雷 の 棘 4
ぎし、と、床が軋んだ。帯を解いて着物の前を広げ、下帯まですぐに剥いでしまうと、ギンコは躊躇いもなく其処へ視線を注いだ。衣服を乱されている間に、もう化野の体は、されることを期待している。それは既に元気よく立ち上がって、ギンコの目の前にあったのだ。
「物欲しそうにしやがって」
「ギ…ン…」
「どうされたい? 言ってみろよ、そら」
ぴん、と指先で弾かれて、化野は細く短く悲鳴を上げた。
「ひ…ッ…。や…。あ、雨戸が……」
「知らねぇよ。…今更、なに言ってんだ。もう、そんなのどうでもいいんだろうが。ばれたら困るだとか、見られたくないだとか、気にしてる理性が残ってんのか?」
「お、俺は…」
「生憎な」
俺には、そんな理性、ねぇんだよ。
耳元に唇を寄せて囁かれ、化野は一瞬で堕ちた。見開いた目が涙で潤む。欲しくて欲しくてしかたなかったのは、この男の愛撫だった。この男のくれる酷い仕打ちが恋しかった。それより何より求めて欲しくて、飢え死にしそうに餓えていた。
捻じ切るように握られ、扱かれ、先端に爪を立てられて、ヒトというより獣に近い声を上げながら、化野は片腕でギンコの背にすがり付く。どろどろとした熱いものが、たっぷりと溢れ出して、弄り回されている場所で淫らな水音を立て続けていた。
喘いで泣き喚くばかりで、閉じられない化野の口からは、唾液が零れて頬を汚している。
あーぁ、こんなになっちまって…。お綺麗で穏やかで清らかだったはずのお前が、いつのまにか壊れていってた。別に俺は、お前を壊した覚えなんかない。勝手に俺を欲しがって、それで勝手にどんどん崩れて、壊れてくのを、どうしようもねぇな…って、放ったらかしにしてただけだ。
綺麗でなんか生きていけねぇ自分と比べて、いい気なもんだなって、そう思っていたのは事実。俺の万分の一くらい、汚れっちまえばいいなんて、そう思って無理に犯したのを、悪ぃと思ったこともないけど。
「痛いか…? なぁ?」
見れば化野のそれは、乱暴にやられ過ぎて真っ赤になってた。
「い…いいんだ。もっとしてくれ。ギンコ…。ギンコ…。もっと、してくれ…」
「赤剥けんなって、小便するたびに滲みて悲鳴あげるぞ…?」
「それでも、いい、から…ッ」
「ったく…。いい具合に壊れてんなぁ、先生…」
身をずらして、ギンコはそれへと舌を伸ばした。反り返って震えている、真っ赤な肉を、舌の先で突付き、それからゆっくりと舌全体で舐め上げる。化野は片方の肘だけで、必死になって上半身を起こし、自分が今、何をされているか見たがった。
ギンコは丹念にそれを舐めてやりながら、薄目を開けて化野の視線を受け止めた。視線が合うと、化野は涙を零した。嬉しそうに頬笑んで、淫らな息をつきながら、びくびくと全身で痙攣しながらも、幸せだ、と全身で訴えた。
お綺麗過ぎて、いい気なもんだ、とある時、嘲笑われたのを化野は覚えている。俺なんかとは馴染めねぇだろ、と冷たく言われたのを覚えている。だから汚れるのが嬉しくて、壊れいると言われれば、少しは近付けたのかと安心できた。
それだけギンコのことが好きだ。
そうだよ、開いたまんまの雨戸のことなんか、
本当はどうだっていいよ。
手のひらが切られて焼かれて爛れて、腐っていくのも判っていたが、我慢しているだけで、ギンコが来てくれるんなら、それだって堪えられなくはなかったのだ。
お前が欲しいお前が欲しいお前が欲しい。
「欲しい…よ…ギンコ。俺を全部をやるから…俺にお前を、半分だけ、くれよ。半分が駄目なら…その半分でもいい。さらにその半分でも…いいから…」
舐め回ししゃぶり立て、啜り上げる。幾度もいかせたその後で、ギンコが彼と、やっと一つに繋がろうとした時、うわ言のように化野はそう言った。両脚を抱えて広げさせ、力ずくで身を折らせ、そんな不自由な格好をさせられていても、零れた言葉には想いが篭っている。
「…そんな細切れの俺なんか貰って、嬉しいのか…? お前」
身を繋げてからそう問えば、化野は酷く傷ついた顔をして、それにも何も答えなかった。無言の返事が、ギンコはどうしてか満足だった。それでいくらか気を使い、苦しくないようにゆっくりと揺すって、化野が気持ちいい場所を、おのれの先端ですりすりと擦ってやった。
