鼓  動    12



 服を分けて貰えるのだと聞いて、ミサキとミイはセイゴの家へと案内された。でも辿り着く前に、目に入ったものに驚いて、二人は思わず足を止めてしまうのだ。

「え、これってもしかして」
「ああ、一週間ぐらい前からみんなで少しずつやってるよ」
「嘘! 一から建てるの? 私たちのためにっ?」
「そりゃ、此処には中古物件なんか無いからなぁ。俺なんかは、下手に手を出すと邪魔になってしまうんだが」

 化野が情けなさそうに頭を掻く。

「ええと、こっちが玄関かな」

 平らに均した土の上に、幾つもの石が並んでいた。沢山の木材が地面に並べられていて、それらが何のためのものかが二人にも分った。

「お、来たかぁ、お二人さん。せんせ、そこは縁側だって。ま、そんなちゃんとしたものが出来るわけじゃねぇ。ちっさくて粗末な家さ。石だって木だって、そこの山で調達した有り合わせだからな」

 作業の手を止めて、そう言ったのはリョウスケだった。外から来たばかりの二人に、がっかりされると思ってか、聞かれもしないことを言う。だけれど用意されている建材を見れば、そんなことはすぐわかるし、二人は嬉しそうに笑っていた。

「…凄い。ありがとうっ。嬉しいよねぇ、ミイ」
「やっと二人で住めるのね。小さくたってちゃんと屋根も壁もあるんでしょ、充分だわ」
「なんか、いてもたってもいらんないよっ、私も何かしたいっ。やれること無いかなっ」

 頭にねじり鉢巻きして、その端っこで額の汗を拭っていたコンが笑い出した。

「はっはは、なんだか頼もしいなっ。力仕事は男がやるけど、そうじゃないことも沢山ある。でも今は服を貰いに来たんだろ? その家でセキが待ってるよ。お隣さんだ」
「皆さん、ありがとうございます。ごめんなさい…ええと」
「名前かい? コンっていうんだ。やっぱ自己紹介一回だけじゃ。覚えらんないよなぁ」
「俺はリョウスケだ。向こうに居るのがセキの旦那のセイゴだよ。あ、そうそうあとで歓迎の宴をやるからさ。楽しみにしててくれよぉ」

 待ち兼ねていたセキに手招きされて、すぐ傍の家に入っていく。五人家族で暮らしていると聞いたが、本当に?と思うぐらい家は手狭だ。一番広いのだろう部屋に、何枚も服が並べられている。

「気に入るのはあるかしらねぇ。どれも新しいものじゃないのよ。古着の仕立て直しとか、誰かが着なくなったものとか。でもちゃんと洗ってあるわ。気にならないといいんだけど」

 セキが心配そうに言うと、ミサキとミイはちらりと顔を見合わせ、ついつい、と言うように笑い出した。

「平気平気っ、半年ぐらい前まで、着替えもろくに無い生活してたから」
「私たち作業ツナギみたいなの着てたわよね。毎日洗っては干して。雨季じゃ乾かないから、濡れたまま着るなんてしょっちゅう。一度なんて、大きなヒルが服の中に入ってて」
「あんときのミイの悲鳴、凄かったよねー」

 セキもセイゴも目を丸くして、暫し何も言えなかった。若くて小綺麗な娘さんたちがくるんだと思って、いろいろ心配していたけれど、よく考えたら自分たちとそんなに年も変わらない。

「そ、それは…中々大変ね…。やだ、もう。面白いのね、あなたたち。さあさあ、服を選んで。服の次は向こうに食器とか、台所のものも少しあるから、使いたいのがあったら持ってってね。大きいものは家が出来るまでうちで預かるわ」
「宴のことはもう聞いたかい?」

 それまで黙って見ていたセイゴも、身を乗り出して口を挟む。お隣さんになる二人のことが気になって、家の中に用もないのについてきたが、どうやらなんの心配もいらなそうだ。

「宴は早い夕方からだそうだ。夜だと灯りが勿体ないからな。準備する間、ふたりで里をぐるっと散歩してきたら?」

 遅れて家に入ってきた化野が、そんなふうに声をかける。服を選び、台所道具なども見せて貰ったあと、二人はその言葉通り、里の隅々を歩いて見に行った。案内なんていらない。狭い土地だし、其処此処から顔を出す里人が、なんでも教えてくれるだろう。

 化野は彼女らが選んだ色々を、風呂敷に包んで貰い、先に館へ戻る。けれども彼は戻る前に、そこに居るセイゴとセキに言ったのだ。

「ちょっと、宴のことで頼みがあって、セイゴも聞いてくれ」
「あら、先生から折り入って?」
「彼女らのことだよ」

 


 ミイとミサキは、二人だけで里を歩き回る。道は家と家を繋ぎ、田畑の間を縫っている。そしてその幾つもの道はひとつを除いて、すべて山へと通じていた。除かれた一本の道は、大きな鉄の門へと通じている。

 昨日、彼女たちが通った門だ。そして、彼女らがもう二度と通らない門。其処へ近付こうとすると、二人の体に微かな抵抗がかかる。進みたくないのだ、門を遠くから見るのが精いっぱいで、その先へ行くのが怖い気がする。

「本当に、私たち、もう出られないのかもしれないわ」
「ミイ、外へ行きたいなんて、思う? 私は思わない。だって此処に居たら一緒に居られるんだ。それが何より大事。ミイは、違うの?」
「違わないわ、ミサキ。あなただけよ」

