「雪の東雲」という話と繋がっています。
そちらもどうぞー♪ 異色ものってとこにあるヨ。
雨の化野 5
見せられた絵。
その絵の中で、真ん中に書かれている白い髪の老人。おそらくは一族の長であろう筈のその男が、片肘をついて体を支えているのは、真四角の立派な箱だった。その箱に視線を囚われたまま、ギンコは顔を上げられずにいる。
紋が描かれたこの箱は、東雲が持っていた箱だ。最後の最後に、ギンコが壊して囲炉裏にくべたあの箱。自分の視線から逃げて、じっと絵ばかりを見ているギンコに、化野はさらに言葉を積み上げた。
「…家紋に反応するとこを見ると、家へ行ったのか? まだそこに東雲がいたということか…?」
「な、何言ってんだ。俺はお前の家になんか…」
「ならどこで会った?」
板の上に手をついて、ギンコは一度目を閉じた。今朝、散々攻められたのを思い出す。自分の実の弟とギンコとが、会っていたことを知った上での攻めなのか。もしもそうなら、それが何を意味するのか。化野の疑いが怖くて震えてしまうギンコの耳に、化野の言葉が注がれた。
「お前、惹かれたんだろう…? 俺の弟に」
「………」
笑い飛ばせばよかったのだ。会ったのは確かだが、そんなのは根拠も何もない言い掛かりだろう、と。なのに言葉は引きつったように止まって、濃い沈黙が流れた。どこか苦しそうに、化野は言った。
「………寝たのか…?」
「…どっ、どうかしてるぞ、お前…ッ!」
弾かれたように声が迸る。これ以上黙っていたら、誤解はどんどん酷くなるだろう。一晩、肌を重ねていたのは事実だった。あの時、ギンコが自分からそれに似たことをしたのも事実。あの感情が何だったのか、今だって判らないのに、黙っていることも出来ないところへと、ギンコはもう追い込まれていた。
「なら正直に言うが、お前の弟が、雪の中で立ち往生してたんで助けた。この前の冬の最中のことだが。二晩、同じボロ小屋で過ごしたよ」
「………それだけか」
「信じないのかよ? お前さっき…」
ギンコの白い首筋に、す、と赤い色がのぼってくる。
「さっき言い当てただろうが、俺が『半年近くも、ためっ放し』だと」
はぁ。と、短く息をついて、ギンコは恨めしそうに化野を見た。少しばかり、ヤケになるような気持ちだった。
「…その時、お前の弟は死にかけてたんだぞ。色々あって、放っておける状況じゃなかった。必要だったから雪に濡れた服を脱がせた。それで、体を温めるために一晩添って眠ったよ。それでも責めるのか? お前は」
「な…なんだって? そ、それで東雲は…っ」
そら見ろ、と、ギンコは化野を睨んでやった。
「万が一のことがあったんだったら、寧ろ口が裂けてもお前にゃ言えんな。こうして話してるんだから、無事だと分かれよ」
余程驚いたのだろう。暫し口を開けて呆けていたが、我に返ると、きちんと正座をしてギンコに頭を下げる。
「…ありがとう。ギンコ、お前は弟の命の恩人だったんだな。変に勘ぐって本当にすまなかった。そういう隠し事をしてたから、昨日からずっと様子が変だったのか」
あぁ、その伏せた睫毛がまた東雲を思わせる。思わずまじまじと見てしまって、顔を上げた化野と目が合った。また顔が赤くなるのを自覚しながら、ギンコは視線を逸らしながら、とうとう本音を零したのだ。
「…そう頭なんか下げられると…。まぁ、同じ顔のせいだかなんか知らんが、正直惹かれたのは本当かもな。顔がそっくりな癖して、東雲は普段のお前とは雰囲気が違ってて、なのにそういうふうに、瞼なんか伏せた時はそっくりだ」
ふ、と…震える息を零し、無意識に目を閉じながら、ギンコは続けてこう言った。
