紅 は こ び ・ 2
化野は部屋の方へギンコを抱いて運び、抱いたそのまま急いで髪を拭いてやり、その後敷いた布団の上に、布を一枚敷いてギンコを横たわらせた。裸の体の首筋から下へと、ゆっくり丁寧に水滴を拭き取り、暫らくぶりに眺める肌に、ついつい、ごくり、と喉が鳴った。
「いかんいかん…、そんな寝ているお前に、なんて…」
今は母親代わりなのだ、余計にいかん。
見ればまだ髪の水気が取れていない、新しい手ぬぐいを出してきて、よく乾いたそれで、髪をごしごし拭いてやる。ギンコは余程深く寝入っているのか、目覚めるようすの一つもないが、化野は話しかけるように呟いた。
「ったく、相変わらず痩せて…。も少し肉をつけさせんと。魚、買ってくるか、それとも奮発して兎肉を」
気遣わしげに、化野の視線がギンコの体へ這う。また我に返って、化野はギンコの体の上に、寝巻きの着物を掛けようとしたのだ。その手が、ふい、と止まる。
「…もみじ……、こんなとこに」
ギンコの下腹、臍より少し斜め下のあたりに、小さなもみじの紅い葉が。さっきは無かったのに、と、首を傾げながら、化野はそこへ手を伸ばした。もうちょっとで指が触れそうになると、何故か葉はするりと滑り、ギンコの脚の付け根の方へと。
つられるように手を伸べて、その大腿へ手が触れた途端、ぱちっ、とギンコの目が開いたのだ。
「あ、いや…その、これは…」
「…別に、いいけどな」
慌てて弁解しようとした化野の目の前で、ギンコは頬を染めて横を向いた。こんな時に、なんてぇ可愛い顔を、と、化野の理性が傾く。
「そ、そうか…? な、なら…」
そうして結局、化野はギンコの肌に触れる。顔を落として首筋を吸い、胸を重ねながら手を這わせた。ギンコは横を向いたまま、閉じた瞼を振るわせて、唇を少し開いて甘い息を速くしている。
「嫌じゃないのか?」
「…聞くなよなぁ、ん…、ふ…っ」
「そうだ、そういや、もみじが」
さっきの一瞬で忘れたことを、化野は急に思い出した。一度身を離して、無造作にギンコの膝裏を抱えて左右に広げさせると、ギンコは片方の臂を布団について、逆の手で化野の額を叩いた。
「こ…のっ、いきなり、何すんだっ」
「いてっ。や…ちょっ…。さっきここに、お前の土産の紅もみじが、だな」
「…どこにもねぇじゃねぇかっ」
それでも首を持ち上げて、ギンコは自らの股の間を確かめてから怒った。変だなぁとか、さっきは確かにここに、とか何とか言いながら、化野はギンコのそれを片手で掴み、持ち上げて裏側を見るやら、その下の塊に手をやって、右へ寄せたり左へ寄せたり。
ギンコはたまらず仰け反って、自分から無意識に脚を広げた。
「お前、相変わらず、意地が悪ぃな…っ」
「濡れ衣だ、それは。大事にしてるんだぞ、お前のことは」
「…判ってる。…ぁ…」
化野は広げられたギンコの脚の間に顔を埋めた。いつもは酷く嫌がるものを、なりゆきで焦らしてしまったせいか、それほど嫌がらない。口を付け、吸ってやった途端に、膝を跳ね上げて喘ぐのが、酷く色っぽくて眩暈がした。
「なぁ、気持ちいいだろう…? 言ってくれ」
「だ、誰がそんなこと…ッ」
ざら…っと舌で先端をなぶられる。ひくつく窪みを舌先で揉まれて、言い返すギンコの声が涙声だ。茎を丁寧に擦られ、揺すられて、もう、とろとろとそこが濡れていた。
零れていく精液が、茎を伝って根元までを濡らし、それがさらに流れて尻の間へ、後穴へと…。くち、と音を鳴らして指をくぐらせると、そこはもう柔らかくほぐれていた。
