水揺らぐ夜 sui you ya 4
波音が高く低く、響き続けている。その音に混ざり込むように、微かな懇願が、途切れながら繰り返されていた。
「や、やめ…」
また波が弾ける。
「ぁあ…っ、あ…。た、頼むから…」
遠くの波の連なりから、ごうごうという海鳴りが、この岸辺まで届く。半ば洞になったこの場所で、それらの音が、ギンコの声と共に反響していた。化野の声はほんの時折、宥めるように呟かれている。
「…そんなに嫌か? 別にいいだろう、触るだけだ。いや、触るだけじゃなくて、そりゃあ、見てもいるがな」
彼は指先で、ギンコの銀色の下毛を撫でさする。ほんの少し、かすめる程度の触れ方にも、可哀相なほど敏感に反応し、ギンコは喘ぎ、背を仰け反らせ、切ない声で散々に鳴いた。
男が男に体を見られ、触られているだけの事だ。だから何でもない。ただ相手の欲が満足するのを、じっと堪えていれば済むことだ。まさか殺されやしないだろう。
そんなふうに思えれば、どんなにか楽だろうに、化野の触れ方が、あまりに巧み過ぎる。彼はギンコの体の反応を、じっくりと見つめ、残酷なほどに追い上げ、追い詰めてくるのだ。
「も、もう…。嫌、だ…ッ。ん…ッ、くぅ…」
「何が嫌だ? 気持ちよさそうだぞ。ここがこんなに熱い」
「やぁああッ!」
ギンコの体が、また強く仰け反った。体が弛緩する薬を飲まされ、それがすっかり四肢まで巡っているのに、それでもあまりの快楽と羞恥に、びくり、と腰が跳ね上がる。
ただ、指を一本、その下毛の中に沈み込ませただけだ。銀色の柔らかな毛の奥に、化野の人差し指が忍び込んで、そこに隠されたギンコの性器を、そろりと一度撫でていた。触れている性器も、それを覆っている柔らかな茂みも、その一瞬でしっとりと濡れてしまう。
「随分と敏感だ」
冷静な声で評して、化野は薄闇の中に幸せそうに微笑む。一度イった事で何処かタガでも緩んだのか、ギンコのそれは化野のその言葉一つにすら、素直な反応を返した。
そう…。化野の好奇の視線の前で、ギンコのそれはゆっくりと立ち上がり、銀の下毛の奥から、姿を見せてしまうのだ。
「綺麗な桃色を、しているんだな。熟れ過ぎた果実みたいに、蜜が滲んで…。さぞや美味だろう、零れる蜜まで勿体無くなるじゃないか」
「い、嫌だ…ッ、触るな。やめ…。ぁあッ…あ、くぅ…」
砂の上で、ギンコの裸足の指が、震えながらきつく折れ曲がる。桜色の小さな爪が、湿った黒い砂にまみれ、力の入らないはずのその足が、またびくりと小さく跳ね上がる。
化野の指は、ギンコの茂みを丁寧に、ゆっくりと左右に掻き分け、それの根元から先端までを、ランプの灯りの下にあらわにさせてしまうのだ。冷たい潮風が、その震える茎に当たる。それすらも快楽を引き起こすほど過敏な場所なのに、それを化野は…。
「ひ、ぁあ。…やぁああ…ッ!」
ねっとりと、熱いものに包まれて吸い付かれ、弱い先端を舌先で嬲られて…。その一瞬、ギンコは何も考えられなくなった。ここが何処なのか、何をされているのかも、判らなくなるほどの衝撃が、彼の体の芯を震わせていた。
今まで、知らなかったその辛さを。苦しさを。理性など一瞬で打ち砕くほどの、激しい性の快楽を、突然に注ぎ込まれてギンコは喘ぐ。
まるで溺れるように、息がうまく付けない。四肢は緩く動かすことしか出来ず、見開いた目にも鈍い光が弾けるだけで、ただ化野にそうさせられるがままに、彼の口に、二度も熱いものを迸らせた。
化野はそれを、満足そうにすべて飲み下し、それでも足りないと言いたげに、唇から覗かせた舌先で、ギンコの脚の付け根をくすぐり、溢れて流れた精液を舐め取っている。
「…すまんな」
そこから顔を上げて、化野は不意に言った。まだ手をそこに置いたまま、ギンコの茂みを指ですいては、喘ぎ悶える姿を眺め、零れてくる雫を指先で擦り取って。
化野の視線の先で、ギンコは幼い子供のようにしゃくりあげ、出来ないまでも何とか脚を閉じあわせようと、下肢に力を込めている。なんの意味もないその努力を、哀れむように眺めやり、優しく聞こえるほどの声で、化野は語りかけた。
「なぁ…俺が男だから嫌か? それとも卑劣な手管で捕まったから嫌なのか。俺の知る限り、旅をして歩く流れ者は、もうちょっと柔軟な考え方をするもんだけどな。お前はどうやら例外らしい…」
そうして化野は、やっとそこから指を退け、ゆっくりと体の位置をずらして、ぐったりと横たわるギンコの横で、変に視線を泳がせた。
「こんなことを言うと、お前のような奴はかえって怒るかもしれんが、それ相応の代価は払うよ。しばし飲み食いや宿には、困らん程度に用意する。それでは気が済まんだろうから、なんなら手をついて詫びてもいい」
化野は自分の着ていた羽織を脱ぎ、丁寧な手付きでそれをギンコの体に掛け、それから付け加えるように言った。
「許してくれ、なんざ、言えたもんじゃないけどな」
体どころか、心まで全部、力の抜けたままで、ギンコはその身勝手な言葉を聞いていた。ぼんやりした視界で、ランプの淡い光を浴びながら、化野の横顔が、酷く真摯に見える。
あぁ、まるで…別人のようだ。
こんな酷いことをする人間のようには、とても見えない。薬を盛られて、追われ、捕まって、こんなことをされ…。その事実の方が、たった今まで見ていた悪い夢のようで、ギンコはただ声もなく、霞む視界の中にいる、この医家を眺めている。
ずっと耳に届かなかった波音が、今度は酷く近くに聞こえた。視線をやれば、もう足先に届くほど傍まで、波が来ているのだ。首を持ち上げることも殆ど出来ずに、それでも波の弾けるのを目に映し…。唐突にギンコは、激しくもがいたのだ。
木箱が、波にさらされようとしている…!
突然に暴れ出したギンコを、反射的に伸ばした腕で押さえつけながら、化野は、かすれたギンコの叫びを耳に聞いた。
「俺の木箱がっ。紫水碧が…!」
続
って、まぁ…その。すいません。すっごい気になるところで続きになったような気がする。ぐぉぉ、続きが気になります! え? そうでもない? へこ。
えっと。「紫水碧」は「しすいへき」と読んでください。蟲のお名前です。どんな蟲なのかは次回のお楽しみ。ギンコさんも、正確な生態はしらないらしいです。勿論、先生が知る訳ない。
ひっひっ。慌てる二人の顔が見えるようです。そんなわけで、続きはまた来週! あれ? なんかアニメの予告かなんかのようだね。笑。エチシーンは終わったようですが、この後、もう一発書きたいと思ってます。うまくいけばね。にこり。
07/10/27
