言われてやっと目が覚めた。そこに見えるのは幻のギンコじゃない。無事だったのか、と言いかけて、自分の方こそ案じられているのだと理解する。氷の壁に開いた氷の窓から、ギンコは彼を見下ろして、今まで見たこともないような、心配そうな顔をしている。
「さっさと起きろ…っ、起きられるか? おい」
「…お、起き…」
起き、られない…!?
無理に起きようとすれば、ぎし、と頭の皮が軋むように引っ張られて、なんというか、髪が床から生えているような気がする。自分の身に何が起こったのか判らずに、頭が混乱した。
「なん…っだ、こりゃぁ!」
「駄目か。まぁ、落ち着け。今、そこへ行くからな」
言いながらギンコは彼がこちらを覗きこんでいる氷の窓をこぶしで懸命に叩きだした。黒い手袋をした両手で、真剣な顔をして叩けば、ほんの僅かずつ「窓」は広がって、ぱらぱらと透き通った氷の欠片が零れ落ちる。
ギンコは本気だった。あんなに強く叩いては、さぞや手も痛いだろうと心配になるほど。
「…よせ」
「いや、もう少しだ」
「いいからっ、よせ…ッ。お前、怪我してるだろうっ」
言われてぴたりとギンコの手が止まる。両手をすっぽりと皮手袋で覆い、それのどこにも破れ目や穴などないし、赤いものが滲んでもいないのに、どうして判ったのか不思議だった。
「…なんで判る…?」
「医家を馬鹿にすんなよ。左を庇ってる」
「……なるほど。そりゃ悪かった。なら、自力で起きてくれ。少し髪が抜けるかもしれんが、頭ごと氷付けになるくらいなら、禿げる方を取るだろ?」
そんな軽口を叩きながら、ギンコは綺麗に笑う。銀の色した氷に囲まれて、そうして見せた彼の笑顔に、一瞬くらりと眩みながらも、化野は仰向けになっていた体を捻り、氷の床に手をついた。片手では髪を掴み、床に張り付いていたそれを剥がすようにしてみる。
べり、と、いささか嫌な音と感触がして、ギンコの言うように髪が抜けたと判る。それでも禿げるほどではないだろうし、痛みもそれほどではなかった。とにかく、ギンコに無茶をさせるくらいなら、自分が痛い方が余程マシだと、化野は頑張った。
「い…、て、てて…ッ」
ばりり、そんな音がして、やっと化野の体は自由になった。と、思って急いで立ち上がろうとしたら、首に巻いていた肩掛けまでが氷に捕まっていたらしく、びり、と音がして裂けてしまった。
「あぁあ、気に入りの…」
「いいからっ、立ったら早くこっちに来いッ」
叱責されて、化野は再度我に返り、まだ首に絡み付いていた布を解きながら立ち上がった。どうやら裾も捕らえられていたらしく、転びそうになって、着物が半ば着崩れる。
「この寒いのに、脱ぐか、お前」
と、また軽口叩くギンコの声が、少し早口で緊張していて、化野はそれでも必死でギンコへと手を差し伸べた。氷で出来た覗き窓は案外と低い。手と手が触れ、微かに息遣いまで頬に届くほどで、その温かさにほっとする。

まるで二人のその温もりが、力を持って溶かすのだと言わんばかりに、ぽろぽろと氷が溶け崩れ、化野の髪の上へ降りかかった。
「ギンコ…っ。怪我は? 見せてくれ。指か? それとも」
「馬鹿。言ってる場合か。周りを見ろ、お前の家だぞ、ここは」
「……え…」
言われて振り向き、あたりを見回す。まさか、としか思えなかったが、氷の洞窟と見えた透き通った壁の向こうには、確かに見慣れた引き戸が見える。自分とギンコが顔をつき合わせているここは、もしや、台所の…。
「バチあたりかも知れんがな。竈へ足を乗せて何とか外へ出ろ」
いちいち言われて気付く。確かにここは家の台所だ。足元にあるでかい塊は、どうやら氷付けにされた竈らしい。滑るのを堪え、足を掛けて、よいしょ、とばかりによじ登る。ギンコがよけた穴から頭を出し、肩を出して脱出した。
外は相変わらずの雪の景色。昼間だか夜だか判らなくて、化野は立ち竦む。
「悪ぃな…先生、お前とお前の家を巻き込んだ。なんとかするから、手伝ってくれるか?」
ギンコは手袋をしっかりと嵌め直して、白い景色に溶けるような白い髪を、微かな冷たい風に揺らしていた。
続
短くてすみません。更新が遅いのに焦れまくって、短いけど飾ってしまいます。ヘタレですねぇ。しくしく。明日か明後日になれば、もう少し書けるのに、それが待てないんだって! 焦れ焦れ!
というわけでしたー。誤字あったら後で直す。なんてぇ適当な! すいませんすいませんすいませ…っ。ぺたっ。
10/06/04
