Flower Flowers 20
鬱陶しい、とでも言いたげなギンコのあからさまな溜息を、化野は彼の顔を真っ直ぐに見つめながら聞いた。それでも自分の願いに嘘は吐けなかった。
そういうのは自分にはそぐわないと知ってる。出会って何度かしか会ったことの無い、気持ちは伝えたが付き合ってもいない相手と、しかも男と、そんなことをしたがるなんて。どうしてなんだろう。何故こんなに、ギンコに抱いて欲しいんだろう。自覚したくはないような本心を、あえて化野は意識する。
出会って体の関係をもって、そのまま二度と会わないような、ゆきずりの相手とも肌をあわせるギンコ。
普通に友達のイサザとだって、前からそういうことをしているって聞いた。なのに、ギンコのことをこんなに好きな自分が、未だにそういうことを彼と出来ずにいて、して貰えなくて、それが悔しい気持ちもあって、どうしてか酷く不安で。
「聞きたいことが、あるんだけど…」
「例えば?」
温度を感じない眼差しを、化野の方へと投げて、ギンコがそう聞き返した。その返しはずるい、そう思ってしまいながら、でも化野は覚悟を決めてそれを言葉にする。
「…俺の存在は、今でも君の鬼門?」
ぴくり、とギンコの体が震えたのが分かった。慄いたのを一瞬で隠して、ギンコはうっすらと笑った。
「電車で、聞こえてたのか? 耳がいいんだな…。別に、そんなことはねぇよ。それで? なら抱け、とでもいう気か、あんた。男となんて、したことない癖に? ゆきずりの相手でも誰とでも寝る俺と、寝たいって? 性病でも移されたらどーすんだ? 院長先生」
「…うーん…性病、かぁ…」
ほんのちょっとだけ、思案する顔になって。でも、化野は怯まない。
「だけど、君はイサザ君とも、よくシているんだろう? 根拠はないけど、きっと大丈夫だと思うんだ。君の様子を見ても、彼の様子を見ても、疑わしい感じはしないし。幸い俺は女性じゃないから、女性よりはリスクは少ないんだよ。そうだ。済んでから念のため検査してみる、って手もある。自分が医者だし、問診や診察や、簡易の検査くらいなら、人の手を煩わせなくとも、ある程度まで自分で出来…。……えっと、その…。何か、おかしいことを言ってるだろうか?」
一生懸命に喋っているというのに、気付けばギンコは、くっくっ、と笑い出していた。
「いや、別に。ただ、あんたの言うのを聞いてたら、いろんなことが面倒になってきた。思ったんだ。そこらに転がってる誰かとするのと、同じだと思えばいいんだろう、ってな」
言いながら、ギンコは玄関へ向かう廊下の前から、化野の傍へと戻ってきた。そして彼の腕を掴んで立たせ、少し乱暴にベッドへと突き飛ばす。勢い余って、ベッドヘッドに化野の頭がぶつかって、ゴツ、と小さな音がした。
「いって…っ」
どう考えても失礼なことを言われているのに、化野は嫌がる様子を見せない。乱暴されても、きっとそれがギンコの本心ではないと気付いている。ぶつけたところを触れようとした彼の手を、ギンコはとった。
「たんこぶになったか? あとで撫でてやるよ。忘れなかったら」
伸し掛かられ、ギンコの影で化野の目の前が陰る。口付けより先に、最後の念押しのように、彼の声が上から降ってきた。
「どうだっていいんだろう。どうとでもなれってことだ。それに、どんなことになっても、俺は、変わらずに、俺だ」
こんなことでは変わらない。変わるわけがない。今までどれだけ変わらずに来たと思ってる? 何人と寝てきたと思ってる? だから、いいんだ、特別なことじゃない。
「ギン…コ…。ん…っ」
一瞬、本当にほんの一瞬だけ化野は思った。ここはイサザとギンコがシてるベッドなんだ。でもそんなものはすぐに消し飛んだ。唇が触れ合った途端、痺れるような感覚が体の芯まで届いて、心臓の鼓動が跳ねる。舌が、強引に絡められて、どこか遠いような近いような場所で、化野は思っていた。
やっと、なんだ。
あぁ、嬉しい。
たまらなく、嬉しいよ。
君が、
好きだ。
何分、何秒経ったのかなんてわからない。気付いたらもう全裸だった。自分ばかりが一糸まとわぬ格好にされていて、ギンコは服を着たままだった。唇はキスで長く愛撫されて、頭はもう芯から蕩けている。
ギンコは上手だ、って誰かから聞いてた気がする。誰だろう? そんなのイサザに決まっているのに、頭がぼんやりしていて、誰なのか思い出せなかった。キスやセックスの上手い下手、って、それは一体、どんな違いなのか、比べるような経験値はなくて、でも、こんなにイイものだったのか、と、何かがどんどん塗り替えられていくのは分った。
かすめるように、何度も触られている、それでもまだ、イってやしない。なのにそこが、もう溶けるようで、別の命が宿ったように、びく、びく、と震えているのが分かる。震えと当時に、熱い何かがひっきりなしに滲み出していて、まさかと思うが、少量の失禁でもしているんじゃないかと、怖かった。
「あ、ぁ…! ギ、ギンコくん…、そ、その…、待…っ」
「…どうした?」
愛撫を一瞬もとめてくれずに、平坦な声で問われる。薄目を開けると、やっぱりまだギンコは着衣のままで、なのに自分は全裸で、脚を広げられていると再確認して、眩暈がした。
