半月身  ハン ゲツ シン  2






 二人を連れて、月子が着物を盗んだ家までいって、言葉の通りに詫びさせた。月子はちょっと不貞腐れた顔をしてないでもなかったが、痩せっぽちの体をした子供達に、少し顔を顰めながらもその家のものは大して怒らなかった。

「まぁ、ねぇ、女の子なら赤い着物の一枚くらい、着たがったって当たり前さね。いいよいいよ、それはあたしの子供のだけど、うちの娘はもういないからね、あげる」

 月子はそれを聞いて、ぽかんと口を開いて驚いているようだった。化野がその頭のてっぺんを、ぐいと押さえて礼を言わせる。

「よかったじゃないか、ちゃんとお礼を言いなさい」
「………ありがと。…ごめん、なさい」

 ちゃんと自分から詫びも言うのを見て、化野も満面の笑みになった。

「本当はちゃんといい子じゃないか、お前」
「…そんなんじゃない」

 帰り道の坂を上りながら、また意固地に顔になって月子が言った。そして今度は月太の方を向いてぽつりと。

「お腹すいた、あたし」
「あぁ、そうだな、月太はさっき食べてたけど、月子は何にも食べてないのか? だったら」
「いいの、月太が食べたんなら。…それより、やっぱり眠い」
「え?」

 こんな昼間っから? 不思議に思ったが、それほど腹が減っていないというのなら、後でよかろう。化野は家についてすぐ、奥の間に布団を敷いてやって、二人をそこへ連れてくる。

「夕餉が出来たら声をかけるから」
「いらないわよ、ね、月太」
「…いらない」

 月太の変にうつろな顔。そう言えば、ずっと何も喋ってないし、歩いている時も後ろに遅れていた。もしかして、熱でもあるのじゃないかと思って、つい、と手を差し伸べたら、額に指先が触れたところで、月子にそれを邪魔された。庇うように、自分の背の後ろに。

「熱なんかないわ」
「うん、…ない」
「そうか? 俺は医家だからな、具合悪いとかちゃんと教えるんだぞ?」

 せめても顔色をよく見ようとして体を屈めるその鼻先で、ぴしゃんと障子が閉められた。あやうく鼻を挟まれるところだ。閉じた障子の向こうから、月太の声と月子の声。

「…ねぇさん」
「なぁに、月太」
「………よね…?」
「勿論よ、だって、あたしたちは …    じゃない」

 聞き取れない言葉が妙に気になって、化野は更に聞き耳を立てようとして、自分のしていることに気付いて慌てて立ち上がった。子供相手とは言え、やっぱりあまりいいことじゃない。夕餉が出来て一応声を掛けたが、返事はなかった。そっと覗いたがぐっすり寝ている。

 身をぴったりと寄せ合って、二組敷いたうち片方の布団だけ使ってだ。そんなに小さい子供たちじゃないのだが、心細いせいかもしれない。かわいそうに、と化野は思った。そういえば月太も、もう少しいい着物くらいあってもいいだろう。あれじゃあ寒い。ぼろぼろな着物が脱ぎ散らかされているのを見て、化野はそう考えた。

「すぐもどる」と、紙に描いて囲炉裏の傍に置いて、化野はここから一番近くの、子供のいる家へと向かった。事情を話し古着を一枚貰い、礼を言って急ぎ家へと帰る。

 着物を枕もとに置いてやろうと思い、障子に手を掛けたその時、中からまた何か聞こえたのだ。二人が話しているのかと思って、無意識にまた耳を欹てる。けれど聞こえた来たのは話し声じゃなかった。殆どが声ですらなかったのだ。息遣い、というか、これは…。

「ん…っ、ん…」
「ねぇ、さ…、ぁ…」
「…あぁ」

 耳を疑ったが、どうやら自分の五感は正常で、気付いてみれば、さっきは二人の寝ている布団の傍に、二人分の着物が全部、脱ぎ捨てられていなかったか。

「おい、嘘、だろう…」

 開けようとして、その手がいきなり誰かに掴まれた。ガタ、と障子が小さく揺れて、中から聞こえた喘ぎ声が途切れた。耳朶には聞き馴染んだ男の声が注ぎ込まれる。

 気持ちは分かる。が、
 ひとまず、こっち来い。

 足音を立てず、立てさせず、器用に外へと連れ出して、そろそろ日も暮れ切った井戸端で、ギンコはそこに凭れて言った。白い髪と白い肌は相変わらずで、薄闇の目の光が妙に煌々と目立って見えた。

