Flower Flowers 25






 疲れていたけど寒くて寒くて、眠りは多分、浅かった。歩いている時に着ていた服の中に、もう一枚着込んで、床に毛布を敷いたうえに、封筒型の寝袋に潜り込んでいる。そんなにしているのにまだ寒いのは、山の空気が冷えているせいと、化野の体が慣れていないせいだろう。

 フクロウか何か、鳥の声を聞いた気がして目が覚めて、ぼんやりと思う。あぁ、ギンコ君と代わらなけりゃ。彼にも、寝て貰わないと…。そう思ったその時、背中側で閉じていた寝袋のファスナーが、シャ…と下りたのだ。

 振り向く間などなかった。すぐに温もりが重なってきて、後ろから首筋に、息がかかった。

「……ッ…」

 化野はびくりと体を跳ねさせて、でも動けなかった。脇腹のあたりから体の前へと、滑るようにそこをなぞられて、その指の感触にあんまり動揺してしまって、まるで金縛りのようで。

「ギ…ン…っ」

 やっとのことでそう言った言葉に、被せるようにギンコが囁いた。

「寒いだろ? あたためてやる」

 なんて、定番のセリフを。

 でもその言葉の頃には、ズボンのジッパーを下ろされ、ボタンを弾かれて、下着の中にまで手が入ってきていたのだ。こんなこと、悪い冗談みたいだ。でも指使いが酷く優しくて、唇で耳朶をそっと食むようにされていて、動けなかった。

「や、やめ…っ…」
「…やめないさ。あんたはずっと待ってた」
「……でも…」
「でも、じゃないだろ…?」

 譫言めいて零した言葉に、淡々と被せられる擦れた囁き。直にそこを包んだ手が、ゆるゆると上下し続けていた。ギンコのもう一方の手に、ズボンも下着も押し下げられて、寝袋の中で両手を使って愛撫されているのだ。体に心が追い付いていないのに、容赦なく畳み掛けられる。

「あんた何回も、して欲しい、って、俺に言っただろ…? キスも、その先のことも」

 ちゅ、と首筋を吸われる。唇を噛んで、ずっと堪えていた声が零れてしまった。一度零れると、そのまま止められない。

「ふ、んんっ、あ、ぁ…ッ、あ…っ」

 化野の片手はギンコの手首に置かれていたが、力なんか入っていない。そうやって触れていると、愛撫の動きがより直接的に意識に伝わって、声がもっと大きくなってしまう。

「ぅ、く…っ…。はぁ…ッ…。んぐ…っ」

 止められないならばせめて、と、化野は片手で自分の口を塞いだ。そして俯いて、少しでも声を抑えようとした。なのにそれはすぐに気付かれて、ギンコの言葉と声で、引き剥がされてしまう。

「…なんで塞ぐんだ? 言ったろ、あんたの声が好きなんだ。普段の声も、こういう時の声も。俺にだけ聞かせなよ…」

 小さな、濡れたようなギンコの声。甘えて聞こえるその言い方。そんなふうに懇願されたら、とても拒めない。化野は塞いでいた口から手を離して、その替わりに自分の胸元をきつく握る。ギンコは確かめるように、化野の先端を指でくるりと撫でた。そして、その途端に弾け出した化野の声に、満足したように喉奥で笑った。
 
「…ひ、ぁあ…ぁッ」
「あぁ、その声、だ…」

 すりすり、と、ギンコが自分の額を化野のうなじに擦り付ける。もがいて離れてしまう化野の体を、縋るようにうしろから、何度も抱き直して、ぴったりと体を重ね、片手で、或いは両手を使って、ゆっくり、ゆっくり、焦らしながら、ギンコは化野を追い上げた。

 此処が何処だったのか、今が何時頃なのか、上下左右や寒ささえも、何処かへ消し飛んで、何も分らなくなるような時間の中で、化野は一度放って、どうやらそれを受け止めたらしい小さなタオルを、すぐ傍の床にギンコは放った。

