。
そんな声は恋しくないww
万が一、最後まで化野先生が出なかったらごめんです。
出るように努力しますからっっ。
11/11/06