「いつから居るんだ、あいつ。いや、あいつら、かな」
「いや、今日の昼間からだよ。うちの中を荒らして、飯を勝手に食って、それから女の子の方は、別の家で赤い着物を盗んでたんだ。捕まえて詫びさせたが」

 聞くと、ギンコは何かもの思わしげに眉を寄せて考え込む。

「それ、二人が別行動してたってことか? 女の方はもう喋ってたか?」
「そりゃ、そんな小さな子供じゃないから、喋ってたが、男の子の方は随分無口な。というか、最初に一言二言喋って、あとは殆ど口をきいてないような…」
「あぁ…そりゃまた随分」

 進行してるな、と、ギンコは確かにそう言った。やはり病か何かかと思って、化野の眼差しが真剣になる。

「何かの病気か?」
「蟲だ」
「あぁ、蟲患い、か」
「違う、蟲なんだ。今頃はどっちがなんだか、な」

 ギンコの言う意味が分からなくて、化野は眉を顰めたまま、伏せた桶の上に腰を落ち着けた。二人のことが気になったが、蟲のことならギンコに任せるしかあるまい。ギンコはちら、と家の方を見て、それから空の星を見て、何やら時間を気にしているように見えた。

 それからギンコが語った話は、あの子供の親の話だった。男の子を一人連れ歩き、施しを受けて暮らしていた、女の。



「ずっと子供連れで身売りしてたらしいぜ? ある里で俺が話を聞いた時に、どうやらその子供が蟲に憑かれてるらしいって分かったんで、やばいと思って探して歩いてたんだが。…そこらの里でも噂んなってたよ」
 
 さも嫌そうに、ギンコは言う。

「男と寝た後、女はこう言うんだそうだぜ」

 どっか別の里へ行って、自分と所帯を持ってくれ。
 子供まで連れてってなんて、言わないから。

「な…っ」
「しっ。分かったから、怒るな、化野。まだ続きがあるんだ。それよりももっと前に、その女と親しかった別の里のある男は、その女にいつも言ってたそうだ」

 連れ子が、お前に似た女の子なら可愛がれるが、
 お前の前の男に似てくる男の子じゃあ、嫌だ。

「だとさ」
「……最低だな。…どっちにしても……。そんな母親に返す気にはとてもなれん」
「あぁ、まあ、そうだけどな」

 化野の憤る姿を見て、ギンコはどこか宥めるような目をしている。それ以上は言わなかったが、今、件の女と一緒に居るのは、あんまりよくない噂の男であるらしい。一言でいえば、ごろつき、というか。

 子供を捨ててまでついて行って、その女のこれからの人生に、何かいいことがあるとは思えなかった。

「問題はさ、そんな母親にずっと連れ歩かれてた子供が、どういう思いを抱えて成長してったか、ってことだ」

 居なけりゃよかった。生まなきゃよかった。女の子ならまだマシだった。あんたのせいで、あたしは…。唯一の肉親から語られたのがそんな言葉なら、それは呪詛、そのものだったろうに。

「…人に擬態する蟲は珍しいが、その中でも、人にそうと願われて出現する人型の蟲を、俺ら蟲師は『半月身』と呼ぶんだ。半月身は蟲でありながら、願いをかけたその人間の半身でもあってな。双子や兄弟姉妹、親子なんかみたいに、願いをかけた人間と似た姿してるんだよ」

 半月の時、目を凝らして月の片側の闇を見れば、濃い灰色の月の半身がちゃんと見えてくる。まるでその月の半分の影のようにそっくりな半円。けれどもその半円は影などではなくて、時が満ちれば、本体と同じようにはっきりと姿を見せる実在のものだ。

 片側半分、残りの半分、どちらも本物。時によってどちらかが影になるだけの。

「上弦下弦、さて今はどっち寄りだろうな。なぁ、化野、これから一人で生きてくとして、あの子は、女の子供と男の子供、どっちとして生きてくのが幸せだと思う?」










 なんか、ハードな展開ですね? って他人事のようになんだよ私! 蟲が人を乗っ取る話が、蟲師原作でもありますが、こいつはちょっと違うようです。

 月太はお母さんの為に、女の子になりたかったのに、もしかしたら願いは叶うかもしれなかったのに、遅かったみたいです。ていうか、息子が急に女の子になったらあの母親、気味悪がって結局捨てそう…。

 サイテーですが、もしかしたら彼女、話に出てくるかもですけどね。暗い話でごめんなさい。いい結末に向けて迷走中っ。



13/02/11