 間近に、ぴしゃ、と、水を含んだような音がしたのが分かって、それが何なのか気付いて、化野の顔が、かっ、と赤くなる。寝袋の中を汚さなかったのはよかったけれど、居た堪れないような気持ちで、両手で顔を覆っていたら、寝袋を更に剥がれて、仰向けに身を返された。

「………暴れんなよ…?」

 いきなりそんな言葉と、すぐ目の前の真摯な顔。

「え、何…? あ…ッ、ぁあッ! んん…っ!」

 聞き返すのと、的確に扱かれるのがほぼ同時で、放ってしまうのもすぐで。その上脚を広げられ、放ったそれを潤滑剤がわりに、後ろを濡らされたのだ。間を開けずに指が一本、捻じ込まれる。

「ぁ、あ…っ?」
「…まず、一本だ。さっきまでので体の力が抜けてるしな。締めてなけりゃぁ、痛かねぇだろ? 慣れたら、二本」
「ん、くぅ…」

 一本目は一息に指の根元まで、揺すったり捩じったりしながら、その指は時間をかけて抜き取られ。前を弄られる時とは違う、じれったい様な快楽が、慣れない感触と共に化野の体に染みた。

「二本目」

 一度すっかり抜き取られ、その一瞬に甘いような刺激を感じながら、今度は二本の指が同時に入れられる。

「ぁあ、ぁあぁ……」
「その声も、いいな」

 怯えた目をしながら、化野は小さなランプの灯かりだけで、ギンコの顔を見ていた。どうしてか目が離せなかったのだ。初めての行為に、余裕がないのは化野の方なのに、見ていてあげなくちゃならないと、そう思えるのは、どうしてだったろう。そして、三本目の指も、入れられて。

「ふ、ぅう…っ。ギ、ギンコ、く……」

 丁寧に慣らされて、広げられて、準備が整えられていく。苦しかったし、恥ずかしかったけれど、やっとなのだと、その事が化野は嬉しくて、幸せだと思いながら、でも、何処かで何かを感じていた。

 ほんとうに いい のか ? 
 後悔 は しない のか ?
 
 後悔? 何が? ずっと待っていたんだ。後悔なんかしないよ。彼のことが好きだ。これはけして、一時だけの想いじゃない。例えこの先、何があっても、今日のこの日のことを、無かったことにしたくなったりはしない。


 そう 例え彼が また
 俺の目の前から 居なくなって 
 帰って来なくなったと して も


 居なく、なって … ?


 ギンコは化野の脚を広げさせ、彼の腰を自分の方へと引き寄せて、今まさに、繋がり合おうとしていた。着たままの自分の服をやっと開いて、素肌を見せて。ランプの灯かりが揺れて、そのせいで彼の肌の上の陰影も揺れていて、それを見つめながら、化野は言ったのだ。

 唐突に。

「……駄目だよ」
「何、今更」

 半笑いでギンコが返す。その声はからかうような響きだったのに、何処か慄いているようにも聞こえたのだ。

「駄目だよ、ギンコ君…。だって…」

 だって、君はずっと。
 君の中には、ずっと。
 大事にしてきたものが、
 あるんじゃないか。
 
 たぶんもう、
 心の中にしか、ないもの。
 だから。

「やめよう。その方が、い…。…ん…っ」
「……何が……?」

 接吻けで、化野の言葉を封じてから、ギンコは聞き返した。でも化野がまた何か言おうとする言葉を、彼は言わせなかった。

「君の…っ」
「欲しかったんだろう。あんたはずっと俺に抱かれたかったんだ。…俺も、今ここで、あんたが欲しい。ダメなんかじゃない。やめた方がよくなんかないさ」

 言っている間にも、ギンコは化野の体を開く。肌と肌を寄せ、体を重ね合せて繋がろうとする。その為に慣らした場所に、先端を触れさせ、ぐ、と身を進め。

「違うっ、駄目だ…ッッ」

 化野は両手でギンコの体を引き剥がす。すぐ目の前に見えるギンコの顔は、変に静かで、けれども、少し苦しそうだった。

「俺のことが好きなんだろ? …欲しい癖に、化野。今だって、体はろくに拒んでないぜ…?」
「…聞い、て」
 
 化野はギンコの体を押し除けながら言った。彼自身も自分が、何故そう思うのか分からない。でもこのまま抱かれてしまったら、彼が傷付くのだと思えて仕方がない。

「聞いてくれ。…俺には、ずっと分らなかった。どうして今日まで、こうならなかったのか。君は他の人となら簡単に寝てきたんだろうし、イサザ君とも何回もしてたって聞いた。でも、じゃあ、どうして俺とは、今日までしなかったんだ?」
 
