雨だ。先から降り続き、この世のすべてを、しとどに濡らすかのように。足元の石畳にも雨は降り、浅く広い水溜りには、美しい真円を描く波紋が、生まれては消え、生まれては消え…。
ギンコは石畳を踏み、様々な緑に覆われた石段を登り行きつつ、当たり前のように全身を雨に濡らさせていた。
雨は、嫌いではない。かと言って、旅に歩く自分には確かに難儀だ。だから好いてもいない筈だが、今日のこの雨のように、緑を柔らかく濡らし、恵みをくれる雨を、有り難いものだと思う。
傍らを見れば、小さな玉のような水滴が、葉の一枚一枚を飾り付けていて、それもまた美しい。もしもその中の幾つかに、蟲の擬態による命があろうとも、それも取り混ぜて自然の姿そのものなのだ。
ギンコは黙って、それらの綺麗なものたちを見る。さして表情を変えもせず、淡々と、ただただ淡々と。
もしも化野がここにいて、一緒に見ていたら? そりゃぁもう、あいつはうるさい。やれ綺麗だ。ギンコ、これ見てみろ。やれ珍しい、美しい、可愛いだの、面白いだの…、いつまで経とうと尽きもせず。
知らずに柔らかな表情になって、ギンコは自分のいく石段の先を見上げた。古びた風情の門。大きくも立派でもないが、濡れた木々に取り囲まれて、それら自然の中に溶け込んでいて、密やかに威厳すら滲ませる。
こういう場所が、ギンコは意外に好きだが、今日は無論、景色を見る為に足を運んだわけではないし、雨に濡れるのが目的のわけもない。
珍しい蟲の気配がする、と、蟲師の間に噂が流れていたから、だった。確かに蟲の気配はするが、それが何処に、どんな姿でいるのか、見つけたものは今までいなかった。新種かどうかも判らないし、亜種かどうかも謎のまま。
多々の蟲師が興味を持ったが、ギンコもまた興味を持った。もしかして、そんなにも珍しい蟲ならば、化野に聞かせるいい土産話になる。もう少し先へ進めば化野の里で、逸る心もなくはないが、そういう話の一つもある方が、喜ばれると思ったのだ。
門をくぐると、すぐ右に、いい雰囲気の手水鉢。
斜めに置かれた竹の筒から、わずかばかりの水が流れ出て、澄んだ水音を絶えず立てている。苔むした鉢。それを慕うように、様々な緑が回りを埋めていて、鉢もまた縁から水を零しては、その水が周囲の苔に染みていく。
あー…。
そういや、こういうのも、あいつ好きだっけ、な。
そう思ったが、まさかこんなもの、土産に選んで抱えて運んで。そんな馬鹿はさすがにしようと思わない。一瞬考えて自分を、くすり、と笑って顔を上げ、何かの気配に横を向く。
「え。な、なんだ…なんでこんなとこにいんだ、お前…!」
ギンコはつい声を大きくして、そう言ったのだった。
続
鎌倉いってー、雨に降られて〜、それも恵みと喜びつつ、山ほど写真撮ってー。そんな一泊旅行をしてきたので、せったくだから一つ、その旅の写真を使ったノベルなんぞ…と、無理やり書きつづる蟲ノベル。
今からすでに、グダグダなんですけどーーーーーー・涙。
やれ、どうなることやら。使いたい写真はあと三枚。
しかし、ずーーーーーっと写真のないシーンもあるかもです。
先生出てきますんで、どうぞ続きも読んでやって下さいね。
蟲名、どうしよ。まだ決めてなかったー。
09/05/27
響 き の 声 1