「ふふ…」
「笑うなっ、なんか可笑しいのか…ッ?」
「いや…嬉しくてな、つい」
何が、とはギンコは聞かない。聞かずとも判っているからだ。最初に化野に抱かれるまで、ギンコにこんな経験はない。それ以後も化野以外知らない。それを、抱くごと化野は確かめて、安堵し、喜び、愛しむ。
「どうせ、俺のことなんざ、好いて寄ってくるのはお前の他には、蟲ばっかり…だ…」
「良さの判らん阿保ばかりで、俺は大層助かるよ。どら、後ろ向いて」
腰に手を掛けられて、四つん這いの姿勢にされる。嫌がれば逃げられる恰好だが、恥らってもたついているうちに腿を開かれ、口を付けられ…。尖らせた舌先が、割れ目を上へとなぞり、深くそこへと差し込まれた。息が詰まる。鼓動が跳ね上がる。なにやら熱い塊が、喉を焼くようで悲鳴が上がった。
「や…、もぅ…。ぁあ…なんか、何か変なんだ、化野…っ」
「いつもそんなようなことを言うじゃないか、お前。感じてる…って言えばいいのに」
「そんなんじゃ…。ただ、胸のここんとこが、冷た…。あ、なんか、いって…ぇ…」
うぅ、と呻いたギンコの声に、化野は俄かに慌てた。ギンコは腰を後ろに突き出したようなあられもない恰好のまま、胸だけを布団の上に擦り付けて、横へ向けた顔を歪めていたのだ。
「まさか、なんか悪い病とかじゃっ」
「また、お前は、そんな大袈裟」
ギンコは薄く笑ったものの、その表情はどこか不安げだ。そんな彼の方に手を掛け、うつ伏せにさせた時と同じく手早く、化野はギンコの体を仰向けにさせた。途端に、化野は息を飲む。もみじの…あざやかに青い葉が、ギンコの右胸あたり、一枚、貼りついていた。
「なんだ? 葉っぱがついてるぞ。痛いのはここか? 冷たいのも?」
手を伸ばし、化野はそれへ触れようとした。すると葉は逃げるようにギンコの肌の上を動いた。そういえば、さっきもそうだった。あの時は紅い葉が、足の間へ滑り込むように逃げたのだ。さらに手を伸ばし、摘み上げようとしたのだが、触れた途端にギンコの体は、びくり、と震え上がって暴れた。
「う、ぁ…、あ…ッ」
化野は手を引っ込めて、暫し言葉を失ってしまった。葉は、肌にくっ付いている訳ではなく、まるで掘り込まれた絵のように、肌へ描かれているのだった。刺青? まさか? そんなことをする男じゃない。
それに、ついさっきは無かった。しかも、確かに肌の上を動いたのだ。見間違えの筈もないと、断言できる。
「なんなんだ、これは…。ギンコ、どうやらお前の肌が、妙なことになっちまってるみたいだぞ」
「む、蟲…か?」
「…俺には、わからん。辛いのか?」
「あぁ、そういえば、微かに蟲の気配がする。辛いと言うより、冷たくて…なんだか、さむ…くて…」
「ギ、ギンコっ!」
化野は叫んだ。見ている前で、ギンコの肌にもみじの葉は増えた。首筋、脇腹、二の腕、大腿と、足の甲…。その場所すべてが冷たくひえるというのなら、それは酷く、寒いだろう。凍えるようにギンコは震えて、横たわったままで片腕に浮き上がったもみじの葉を見た。
「あぁ、こりゃ多分、紅はこび、だなぁ…」
紅色とは程遠い色の葉で、そのあらわな肌を飾ったままで、ギンコはそう言って、震える溜息をつくのだった。
なんだか書いているとややこしい蟲さんです。季節はずれなもみじの話ですけど、今、もみじは綺麗な緑の色で、それはそれで見ごたえあって好きなのですよ。緑でも赤でも、きっとギンコさんの白い肌には、似合うと思うんだ。そして色っぽいと思うのですよー。
09/06/05
