モノクローム  4




 そこは森の一部を開いて、ただ遊具を置いただけみたいな、ちょっとおかしな遊び場だった。花壇なんかもあったがあまり整えられてなくて、ところどころに勝手に咲いてる、雑草混じりの花の方が、ずっとキレイで生き生きしてた。
 
 日暮れ前はいつも、わりと沢山の子供が遊んでいて、それなりに賑やかで。でもそれも、夕暮れが来て太陽が沈む手前の時間まで。

 リョウちゃん、かえるわよー
 おかぁさぁんっ、まってよ
 きょう、はやかったね、パパっ
 よっくん、またあしたっ

 またあしたねー

 またあしたねー

 あしたねー

 どこかで誰かが合図したみたいに、みんなどんどん帰ってく。手を引き引かれして、友達同士で手を振りあって、帰る人の待つ家へ、当たり前に帰れるところへ、安心し切って帰ってく。

 残ったのは、ゆらゆらと揺れているブランコと、長く長く伸びたいろんなものの影と、それから男の子が、ぽつんと、ひとり。その子は一日ずっと取り合いになってた青いブランコに、パタパタと駆けよって鎖に手を掛け、ガシャンと音を立てて座った。

 きぃ、きぃ。

 ブランコは揺れる。最初は元気なく。それから段々力強く。誰もそんなには漕がないってぐらい、危ないぐらいに、大きく、大きく。

「…ギーンコっ」

 その子供、イサザは歌うように誰かの名前を呼んだ。風が鳴って、それへ返事をしたみたいに聞こえたけれど。そうじゃないよ、お前じゃないよ、俺が呼んでるのは。

「ギーンコっ、今日いないのかぁ、ギーンコ…っ」

「いるよ」

 ブランコを漕ぎながら、イサザがずっと見回して、探してたところからじゃなく、唐突にすぐ傍から声がする。ブランコの支柱の一本に手を添えて、真っ白い髪に夕日の色を映して、もう一人の男の子がそこに立ってた。

「ギンコっ」
「イサザ」

 大人びた、なんて言葉は知らなかったけど、それでもどんな友達とも違う様子で、他のどの子とも違う姿で、ギンコはそこに居た。ずっと公園のどこにも見掛けなかったのに、日が暮れかけて、イサザ以外の誰もいなくなってから、やっと心を許すように現れる不思議な子供。

「ほらっ、見てな…っ」

 まだブランコは大き過ぎるぐらい揺れてるのに、イサザはそこから飛んだ。目の前は砂場。赤いバケツと黄色のスコップと、誰かの忘れ物のハンカチが隅っこに落ちてる。それをみんな飛び越える気持ちで、でもバケツの傍までしか行けなくって。

 両脚でしっかり着地して、でもバランス崩してバケツの上に座ってしまって、バキって、音がした。焦ったってもう遅いけど。

「どっ、どうしよ…」
「バカ」

 青くなって赤いバケツを拾って、でもよく見たら取っ手のところが外れただけだった。パチン、とはめて、いひひと笑うイサザ。

「怪我ないか?」
 
 大人の男の人みたいにギンコは言って、イサザの体を起こしてから砂まみれの手のひらを見た。イサザはちょっとびっくりしたみたいに目を見開いて、怪我ないよ、って真似して言った。

 それからずうっと、もっと暗くなるまで、イサザとギンコは公園とその隣の森で遊ぶ。月明かりしかないような時間になっても、遊具で少し遊んで、それから薄闇の中、黒くて音だけ聞こえる川の水に手を触れたり、木々の枝の間に星を数えたりする。

 ギンコは無口な子供だったし、声を立てて笑ったりすることはあまりなかったけど、それでも楽しかった。一緒にいて楽しいんだ、と、互いの気持ちを理解できた。

「月っ、まんまる…っ。えっと、じゅ、十五…」
「あれはさ、イサザ、いざよい」
「い、いざ?」
「イザヨイ。十五夜の次の日のじゅうろくの夜って書く」

 ふーん、とイサザは言った。ギンコがイザヨイって言った時の響きが、なんだか好きだった。自分の名前にどこか似ていて。月を真っ直ぐ見ているギンコの瞳が、緑色に透き通るようで、綺麗だと思っていた。