「あ、あ…あの…、まさか、とは、思うんだけど、もしかして、俺…その、し…、しっ」
「何が言いたいんだ? え?」
言葉と同時にギンコが初めて、はっきりと化野のそれを手に包んだ。そのまま軽く上下に擦られ。
「あ、あーッ!」
迸るように、上擦った声が漏れた。
「……いい声だな」
声。そうだ。ギンコくんは俺の声が好きだって、誰か…そう、イサザ君が、前に。違う、そんなことじゃなくて、このままじゃっ。
「ちょ、待っ…。駄目だ、やっぱり、出…っ、ちゃ…。と、といれ…トイレに…っ」
ぶっ、とギンコが吹き出すのが聞こえる。随分とおかしそうに。
「待ちなよ、もしかして、尿意とイきそうなのと、まぜこぜになってんのか? あんた。分った。なら、自分の目で見な、出るもん見りゃ流石に分かるだろ?」
「み、見…?」
ギンコは笑った口調のままで、化野の片腕を引っ張って彼を起こし、そこらに転がってたクッションを二つ、彼の背中にあてがった。体を起こされ、半ばぼうっとしたまま視線を下ろせば、左右に広げられた両脚の間に、ギンコの両手が差し伸べられて、ゆっくり、丁寧に、それを包み込むのが見えた。
「ギン…っ。や、いやだ…恥ずか…ッ」
「いいから、見なって。俺に抱かれたかったんだろう? 願いが叶ってるのを自分で確かめれば、って言ってるだけだ。自分のペニスを見るのが嫌だったら、俺の手を見てると思えばいい」
ギンコは面白がるように言葉を続けた。その楽しげな声が化野は嬉しかった。嬉しいと思っただけで、もう、逆らえるものじゃなかった。
「君の、手、を…?」
「あぁ。俺の指の一本一本が、どんなふうに曲がって、手首がどんなふうに揺れるのか、よく、見てな」
化野の視線の先で、ギンコの右手はゆっくりと斜めに揺すられてた。軽く五指は握られていて、指で作った輪が時々、きゅ、と狭まる。左手は、親指と、人差し指の先だけが動いていた。くるくる、くるくる、円を描くようにして、それから時々、何かをその二本の指で、摘まむようにしていた。
そして、それらの動きと連動するように、快楽の波がくるのだ。声が、止めようもなく、ずっと零れ続けてしまう。
「んんっ、あ、ぁあ…っ、んーっ」
化野が大きく声を上げると同時に、ギンコの両腕が、肘から揺れていて、でも、手首や指が休まず動いているのは変わらなかった。
「ほら、白いだろ?」
「…え……?」
「とろとろ、零れてるものがさ。きれいな白だ、半透明の」
左手の指を、ギンコがそこから少し話して、二本の指を擦り合わせている。そこからとろり、滴る液の色は、確かに、白い。
「精液だ、あんたの。さっきからずっと滲んできてる。追い上げないように焦らしてるからな、迸ったりしてないだけで、小さい射精をさせてるのと同じだ。あんた、イってんだぜ? 俺の手で、何回も」
「あ……っ」
はっきり言ってやった途端、化野は脚を閉じ合せようとした。わかっていたように、ギンコはそれをさせなかった。大腿を掴んで、自分の腰を挟ませるように、逆にもっと広く開かせる。そうしてこれ以上暴れ出す前にと、急に愛撫の強さを変えたのだ。
「意識、飛ばせんなよ。あんたのいい声、俺に聞かせな」
「…や、ぁっ。あッ、ギン…、ひあっ、あぁーッ!!」
弾け飛んだ白濁は、一滴残らずすべてで、ギンコの服の胸を濡らした。
白い煙を、ギンコは吐く。アパートの下から二段目の階段に座って、両脚を下に投げ出して、手すりの方へと体を斜めに。何故だか随分と疲れていた。いつもの煙草の味が良く分からない。火でも消えてるのかと思う程だが、煙は途切れていない。
セックスした感じがしない。
そう…まるで、あれは、
ガキの、遊びかなんかみたいだった。
昔、イサザと
カブトムシをとった時とか、
二人で缶蹴りの真似事した時、
みたいに。
結局、一回イかせただけで、化野は眠ってしまった。意識こそ飛ばさなかったが、ぼうっとして、ギンコを見て、ふんわりと笑って、そのまま。まだ終わりじゃないぜ、って無理に続きをする気になれなかった。だから、セックスじゃないと言えば、違うのだろう。
でも。
でも、嬉しそうなその寝顔を見たら、ギンコの中の性的な欲求は、ものの見事に消えていってしまったのだ。
「…何なんだかな」
白い煙をまた吐いて、短くなった吸殻を消した後どうするか、ふと迷ったその時に、蓋の開いたコーヒーの缶が、真横から差し出された。
「お疲れ、っていうのも、変だろうけど? 吸殻、ここ入れて」
イサザが笑って、ギンコを見ていた。
続
いや…こんなシーンにするつもりでは…。
でもなんか、ギンコも狐につままれたような気でいるような? 彼自身思っているよりも、ずっと、ずうっと、もう絆されているんだってことなんだと思います。こんなはずじゃなかった、って彼は後で思うかもしれないけど、人間は、ずっと人形でいることなんか、出来やしませんのでね。
イサザも嬉しいだろうし、スグロもきっと、草葉の陰で喜んでいることと思いますよ! ドラ爺も嬉しいかもしれないねー。化野とギンコが一緒にいる時を見られたら、化野の様子からすべてがバレる気しかしないのであります。
やっとくっ付いてくれそうで、本当に嬉しい惑でした。続きを楽しみに書くのですー。
2016/08/28