 そうやって、言葉を交わし合って、元の道を戻ろうとしたら、道の先に三つの人影があった。手に手に籠を持った三人の少女。そのうち二人の子が駆けて来て、こんにちわ、と元気に挨拶をする。

「こんにちわ、お名前、聞いていい?」
「ユキよ、妹のクミと、蕾」
「こんにちわ、ミイさん、ミサキさん」
「えぇ、こんにちわ。あなたは神官、なのよね?」

 ミイは遅れて傍に来た蕾に、少し身を屈めてそう聞いた。姉たちと同じように籠の中は青い花。

「はい」

 物静かな子だと、二人は思った。やっぱり神官だから、特別なのかもしれないと。緊張されているようにも思えて、ミサキはあえて別のことを聞く。

「綺麗な青いお花だね。飾るの?」
「今日は宴の席に、少し。いつもはこのお花で布を染めるの。時間のある時、みんなでしてます」
「染物!? 素敵だね。今度私たちも手伝わせて!」

 蕾はやっと少し笑って、頷いてくれた。それから五人で同じ道を少し歩いて、どの畑で何が穫れるかとか、川の魚のこととか、二人はそんな話を子供たちから聞いた。そうこうしているうちに、陽は随分と傾いて、館へ向かう道をいくと、途中で何人もの里人たちと一緒になった。

「もう戻ったのかい? 今戻ったら主役にも手伝いさせることになっちゃうけどなぁ」
「ふふ、ありがとう。勿論、私たちも手伝うわ」 

 手に手に持っている鍋や器から、既にいい匂いがしている。ぐう、とミサキの腹が鳴って、お昼を食べていないことを思い出す。

「やだ、恥ずかしいっ。聞こえたよねっ?」
「んー? いや、あたしら誰も聞いてないよお、あんたの腹の音なんてー」

 横を歩く女がからかいの声を上げる。

「腹減らしといてくれて嬉しいね。腕の振るい甲斐があったってもんさっ。あんたら細っこいけど、お芋何個食べる? あたしの煮ものは美味いよぉ」

 二人はまず、此処で貰ったばかりの服に着替えた。誰でも着れるようになのか、服はどれも緩めで、男女の差が感じられず、みんな同じようなものを着ている。それでも女性や女の子は、あまり布の飾りをつけたり、腰をしぼったり、ここで出来るお洒落をしていた。

 広い部屋で、床に布を敷き、食べ物や飲み物は真ん中に、その周りをみんなで囲んだ。上座だろう場所に座るよう言われて、ミサキとミイの隣は、セキと、さっき煮物の話をしたおばさん。さらに隣は、セキの所の子供達。

 男性がみんな遠い席だと、ミイはすぐに気付いた。ちら、と化野たちを見て思う。きっと気を遣ってくれたのだ。みんな本当にいい人たちだ。

 少しずつだが、大人全員にお酒が配られた。きっとこれだって料理の食材だって、外の世界と違って潤沢にあるわけじゃない。それでも歓迎の宴を開いてくれて、嬉しくて、じんわりと体が温まった。

 不安は暫く、忘れて居よう。ミサキが隣にいる。そして心配そうに見ている。

「ミイ。ねぇ、ミイ」
「何、ミサキ」
「ねえ、もう少しこっちにきてよ」
「えぇ。何? 内緒話?」

 そうとしか思えないほど顔が近付いていたから、そう聞いた。そのミイの唇を、その時、ミサキが素早く塞いだのだ。

「んっ、ミ、ミサキっ」

 一瞬、静まり返った。二人は今日の主役で、みんな彼女らを見ていたのだ。

「大事なことなのに、まだ言ってなかったから。私たちの、自己紹介」

 てへ、っと笑うミサキの顔がみるみる赤くなって、みんなはそれぞれに狼狽え、でも嫌悪など見せるものは、誰一人居ない。

「おおっ、こいつぁ大胆だなぁ、いや、あついあついっ」

 リョウスケが大袈裟に大声を出して、大きな音で拍手をした。みんなそれに習って、笑顔で拍手をする。

「二人仲が良くていいねえ」
「うんうん、そうだったか。そうかそうか」

 遅れて顔を赤らめたミイが、突然すっくと立ちあがって、言ったのだ。

「じゃっ、じゃあ私、歌いますねっ。自己紹介がわりよ」

 ぎょっとしたミサキの横に立ち上がると、彼女は本当に歌を歌った。流行りの曲なんかじゃない。昭和歌謡だって、きっと知らない人ばかりだ。だから分かりやすい「遠き山に日は落ちて」を。

 澄んで綺麗な歌声に、みんなが聞き惚れて、やっと沈み始めた夕の色が、少し窓から差していた。













 ちょっとオリキャラに熱が入り過ぎたかな、と我に返った惑い星でしたが、いや待てそれは前からでは? とかもほぼ同時に思ってしまいました。ミツとかサナミとかタダハルさんとか。

 そしてまた話が長くなるというか、脱線して大変なことになるっていうか。脱線する前に気付けよ? と、自分ツッコミ。彼女らは今後の展開に必要な子たちなので、あまり暴れないで頑張ってね、とエールを渡したいと思います。

 今回までは二人のことがメイン、次回から本筋にじわじわと戻っていく、ハズですっ。がんばろう私ーっ。


2021.04.28