「雪の東雲」という話と繋がっています。
 そちらもどうぞー♪ 異色ものってとこにあるヨ。







雨の化野  8





「……もう一度、どうしてもお会いしたかった」
「だ、だから俺は、頭なんか下げられ慣れてねぇんだってっ」

 額を畳に擦りつけて、深く深く頭を下げられ、ギンコはそれを酷く嫌がった。

「存じておりますが、それでも…」
「東雲」

 ギンコがさらに何か言う前に、化野が変に低い声で東雲の名を呼んだ。真摯な顔をして東雲が身を起こす。

「言っておくがな…ギンコは俺の、ぃて…ッ」
「気でも違ってんのかお前は…っ!」
「ぶつことはないだろうっ。事実を言葉にするだけのことだぞ。何をそんなにうろたえてる。お前はどう見ているか知らんが、東雲は」

 化野はそこでぴたりと言葉を切った。そうして東雲へと視線を戻し、偽りなど欠片も許さぬ目をして聞いたのだ。

「東雲、お前はギンコを好きだろう」
「……はい…」

 消えそうな声で、それでも東雲はそう言った。伏せたままの目が、すい、と横へ視線をずらして、自分の前に座っているギンコの膝の辺りを見た。うっすらとその首筋が染まって見えたが、彼自身の膝にある細い手は、こぶし一つ作らずに静かにそこにあった。

「…ど、どうかしてる……」

 兄弟で一人の人間を好きになり、しかもその相手は同性で、その上それを隠す気もないのだ、この二人は。

「昔から、お前は嘘が上手い下手ではなく、嘘をつく気すら微塵も持てない気性だったからな。問われれば答えると思ってたよ」

 吐息一つついて立ち上がり、化野はそっと東雲の肩に手を置いた。

「すまんな、俺が先にこいつと出会ってしまって」
「いいえ、兄上。そも、私のこの顔が兄上と同じでなければ、雪に覆われたあの日、あそこで私は息絶えていたのですから、それだけで」
「…一晩なりと泊まって行くといい、布団は今出してやろう」

 そう言って、化野は隣の部屋へ寝具を出しに行く。その姿が視野から消えると、ギンコは所在無げに顔を横へ向け、手を握ったり緩めたり、眉を顰めたり目を閉じたりと忙しい。

「お気遣いはいりません」
「いや、別に…」
「兄上との事は、存じておりますので」

 かぁ、とギンコの顔が赤くなる。寝乱れた布団で、あられもない格好でいるのを、あんなにはっきりと見られた。そのことを思い出すと動悸がえらいことになる。どう取り繕うとも誤魔化し切れるものじゃないし、化野が既に、そうだ、と告げてしまったのだ。

「…ま、まぁ…なんだ、あ、相性が…合ったつうか…。知らぬ間に、と言うのか。別にそう深い仲とかじゃ」
「ギンコ、来い」
「わ…!」

 いきなり化野に腕を掴まれ、引きずるようにされて、ギンコは慌てた。東雲はどこか淋しいような顔をして、引きずられていくギンコを見ている。

「布団はそれを使え、東雲。旅の身の上なら疲れているだろう。早く寝てしまうことだな」
「はい…。おやすみなさいませ。ギンコ殿、兄上」

 また深々と頭を下げる東雲の姿が見え、その目前でぱしり、と襖が閉められた。ギンコは声も出さずに化野の腕を振り払い、きつく睨むように彼を見る。

「もし、今から手ぇ出したら…お前…」

 息だけの声で、ギンコは言った。

「さっきは俺を抱いた癖に、なんて言いようだ、ギンコ」
「あれは…っ」
「あれは? 何だ。俺にそっくりで、俺よりも細い体した東雲の姿に、お前が変に欲情しちまった故のことだろう。俺とじゃなくて、あいつとならしたいか?」

 化野の声は低く抑えられてさえいない。襖一枚向こうの東雲に、その言葉が筒抜けになっているかもしれなかった。

「ま…まだ疑ってんのか…? そんなんじゃないって…」
「いや…疑ってはいないけどな。からかっただけだ」

 どこか悪戯っぽい顔で、化野は笑った。

「東雲も言っていた。お前が東雲に気付いたのも、あの見目が気になるのも、俺に似ているからなんだろう…? お前は情に脆いからな…。一番心配な状況だったのは、東雲がお前を頼ってお前が情にほだされた、件の雪の日ということになる。もう、全部過ぎたことだ」

