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… 桜花の性 2 …
「え…?」
化野は長いこと呆けていた。二度も聞き返した彼の声を、困ったように聞いて、女は斜めに項垂れ、着物の袂を片手でいじった。白い長い髪を肩の上で束ねて胸へと長し、着ている着物はくすんだ淡い紅いろの小桜文様。草履もそろえた同じ色で…。
女らしいその姿が、ますます化野を混乱させる。彼の視線に気付いてか、女…ギンコは姿に似合わぬ粗野な態度で、ぐい、と自分の襟を引っ張った。
「はぁ…こんな恰好…。だからいらねぇ、と言ったんだがな。動きにくいし…。あの茶屋の女将が、自分の若い頃の着物を着ろ、着ろ…って」
そうしつこく言われた。好きな男に会うのだろう、と、そう言われ…それで…断り切れずに着ていたのだ。
化野は口を閉じたり開いたり、何か言いたくて言えない様子でいたが、やっと決心したらしく、ぼそりとギンコの名を呼んで言った。
「あー、その…まぁ、ギ、ギンコ…。じゃ、うちへ来るかい? えっと、散らかってるんだけどな」
「……」
散らかってるってか? それは珍品を並べた奥の間だけで、他は綺麗にしてるじゃねぇか。そんなのとっくに知ってるよ。苦笑しながらそう思い、ギンコは肩をすくめて、さっきの店へと速足で歩いた。それで木箱を右の肩に背負い、女将に礼を言って冷やかされ、やっと道で待っていた化野に追いつく。
「…持つよ、それ」
「あ…? ふん…。いいよ、大して重かねぇ」
「そ、そうか…」
それでも本当は、木箱は女の肩に少しは重い。こんな着物だと歩幅は狭くなるし、袂も狭い襟元も邪魔で窮屈で、何より髪が邪魔だった。化野はいつもの彼の歩調より、随分とゆっくり歩いてくれ、坂を登り始めると何度も振り向いた。
「さ、ついた。あそこが俺の…。って、ギンコなら、知ってるよな。…悪かった」
「いいよ。信じてないのは判ってる。今、証明してみせるから」
縁側から部屋へと慣れた様子で上がりこみ、囲炉裏の傍へ胡坐をかこうとして出来ずに眉をしかめ、ギンコは仕方なく正座すると、そこで顔を下へ向けた。さらり、と髪のひとすじが、首筋から零れて揺れる。
「そら、左の義眼。…と、眼窩の洞…」
「…あぁ…! 本当だ。本当にギンコだ!」
目を丸くしてそう言って、化野は無意識に四つに這ってギンコの前へ寄り、じっと彼の顔を眺めた。ふわり、桜の花の香りが、また少し漂ってくる。
「それにしても…いったい、どうなって…」
「ま、言わずと知れた、蟲のせいだよ。一ヶ月も前からこう、徐々にこうなってって、色々、大変だったなぁ」
判ってもらえて安堵したのか、ギンコは少し笑った。ふ…と、零れるようなその小さな微笑みが、桜の花の蕾が綻びるようで、つまりは綺麗で…化野はまたも呆ける。もともとギンコを綺麗だと思っていたが、こうして女にしてみると、美女と言ってはばかりないくらい、本当に綺麗なのだ。
「物珍しいのは判るが、そんな間近で見るこたないだろうが」
「いや、珍しい…ってより、きれいだ、と…」
「…そりゃぁ、どうも」
何気なく言いながら、ギンコの頬はほんのりと染まった。茶屋の女将が言ってた言葉を思い出す。
その化野先生ってのは、あんたの好きな人なんだろう?
そしたらあたしの昔の着物をあげる。帯も草履もあげるよ。
あんたはそんなに綺麗なんだから、も少し着飾りさえすりゃ、
どんな男だって、そりゃもう、いちころさぁ。
そう言われて、この着物をひと揃え着せてもらったのだ。そもそもこんな姿になり始めて、見るからに女になってしまってから、何度も「綺麗」と言われたのだ。「いい女だ」「美人だ」「別嬪さん」とか。
蟲の仕業と判っていて、どうすれば元に戻るのかも判っていて、それでもこうして化野の里まで、長い道のりを旅してきたのは、その言葉を言われるたびに、こいつの顔を思い出してしまったからだった。
そうか、今、俺は、そんなに美人な女なのか。それなら化野にも、美人だと思われるのだろうか…。 そう思って化野の前に立って、期待通りに綺麗だと言われ、頬が火照るのを止められない。
「…そんな綺麗か? こういう顔、好みか? お前」
「う、うん…どうもそうらしいな。困ったぞ、目が逸らせそうもない」
「……それにしては…」
いつもなら、すぐ抱きついてきたりするくせに、何にもしねぇじゃねぇか…。
「ん? それにしては?」
「何でもねぇよ、別に…。ただ見てもらおうかと思っただけだしな」
「…みて…。あ、そうか。そういうことか…。うん、よし、判った。責任を持って診てやるからな!」
「え…?」
唐突に、何かに納得したようで、化野は奥の間に布団を敷き出した。そりゃあたった今、手を出さないのか、と思ったが、いきなり布団か? 口づけの一つも無しに?