「だから…抱いて眠ったときは妙な気がして困った。どうなんだ? それだけでも、俺のしたことは浮気か?」
言い終えると、ギンコは逃げるように立ち上がって、奥の部屋へと入っていく。化野に追いかけて来られるのが嫌なのか、中途半端に障子をひっぱり、半分だけ閉めるまでした。
逃げながら、参ったな、と思っていた。意識したくなかったのに、その想いが脳裏にくっきりと浮かんでしまっている。東雲と会って、一晩を共にして気付いた心を、自分は化野にも、ずっと向けていたのだと。
例え、ずっと女の役割ばかりして抱かれていようと、それでもギンコも男なのだ。その上化野は、自分よりも華奢で色が白くて、時に怖いくらい色っぽく…。今朝のことを思い出して、ギンコは髪をくしゃくしゃと掻き回した。あんなことをされて、膝の上で散々よがっておきながら、自分も男なんだとかなんとか、どの口で言えるのか。
「ギンコ」
案の定、少し間をおいて化野は彼を追ってきた。閉じかけた障子に手を掛けて、縁側から差す夕の日差しを背に受けながら、座っているギンコを彼は見下ろしていた。
「たった今、隣から夕餉の煮物を分けてもらったんで、少し早いが食べるとしよう。今、飯を温めてくるからな」
「に…煮物…」
化野が全然別のことを言ったので、逆にギンコは拍子抜けする。もの言いたげなギンコの顔を見て、化野は小さく苦笑して付け加えた。
「食べ終えたら、夜にはまた酒を出すぞ。夕べも飲んだが、飲みたい気分だ。付き合えよ、ギンコ。…何なら少し余計に酔っておけ。俺も…そうする…」
夕餉の煮物の具を、もしも今聞かれたら、ギンコはロクに答えることも出来ないだろう。味も全然覚えていない。もしかしたら、随分塩辛かったのかもしれないとだけ思った。喉が渇いてしかたない。酒が進む。
「なぁ、ギンコ、どうもお前は誤解してるようだが」
カチン、と音を立てて、盃に銚子の首が触れた。化野の白い肌が、酒酔いのせいか珍しく少し薄紅色に染まっている。間近から自分を見る化野の目が、ギンコの目には潤んで見えた。
「…お前が俺と同じ顔に迷ったというんなら、それを浮気とは取らん。逆に悪い気はせんぞ。…あの頃のことを思い出しても、線が細いせいなのか、東雲はどこか…なよやかな、とでも言うかな…」
「…なよ…。そ、そう、か?」
距離が近くて、化野の息が時に自分の髪を揺らす。髪を揺らした息がさらに首筋に届く。そうして息どころではなくて、化野の唇が、すい、と近付いて、ギンコの耳朶に触れたのだ。
「ギンコ、したいのなら今夜は、お前のしたいようにしてみるか…? 俺を俺と思ってやりにくければ、東雲、と呼んでもいいぞ」
「…っあ…!」
盃が、ギンコの指から離れて落ちる。僅かばかりではあったが、透明な酒が零れ、ギンコに身を近寄せていた化野の着物の、襟元から片胸へ掛けてがひとすじ色を変えた。
「…またお前は。あぁ、染みてくる。脱がなきゃ駄目だな、こりゃあ…」
濡れた襟からその内側へ、片手のひらを滑り込ませながら、化野はもう一方の手で、膝に転げていた盃をギンコの手に返した。
続
先生はギンコを誘惑しているようです。次回までに二人が今まで、どういう経験をしてきたか考えておきます。特に先生ですね。先生は美人なので、いろいろ、いろいろ、いろいろえろでしょうか。
少年期の東雲さんはきっと、華奢で大人しそうで病弱で、つまりはアレですよ。アレなんです(どれだよ)。そういう東雲さんを助ける役が先生で…。それにしてもさ、なよやか…って、先生、あんた双子の弟をどんな目で見てたんだい? ナルなんだかなぁw
次回、頑張れギンコでお届けします。←?
11/06/05