一番気持ちいいことをされているとき、どうしてか化野は子供の顔になる。顔をくしゃりと歪め、いやいやをするように、首を小さく左右に振りながら、あふぅ…と、喘いで長い絶頂の中に落ちて溺れるのだ。
意識はあるものの、呆けて放心してしまった化野の片方の手首へ、ギンコはやっと視線をやった。包帯を巻かれ、一番硬く締め上げられている場所が、酷く括れてしまっている。そっと触れれば包帯の布越しにもその手は冷たかった。
ギンコはその包帯を解いてやり、丁寧に取り払うと、力の抜けた化野の指は自然に緩んで開いていく。血に塗れ、その血の色も既に赤黒く、膿がたまって濁った汁にすら塗れているのを見て、ギンコですらさすがに息を飲んだ。
「ここまでおかしくなれ、だなんて、強いた覚えはねぇよ…」
ぽつりと言って、ギンコは温い湯を用意し、厚手の布を何枚も床に敷いてから、その傷を丁寧に漱いだ。血と膿が取り払われると、化野の手のひらの真ん中に、小さな窪みが現れる。その窪みの中に、何か歪んだ形の小さなものが見えて、ギンコはさらに慎重にそれへ湯をかけた。
「これが、雷…棘…?」
小指の先ほどの大きさの、石としか見えなかった。黒くて光沢があり、金色の糸のような光が、その内に閉じ込められてあるように見える。目を凝らして見ていると、その光はほんの少しずつ、ゆっくりと動いていた。
ほんの小さな変化だったし、それほど強く輝いているわけじゃない。けれども見ていると、いつまでも視線を惹きつけて、酷く美しく思えてくる。
「…夜とか、暗がりで見るとな、綺麗なんだ。とても……」
そう言ったのは化野だった。いつから正気に返っていたのか。ほんのりと頬を染めて、ギンコが自分の手首を捕まえて、それを丁寧に漱いでくれていたのが、彼は嬉しくて仕方ないのだろう。
「手ぇ握ってたから見てはいないんだが、暗くすると多分、そこの金色が、随分激しく動くらしくて、そん時はそりゃもう、物凄く痛くて熱いんだけどな」
はぁ、と深く長いため息を化野はついた。疲れ切った体は、もうとうに限界を過ぎているのだ。うっすら開いている目の焦点が、時々合わなくなっている。意識を失う寸前だろうに、それでも化野は言った。
「捕まえといて今更、何言うか、って言われるだろうけど、それ…逃がしてやってくれよ。なんか、どこかへ行きたい、逃げたい…って、そいつが思ってるのが判ってたんだ。……逢いたい奴でも、いるのかもなぁ…」
ギンコは聞きながら、手元に木箱を引き寄せて、抽斗の中から小刀を取り出している。もう目を閉じて、ぽつりぽつりと言葉を零している化野の、その手首を、今一度しっかりと捕まえると、彼は眠ってしまおうとしている化野に言った。
「…痛ぇぞ。舌噛まねぇように、なんか口に突っ込んどけ」
「あぁ…判ったよ」
何もないので、化野はそこらに放り出されていた自分の帯を引き寄せて、口の中へと押し入れた。そうして硬く目を閉じる。ギンコはそれを見届け、小刀の刃を化野の手のひらへと向けた。
ぐり…っ、と、深くえぐられ、肉に食い込んだ「それ」が、化野の手のひらから掻き取られる。
「…ぁ、ぐぅ…ッッ」
嗚咽一つ。そうしてがくり、と身を跳ねさせて、化野は意識を失った。痛みと疲労と、ギンコに抱かれた満足感とで、やっと彼は眠ることが出来るのだろう。
えぐり出されて、畳の上に転がった「それ」にじかには触れず、小刀の先で触れると、その石化した「蟲」から、小さな火花が散るのが一瞬見え、畳が少し焦げた。
小さいが、随分と美しく、そして寂しげな光だ。…そう、ギンコは思った。
続
暫くぶりすぎる更新です、四年、という、わりに長いこのサイトの歴史(大袈裟な)の中でも、こんなに間が開いたのは初めてかと思います。まぁ、ブログでは時々書いてましたけどね。
なのに、殆どエロシーン………。いいさ、うちのサイトらしいよね。待ってて下さった方がもしもいらっしゃるのなら、本当にお待たせしました。他の連載や、他のジャンルも、ぼちぼちと更新しますのでっっっ♪
お読みくださりありがとうございましたっ。
それにしても、どうです? この鬼畜ギンコ。私はわりと気に入りました。にっこりー。あー、今日ってホワイトデーだったんですね。関係ないけど。
10/03/14

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