半月身  ハン ゲツ シン  1




あんたなんかがいなければ、
今頃あたしは、あの人と。

毎日毎日、母さんがそんなことを言う。

せめてあんたが女の子なら、
こんなに困りはしなかった。

毎日毎日、母さんがそう言って嘆いてる。

ごめんね、ごめん。
今からでも居なくなれれば。
今からでも女の子になれれば。
絶対、絶対そうするよ。




「あ、あんた旅の人だろ」

 枯れた野っぱらを横切っている時、壊れ掛けた掘っ立て小屋から出て来た男が、ひょいとギンコを呼び止めた。

「あ? あぁ、そうだが?」
「そこらで子供を見んかったかね、こんぐらいの、痩せっぽちのさ。そんな遠くへ行ってやせんと思うんだが」
「いや、見なかったけど」

 男は幾らか面倒臭そうに頭をくしゃくしゃとやって、小屋の方を振り向いた。

「見なかったってよぉっ、やっぱそこらにいるんじゃねえの。腹も減ってんだろうし、なんか食いもん持ってきて、名前呼んでみるとか」
「名前なんか、知らないからなぁ…」

 小屋からもう一人男が出てきてそう言った。ギンコはそのまま歩き出そうとしていたのだが、蟲の気配をわずかに感じて向き直る。

 聞けば、この作業小屋に居座って、通り縋るものに施しを受けていた女が居なくなったらしい。女には子供が居て、どうやら子供だけ置いて行ってしまったようなのだ。酷い話だよ、と、話をしてくれた男が顔を顰めている。

「施しを受けてたつったって、つまりはその、体売ってた、ってことなんだけどよ。ガキ連れてそんな、なぁ。俺らの里の近くでそういうのも、元々いい気はしてなかったんだ」

 小声になってそんな話をして聞かせる男。その子供連れの女を、親子一緒に里に受け入れてやろうとしたのかどうか、ギンコには推測するしか出来ないが。

「で? 子供が見つかったらその子をどうするつもりだ?」
「あぁ、そりゃな、子供に罪はねぇからさ、一人で生きてけるようになるまで、皆で面倒見ようか、ってな」
「へぇ、そうか。ならもしもそれらしいの見掛けたら、元んとこ戻るように言っとけばいいってことかい?」

 どこか責めるようなギンコの声音に、その里人も、傍にいたもう一人も、居心地の悪そうな顔をする。

「まぁ、うちの里も貧乏だけどよ、ガキ一人ならなんとか、な」

 わかった、という代わりに頷いて、ギンコはその場をあとにした。彼の感じた蟲の気配は、残り香みたいなものだった。残り香だけで蟲の特定は出来ないのだが、それでも多少のあたりは付けられる。

「カサネカガミ、か…」

 あと一日と少し歩けば化野の里だが、少し遠回りしてでも、ギンコはその子供を探す気になっていた。




「な、なんだ!?」

 往診から帰った化野は、家の中が荒らされているのに気付いて立ち竦んだ。医家の道具箱をそこらに置いて、あちこち引き出された薬箱の抽斗やら、箪笥の中身の着物やらを避けて歩く。泥棒に入られたのだと思ったが、それにしても荒らし方が妙な感じだ。金目のものを探した風ではない。

 どうしたつもりか知らないが、強いて言えば、どういうところに何がしまわれているのか、まったく知らずに荒らしたような。

「あぁ…こりゃあ整理と掃除が大変だなぁ」

 どこか呑気なのは性分である。医家にとって大事なものから順に、早速片付けに入ろうとする化野は、こんなことをした者が、まだ家の中や近くにいる可能性を考えていない。

「やれやれ、薬類がぶちまけられてないだけ恩の字だが」

 抽斗の中身を見ながら、元の場所に一つずつ収め、それがあらかた終わったあたりで、やっと妙な物音に気付く。がた、ごと、と、その音は土間から聞こえてくる。泥棒か? まだ逃げずにいたのか?!
 