 やがて、遠くを走る電車の音がする。一度停まって、すぐまた走り出すこの時間の電車には、イサザのお父さんが乗ってる。ギンコはイサザが駅の方を見た横顔を、薄っすら笑って眺めて、じゃあな、って言った。
 
 また明日じゃなくて、じゃあな…って、いつも。
 ギンコが言うと、イサザは言うんだ。
 強くはっきり、また明日って、いつも。




 ブランコの音がする。きぃっ、きぃっ。

「なぁ、ほらっ、ここ似てない? ブランコに滑り台に砂場にさ、高さの違うの三つ繋がった鉄棒だろ? あっち、のぼり棒あるしさぁっ」

 子供向けの小さなブランコに、無理にお尻を突っ込んで、両脚をぴんと前に伸ばして漕ぐ真似をしながら、イサザは言った。ギンコは支柱の一つに肩を付け、両脚を肩幅以上に広げて立って、人間三脚になりながら、小さなカメラを構えてる。

 時々ちら、とカメラのボタン類を見るのは、使い方が今一つ分かってないかららしい。買ったばっかりで説明書も見てないとか、ええっ、て思ったけど、遊びだからいいんだって。

 映しているのは、なんだろう。空? 生えてる木? それとも鳥かな。別段何もないところに、レンズを向けてるように見える。

「どこでもこんな感じだろ?」
「そうかなぁー」

 でも公園の向こう側が林になってるらしくて、手つかずの自然のままなのが確かに似ている。行って確かめたわけじゃないけど、風が止んだ時に耳を澄ませれば、どこからか微かに水の音。水の匂いも少し。水飲み場がないのはその為か。

「向こうに川か何か」
「そうっ、あるんだよ、そこも似てるだろっ。なんか居るかな、メダカとかっ」
「…見るだけか?」
「うん、見るだけっ。飼うとか言わないっ」
「なら後で」

 子供の頃のギンコもイサザも、カブトムシやザリガニを眺めるだけだった。簡単に捕まえられそうでも、捕まえても仕方ない。飼わせて貰えるかなんて、聞くだけ無駄だからだ。だからいつも二人で眺めてた。

 ギンコの中にも自分と同じ記憶があるのが、少しずつイサザにも伝わる。気付いて、頬を赤く紅潮させて、イサザは嬉しそうに笑った。

「なんかさ、昔に戻ってくみたいだよね」
「……」
「あの頃、楽しかったよなぁ」

 そう言ったけれど、それは正確な言い方じゃない。心にいろいろ抱えていたあの頃、心から楽しかったのは、公園でギンコと過ごしていた時だけだったから。

「ね、今度は夕方に来ようか」

 イサザがギンコに会えたのは、いつも夕暮れから朝に掛けてだった。どうしてだったか、今は少しは分かってる。イサザに理由があったように、ギンコにも理由があったんだと。

 子供は何かと大変だ。独り立ちできる年になるか、少なくとも、独り立ちの真似事が出来る年になるまで、親や大人の生活にくっ付いて行くしかない。イサザはそうだった。でもギンコはそれとも少し違ってた。くっ付いて行くことを許す大人が、彼には居なかった。

「好きにしなよ」

 ギンコはどこか空虚に笑って、カメラのファインダーをまた覗きこんだ。ペンキの剥げた滑り台を、ローアングルで見上げるように撮る。

 誰かが落として言ったらしい、淡いピンクのハンカチが、手すりに縛り付けられて風に揺れていた。隅っこに素人っぽい下手くそな刺繍で、クリーム色のクマかイヌ。と、女の子の名前がカタカナで。ヨウコ。

「………あー、えぇ…と。なんだっけ」
「あ? 何が」
「え、いや、これさぁ」

 説明しようとして、ややこしいからやめた。その代わりにイサザはギンコに言ったのだ。

「ね、これ撮って。そんでプリントアウトして俺にちょうだい」
「なんで」
「いいから、なんででも」

 ギンコは一瞬カメラに視線を落として、少し何かをいじってから、言われた通りにハンカチを写真に撮った。










 てゆか凄い眠いんです。コメントも書けないぐらい眠いぃぃ。


13/05/12






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