「いいぞ、準備は出来た。俺も医家の生業だ。変な目では見ないから、安心して診せてみろ」
どうもおかしい、と思いつつ、もう邪魔くさくてしょうがない女物の着物を、ギンコは威勢よく脱ぎ捨てた。薄紅の襦袢姿になり、その腰の細帯を解きながら、すたすたと化野の前に行く。
何故か化野は目を逸らして横を向いていて、ギンコが傍に行くと、やっと顔を上げて彼の手を取った。
「手も…なんだか華奢だ。白くて綺麗な…。いや、すまん。診察だったな」
「診察……」
「ん? 診てもらいに来たと言っただろう」
「あー…、そう言ったな、確かに」
何だか様子が変だと思った。だからと言って、そうじゃなくいつもどおり抱いてくれ、だなんて、そんなことは今までだって言えた試しは無かった。仕方なくそのまま化野の傍らの布団へ導かれ、変に気を遣った仕草で体を横にさせられる。
「心配せんでいいぞ。こう見えて、妊婦の体だって俺は診るのだからな。じゃ、目を瞑って、そのまま体の力を抜いて…」
言われるままに、目を閉じて待つと、ほどいてあった腰の紐がさらに緩められ、襦袢の前袷せに手が掛かる。どき、と鼓動が鳴り出して、その音は、胸が曝された時に、ますます跳ね上がった。
「少し…」
「え…?」
「いや、ふくらみが…。触ってもいいか?」
「…あぁ、いいよ」
愛撫されるように、乳首を指先でいじられるのかと思った。でも、そうではなく、化野は右手の手のひらですっぽりと、ギンコの片胸を覆ったのだった。ほんの微か、触れているかどうかの触れ方で、ささやかでなだらかなふくらみを包む。
それからほんの僅か、指先で満遍なく揉むようにしつつ、何かを確かめるような仕草。逆の胸も同じようにして、静かに呟く。
「しこりとか、そんなのは無いようだ。痛んだりするか?」
「痛みはねぇよ。ただ…そんな程度でも、木箱を背負うときとか、邪魔な気がしたけどな」
「んん。少し、ここが紅い気がするな」
「あ…っ、そ…か…? あぁ、着替える前、歩き通しでいつものシャツの布地が擦れて、少し痛かった…かもしんね…。ん…っ」
乳首を、すりすりと交互に弄られて、期待していた快楽が、体の奥へと真っ直ぐ通る。けれど、その愛撫はすぐに止まってしまった。
「あ、あだしの…っ」
「嫌だったか、すまんな。一応、 ここにしこりができる病もあるからと…」
「そうじゃねぇよ、そうじゃ…。み、診てくれるのは、ありがてぇけど。お前が医家として真面目なのも判ってるけど、俺は…。その…久々でお前に会って、だから…その、だから…、いつもみたいに、お前に…抱い…」
「……じゃあ、診察は後でいいか?」
化野は、少し笑っていた。華奢な女の姿になったからと言って、診察が必要だからと言って、久しぶりの逢瀬の喜びは、変わりはしない筈なのに、やはりちょっとどころではなく、動揺していたのだろう。
「大事に扱うから、抱かせてくれ、ギンコ」
「いつもと同じでいい、早く…っ。ん…ッ」
吸ったギンコの唇は、まるで桜の花びらのように、柔らかくて優しかった。
続
どうも調子が出ないっていうか、女の体の描写は(まだペチャな胸の描写だけなのにー)照れますよ! 先生もギンコさんも、調子が出ないようですっ。きゃーーー。もっとノリノリで行きたいですね。次回はもっとガンバりますんで−
。それにしても、くすんだ桜色の着物のギンコさん。…見てみたーい。
09/03/01