 屈強な男かもしれん。その場合、下手に飛び出して組み付かれたら勝てんぞ、と、そこは冷静に考えた。閉めてある木の引き戸に手を掛け、そろ、と開けたその向こうに居たのは…。

「こ、子供?!」

 見た途端につい声が出た。釜の中の冷や飯を、しゃもじで掬ってわざわざ皿に盛り、それから座って食べている姿は、他人の家を荒らした張本人とは思えない。

「何やってるんだ、お前っ、人んちで勝手に」

 いきなりそんな声を掛けられて、びく、と震え上がるところを見ると、悪いことだという自覚はあるらしかった。目を見開いて固まって、その手から、おかわり途中のしゃもじが転がり落ちる。凍りついたその姿を見て、化野は何やら悪いことをした気になってしまった。

「いや…すまん、大きな声を出して。腹が減ってるんだな、お前? 親は?」

 尋ねられた子供は、ふるふると首を横に振る。年のころは十一か十二といったところだろうか。幼い子供、というわけではないが、一人で旅をして歩く年齢ではないし、勿論ここらの子供ではない。見たことも無い顔である。

「一緒じゃないのか? どこにいる? 一人ってことはないだろ? はぐれたとか」

 重ねての問い掛けに、今度はこっくりと頷く子供。今のはどこに頷いたのか。はぐれたというところか? そう思っていたら、答えが来た。

「ひとりじゃない、姉さんが一緒なんだ」
「ねぇさん? お前の姉か? どこに」
「あっちに」
「あっち…?」

 指さした方向を見れば、ちょうど道をやってくる子供がいた。この子の着ているのと同じような、みすぼらしい着物の上に、ちょっと小奇麗な着物を纏っていた。こちらの年は十三くらいか?

 彼女は化野の姿を見るなり、表情を硬くして足を止めた。察するところ、纏った着物はそこらの家で盗んできたのだろう。つまり、化野の家で箪笥を荒らして、女物がなかったから別の家で探し出して、盗んだ。

 はぁ、と疲れたように溜息をつき、化野は男の子の方の手を引いて縁側まで連れて出て、屈んでからその子の腰に腕を回す。捕まえたぞ、というわけである。

「お前も来い。弟はもう俺に捕まったぞ。観念しろ。悪いようにはしないから」

 子供たちの名前は、男の子の方が月太、女の子は月子と言った。何とも覚えやすい名だと思った。二人とも割に色白で、月と言う名も似合っている。

「で? 親は」
「いないわ、そんなの」
「いないか。それは近くに居ないと言う意味か?」

 月子は首を横に振る。月太は彼女が傍に来てから、すべてを任せたように喋らなくなった。

「いないの。それだけよ。ふたりで生きてくの」
「人の家のものを盗んでか?」

 強気の目が少し怯んだ。悪い子たちではないのだ。そうするしかないと思って盗んだのだろう。二人ともこれほど痩せていて、何日も食べてないように腹を空かせていて、保護者もいないとなれば、責める言葉は出てこない。

「とりあえず、謝りに行くぞ、お前が着物を盗んだ家に」
「……わかったわよ」
「いい子だ」

 そう言って頭を撫でると、月子はその手を自分の頭から下ろさせ、月太の頭の上に置いたのだ。そっちを撫でてくれと言うように。だから化野は、右の手でそのまま月太の頭を撫で、左手で月子の頭を撫でた。

「いい子にしてれば、大人は助けてくれるもんだぞ」

 けれど、化野がそう言った時、ふたりは無言で唇を噛んだ。反論こそしなかったけれど、それは酷く頑なな顔だった。






 

 



 

 あーーー、どうもちょっと暗そうな話だなーーー。前から考えてはいたんですけど、なんかややこしそうだから、今までスタート出来ずにいました。遅くスタートしても、難しいのも暗いもの変わんないんですけどねぇ。ま、連載ひとつ終わったんで。

 正直、ここからどう展開するのか、細かいところは見えてないんですよね。なので、怖くてシブには載せられない、っていうか、こんな蟲師らしくない?話は、あっちには持っていけないかなーと、そう思ったのでした。連載進んだ展開で、やっぱ向こうにもって思うかもしれんけどww

 こんな感じで始まりましたけども、よかったらお付き合いくださいませ。タイトルの字面と響きが気に入ってます。


13/02/03