陰 桔 梗   1







蟲の声を聞きながら、銚子を傾ける。
細く開けた、雨戸の外から、風が入ってきていた。
二人で過ごす大切な夜の…

その夜の隅で、青い桔梗が、揺れる。





「ほらよ」

 酒の追加を用意しようと腰を上げた化野の足元に、ギンコが、ぽい、と投げ転がしたそれは、根付。霞んだ灰藍色の微妙な色。形は勾玉。小さな穴を開けてあり、あざやかな朱の紐を通してあった。

「土産だ。…蟲がらみだぜ? 蟲そのものってわけにゃいかねぇが、蟲の見える性質の細工師が作ったという品だ」

 乱暴に畳の上に放られたのを、すぐに身を屈めて大事に拾い上げ、化野は嬉しそうにそれを洋燈の灯りにかざした。ギンコが来たのは夕方前だったのに、なんでその時すぐに出してくれないのか、と、化野は悔しく思う。洋燈の灯りでは、橙の色が混じって本来の根付の姿が分かりにくい。

「あぁ、これは少し透けているのか? 昼間のうちに出しといてくれれば、日の光でもっとよく…」

 目に近寄せたり放したりしながら、いつまでもそこに立ったまま眺めている化野をギンコは見ている。開いていた抽斗を閉じて、木箱の蓋を閉めているが、視線はずっと化野に向けたままだ。着物を着た脚、そこから上へ辿って少し細くなった腰と、襦袢の白を覗かせる襟元。

「昼間じゃそっちが困るだろ? お前好みの珍品を見せたすぐ後に抱くのが…俺は好きでな…」

 意味深に声を低くして、ギンコがゆっくりそう言えば、根付を大事そうに手に握ったままで、化野がどこか困ったようにギンコを見た。その目はギンコの方を向いているようでいて、実は何も無い空を見ている。視線を逸らしているのだ。 

「……あ…。ゆ、夕べは寝たのが遅くて、少し疲れて…」
「その程度の珍品じゃあ、気分が出ねぇって?」
「そ、そういう意味じゃない。そもそも、品を見せてすぐが、何でいいんだ。別に明日でも」
「なんで…? 意識してねぇのか? その方が数倍『イイ』みてぇだからだけどな」

 伸びた片手が、化野の着物の裾を掴んだ。合わせ目にそのまま手を滑り込ませて、ギンコは彼の膝を撫でる。そのまま上へと撫で上げ、下帯に包まれている場所を握った。いつの間にか化野は、片方の足首をしっかりと掴まれていて、もう簡単には逃げられない。

「だ…代金、は…?」
「…あぁ、それこそ明日で構わねぇ。そう高くはなかったぜ?」

 一枚布の上からするり、と撫でられ、もうしっとりとそこが湿ってきてしまう。立たされたままで執拗に弄られ、化野は眉根を寄せて熱い息を吐いた。珍品を見た後。見ながら。その方が「イイ」のはギンコの言い当てた通りだ。自分で知らない筈もなかった。前々からの癖だ。それこそギンコと会うよりも、ずっと前から。

「あ…ぁ…ッ、ギ、ギン…コ…っ」
「…ん?」
「洋…燈…。あ、灯り…を」
「消せって? いつもこのまましてるだろ? 今更恥らうこともねぇ。見せろよ、全部…」

 ぱさ、と音を立てて足元に落ちたのは、いつの間にか解かれ、緩められていた化野の帯。着物の前も開けられ、ギンコは畳に膝立ちになって化野のそこを間近で見ようとしていた。下帯も、もう随分緩んでいる。その隙間から指を入れて、ギンコはじかにそこを弄っていた。

「や…っ、んぅ…。あか、り…」
「…意味はねぇと思うがな」

 それでもギンコは手を伸べて、上蓋を開けて火を吹き消す。

「暗がりん中の方が、遠慮なくよがれるってんなら」

 顔を寄せ、今だ布に包まれたそこへと、ギンコは舌を這わせる。たっぷり唾液を絡めた舌先で、下から上へねぶると、化野が既に滲ませていたモノと、ギンコの唾液が下着越しに混ざった。歯を立てて齧った瞬間に、化野が、ひ…、と短く喘いだのが分かる。

「…ギンコ…、あっ…ぁ」

 甘噛みするように何度も顎を上下させれば、ギンコの歯が化野の下帯の布地の上に滑る。直接じゃないのがいっそ非道くて、膝をガクガクさせながら、化野はギンコの肩に縋りついた。強い眩暈のような快楽。

 どうされているのかも意識できなくなっていて、知らない間に仰向けで脚を広げられていた。

 体に着物を纏いつかせたまま、それでも全裸と変わらぬ格好にされて、化野は畳に爪を立てて喘ぐ。下帯を取り払ったあと、ギンコの舌が、大腿からその付け根までを何度も往復してくる。それでいて、下着越しにはあれほど弄っていたそれへはろくに触れず、根元をちらりとねぶっては、そのまま放っておかれるのだ。

 もう、堪らなくて。もっと欲しくて。もっと…

 化野は無意識に、さらに脚を広げる。膝を立て床から腰を浮かせて、仕草でねだってしまう自分の淫らさを、心のどこかで恥じているのか、うっすら開いた瞼の下の目が、羞恥の色に染まっていた。忙しなく上下する胸。震えながらも開いたままの膝。小さく腰が揺すられて…。

「なぁ、土産は気に入ったか…?」

 快楽にかすれた声でギンコが聞けば、未だ手の中にある根付を、ぎゅ、と握って、化野は仰のいた顎をゆっくりと引く。無言の肯定を眺めて、ギンコは今一度化野の大腿に吸い付いた。吸った跡を付ける。暫く消えないくらい、強く。自分のものだという印を、はっきりと。

 満足して、顔を離したとき、ギンコの目に初めてそれが触れたのだ。ギンコが吸った場所よりも、少し下。逆脚の腿の内側に。真新しい「跡」。

「…化野……」
「な、ぁ…、も、してくれてもいいだろ、ギ、ギンコ…。ず、っと…焦らすばっかで…、変に、なっちま…っ」

 視線をやれば、しっかりと根付を握ったままの右手。赤い紐だけが手の中から零れ、強く握り込み過ぎていて、彼の手のひらに爪が食い込んでいる。その手が、ふ、と動き、化野はギンコのくれた根付を握ったこぶしを、自分の唇に押し付けた。

「は、早…く、早く…っ」

 ギンコの見ている前で、とろり、と、白い液が零れ落ちた。

「う…後ろも、い…じって、ほし…」
「淫らだな、先生。でも他の誰も、こんなお前のことは」

 知らないんだろう…?
 
 だから、

 この跡は何か、別の…。

 言い掛けた言葉を途中で切って、口の中で続きを言った。こんなお前の姿、知っているのは俺だけの筈だ。最初から感じ易い体ではあったが「知って」いる風ではなかったから、ずっとそう思ってきた。慣れた様子もないし、それが真実だと。

 これからも、ギンコはそう思い続けていられると思っていたのだ。それが願望だった…。













新連載です。チャットで話していたヤツなのです。頑張るよー。


11/07/31