 真っ直ぐ問われて、ギンコは少し怯んだ。視線を逸らし、傍らのランプの揺れる火を目の中に移しながら、疲れたように、ぽつりと。

「………さぁ、な…」
「ギンコ君、俺は…君のことが好きだよ。本当に、抱いて欲しいと思ってるよ。でも、そのことで君が苦しいなら、この先苦しむことになるなら、そんなのは嫌なんだ。だから、やめよう…」
「……」

 返事をしないギンコ。視線を逃がしたままのギンコ。やめる気になったのだと、化野はそう感じて、彼を押し留めていた両腕の力を緩めた。だが、そうではなかった。抗うのをやめた途端、ギンコはもう一度化野の唇を塞いだのだ。
 
 キスをしながら化野の両手首を片手で掴み、残る手で彼の片方の脚を横抱きした。もう一度重なった彼の眼差しは、静かで、揺れながら澄んでいた。

「…あんたが見てるのは、多分、少し前の俺なんだろう。今日此処に、あんたを連れてくることを決める前の、怯えて固まってた俺だ…」

 今はもう、そんなふうに、
 コワレモノを扱うみたいに、
 しなくてもいいんだ。

「ギン…。あ…ぁ……」

 抗う間もなく、二つの体は一つに繋がっていった。ギンコは額を化野の額に付け、唇を幾度も触れさせながら、次第に深く彼の中に入っていく。重なる体の温かさに、化野はいっそ、あの時のことを思い出した。解けない氷のようだった彼の体を。今とは真逆のあの冷たさを。

 ギンコ自身も、少し前まで思っていたのだ。こんなことをしたら、きっと罅が入るのだと。『彼』のための場所に、他のものを入り込ませたりしたら、壊れてしまう。駄目になってしまう。そのせいで、自分の中の『彼』が消えてしまうかと怖かった。でも違ったのだ。

 不器用過ぎて、ずっといろんなものを拒絶してきたギンコの中に今『彼』はいる。其処に『彼』がいるからこそ、好きになったもの、欲しいと思ったものを、其処に入れていいのだ。

 あんた「ヒト」が好きだもんな。
 「この世」が好きだったもんな。

 俺ん中にひとりでいることに、もういい加減飽きちまったろ? 閉じっ放しのドア。時々開いてもほんの隙間だけ。暗くて寒くて、花の一輪も咲かないような、冷えた箱のような心でずっと居た。

 でもまだ何処へも行かずに、其処に居てくれよ。あんたが暇しないように、ドアを開けることを覚えるから。咲く花がもしもあるなら、それを自分で毟るのはやめるから。そして、これからもいろんな面白いもの、好きだと思えたものを、そこへ放り込むからさ。

 それでいいんだろう? なぁ、スグロ。
 ああそうだよ、やっとわかったのか、って。
 呆れ顔して、また俺の頭、小突いてくれよ。

 夢の中で構わない。
 ガキ扱いだなんだ、
 もう、
 文句は言わないから。 
 
 













 やっとシました。こうなってくれなくちゃ、話が進められないっていうのに、ギンコさんが物凄く抵抗するもんですから…っ。これでやっと身も心も恋人同士、ってわけですが、らぶらぶイチャコラになるとは思えないのでご安心?ください。

 今度こそ、次回で終れると思いますっっっっ。

 てか、初めての…が、山の中の一軒家、って…。そもそもあれはどんな人の家だったんだろう、とか、ちょっと思いましたが、きっと山を管理してた人だったんだろう、と今更思いましたっ。変なことにお借りしてゴメンなさーーいっwww

 二人がけがも無くイサザの元へ戻れますようにっ(^ ^;)




17/02/19