 ギンコは、臓腑の底から搾り出すような息をついた。よろりと前へ歩いて、さんざ乱れたままの布団に膝を付き、そのまま掛け布の上に横になる。

「からかっただけとか、ほんと、お前、勘弁してくれよ」
「すまん」
「どれだけ、信用が無いのかと」
「悪かった。ちょっと拗ねてもみたかったんでな」
「拗ね…、ん…っ」

 いきなり口を吸われ、ギンコは目を見開いた。嫌がって脚をばたつかせると、開いたままの化野の目が、隣に響くぞ、と無言で言っていた。口吸いくらいしょうがないかと、仕方なく好きにさせ、長い口付けが済んだあとで、ギンコは芯から後悔した。

「欲しくなった」
「…ば…ッ!」
「元来、俺は嫉妬深いんだ。東雲と一晩添って寝たとか言ったな。しかも素肌で…。そんなことを済んでから聞かされたのだ。東雲にも、それ相応のものを、聞かせてやりたくなった」
「じょ…じょぉ、だ…んっ、やめ…ッ」

 化野に借りた着物を、まだ着ていたのが仇になった。くるりとうつ伏せにされ、両袖を背中でからげられて身動きが出来なくなる。袖にもどこにも余りの無い洋装とは違って、着物の袖は、掴んで押さえてしまうのに丁度いい形をしていた。

「聞かせたくないなら、お前が声一つ洩らさなければいい」
「…し、趣味が悪過ぎだ…っ。あ…、た、頼むから…。や…っ」

 裾を捲られ、尻が露にされた。腰で縛った帯から上は、ほんの僅かも乱さず、それでいて下肢は剥き出しにされて、ギンコの肌は羞恥に強張る。そのまま大腿をするすると撫でられ、尻肉を揉まれて、ギンコは必死で布団に顔を埋めた。

 尻を揉んでいる化野の指が、時折割れ目の奥まで届いて、尻穴をなぞっていく。その都度、びくん、と腰を跳ね上げ、体をくの字に曲げた無様な格好で、ギンコは涙を滲ませた。

「ふ…っ、んっ、んぅ…ッ」
「…前もいじってやろうか? ギンコ。善くなってきただろう」

 冗談じゃない、そんなことをされたら叫んでしまう。一度叫べば、歯止めが聞かなくなる。喘いで、泣いて、その声は全部隣へと届く。ふるふると首を横に振り、ギンコは仕草で化野に懇願した。

 別の日ならば、好きなようにされてもいい。それもいつものことだし、本音ではもう嫌じゃない。でも人に聞かれるのは嫌だ。あんな声や物音が、化野の実の弟の耳に届くなんて、考えただけで羞恥で身が焦げる。

 こんな時だというのに、ギンコはちらりと思った。さっき、台所にいるままで聞かされた、化野と東雲の過去。ギンコだとて今まで生きてきて様々なことがあったのだから、皆まで聞かなくとも、あの意味が分かってしまっていた。

 裕福で、金銭的には何ひとつ不自由ない暮らしをしながら、化野は東雲の身代わりを買って出て、その身に不条理な仕打ちを受けていたのだろう。恐らくは、何年もの間…。

 その、あまりに不幸な経験が根にあって、化野はこと性に関する限り、日頃の温厚さをかなぐり捨てるのだろうか。

「あだ…しの…っ」
「んん? どうした。前を触れと? それとも入れて欲しいか」
「…違う…っ。俺は…こんな酷いことをするお前、でも…」
「…………」
「…好いて…っ」

 愛撫の手が止まった。ギンコの体を押さえ込んでいた、化野の体が急に離れた。

「参るな」

 ぽつり、言って、化野は小さく笑う。

「お前には…敵わんよ…。そういうとこも含めて、俺はお前に惚れ抜いてるんだがな」
「…あぁ、…俺もだ、化野。…お前が好きだ」

 ギンコは少し強めの声でそう言った。彼がそう言ったあと少しして、隣室で気配が動いた。隣室から廊下へと開く障子が、すー、と小さな音を立てて開き、きし、と縁側の板が小さく軋んだ。

 聞こえたのだろう。と、そう思って、ギンコは長い溜息を、一つついた。

















 東雲さん、ギンコに惚れてたか…。いや、そら、先生と双子だから…。ってこの前もそんなことを言ってた気が。でもまぁ、東雲さんからギンコへの思いは、まぁ…なんというか「憧れ」とかそういうものに近いかもしれません。

 家族的なことを知らない東雲さんにとっては、ギンコこそが、頼りがいのある兄のような存在だったりしてね。もしそうだったら、化野、立場無し? や、先生はきっとさ、ギンコが横にいたら、兄らしいことしてる余裕はなくなるのよ。恋する男だからねぇ…。

 では、また予測のつかない次回へとーー♪


11/07/03