桶と柄杓  前




 ああ、今日は天気がいいな…。

 目を覚ますなり、化野はぼんやりと思った。仰向けに寝ていた彼の横顔に、何処からか温かい光が注いでいる。微かな光なのだが、目覚めたばかりの彼には、それが随分と眩しい。

 視線を横にやると、そこには、ギンコが眠っていた。見るのが勿体無いとでも言うような気持ちで、無防備に眠るその顔を、じっと見つめる。

 二人で寝るのには小さな布団だから、腕やら足やらが少し触れていて、そこから温もりが伝わっていた。ギンコは自分の片腕を枕にして頬をのせ、うつ伏せで化野の方を向いている。

 二ヶ月ぶり、だっただろうか?
 会うのも、こうして肌を合わせるのも…。

 それを化野は長い月日だと思うが、実際それだけの間で会えるのは稀なこと。旅ばかりしているギンコは、年に三度とか、半年に一度しか顔を出さない薄情者なのだ。

 ギンコを起こさないように、化野はそっと身を起こした。二人で掛けた布団がずれて、ギンコの肩が剥き出しになる。それに目を留め、化野はもう少し、その布団を捲ってみた。

 明るい場所で見た彼の背中に、視線が吸い寄せられる。別に人の肌として、異様な色だという訳ではなく、少し色白なだけの普通の肌色なのだが、それが酷く綺麗な色なのだ。

 髪がこんなにも真っ白なのに、それに負けないくらい、見ている化野の目を奪う。思わず、手を伸ばして、触れた。

 綺麗な見た目を裏切らない、なめらかさ。その背中は、女のようにまろやかではないが、均整のとれた形をしている。指を滑らせると、まだ深かったギンコの眠りが緩く解けかかり、彼は喉の奥で、ん…と声を漏らした。

「ギンコ…」
 
 息を飲み、そう囁いて化野は指を彼の腰の方へと滑らせる。布団の下に手を入れて、ギンコの肌を撫でながら、体を寄せた。一番傍にあった肩先に、そっと唇を触れさせて、戯れに歯を立ててみる。

「ん、ん…。何だ、化…野…?」

 まだ眠りに囚われたままのギンコの声が、いつもよりかすれて聞こえて、そんな事にも煽られてしまうのは、一体、誰のせいなのか…。噛んだ肩先についた、浅い歯のあとを見ていると、まるでそれが所有のしるしのようで、化野は変に興奮した。

「寝てて、いいぞ、ギンコ。…こっちはこっちで、勝手にしてるからな」
「…あ…そうか、悪いな」

 化野の言葉をどう取ったのか、ギンコはぼんやりと返事をした。疲れている自分を気遣った化野が「俺のことは気にせず寝ていろ」と、優しい言葉を掛けてくれたと、そう思ったに違いない。

 再び眠りに落ちていくギンコの顔を、暫し眺めてから、化野はさらに身を乗り出した。うなじの辺りに顔を寄せ、髪の生え際を指先で掻きあげて、その首筋に唇を付ける。そうしてそこには、口付けの跡を付けた。

 顔を離して見ると、白い首に付いた赤い跡が、酷く色っぽい。もう一度顔をうずめて、今度はそこを舌で舐め上げる。尖らせた舌先でゆるゆると舐めて、たどり着いた柔らかな耳たぶに、そっと噛み付いて…。

「…え? う…ん…っ。や、やめ…っ、おい、化野…ッ!」

 とうとう目が覚めたらしい。そうなるだろうと、化野は判っていたから、うつ伏せの彼の腕を、すぐに片手で押さえ、残る片手で布団を跳ね除けた。現れるギンコの裸の背中に、口づけしながら残る腕も押さえ付ける。

「寝てていい、と言っただろうが」
「ね、寝られるか…ッ!」

 身を起こす事も出来ずに、ギンコは顎を上げて喚いた。だが、逃げようともがく余裕もなく、彼は布団に顔を埋めて震える。化野が彼の肩先を噛み、背中の真ん中を唇で辿っていた。

「ぁ、あ…、ふ…ぅッ」

 目覚めた途端に、いっそ哀れな程のこの敏感さ。かすめるように唇が這うだけで、ギンコは切なげに、眉根を寄せて声を上げる。押さえ付けられた両手が、震えながら布団に爪を立てていた。

「朝、なんだぞ、判ってんのかよッ」
「朝がどうした」
「こ、こんな明るいのに、んな、こと…」
「明るくたって、お前の体が感じるのは、同じらしいぞ。ん? そら…」

 耳に口を付けて、舌を滑り込ませてやる。化野の体の下で、ギンコの剥き出しの腰が、びくりと跳ねた。

 昨日の夜、散々責められた余韻が、まだ体に残っているくらいなのに、また朝から求められてしまうとは。心底、逃げたい筈が、こうして愛撫されたままでは、体に力が入ってくれない。

「ゆうべ、だって…あんなっ。そ、その上、また…っ?」
「そうだなぁ。ゆうべのは秋の分。今からするのは冬の分だ。一季節に一度で我慢してるのを、俺は褒めて欲しいくらいなんでね」
「無茶苦茶…だっ」

 両方の手首を捕まえられて、動くことも出来ず、無意味に敷布を握り締めているギンコ。そんな彼の肌の震えを感じながら、化野は彼の背中に愛撫を繰り返している。

 ギンコは化野に悪態をつきたいと思っているのに、思考すら鈍ってきて、零れるのはもう、喘ぎと吐息ばかり。化野の舌が…唇が、飽きもせずに背中を辿る。ギンコは喉を反らし、反らしたまま首を振って喘ぎ、喉の奥から細く引きつった声を洩らす。

「ん、ぁあッ。あ、あだしの…っ」
「…んん?」

 殆ど愛撫を止めずに、化野はまた柔らかな肌に吸い付く。ぎゅっと目蓋を伏せて、目の眩むような快楽を、なんとかやり過ごし、ギンコはまた彼の名を呼んだ。

「化野…っ、い、いっ、てぇ…よ」
「痛い? 別に痛いことはしてないぞ。嘘言うな」
「…ひ、ぅ…ッ」

 背中の真ん中を舐め上げられて、ギンコは体を弓なりに反らして悲鳴を上げた。あまりの快楽に、がくがくと体が揺れる。

「う、嘘じゃ…ない…。ま…前、痛…いんだ…っ」
「…ああ、なるほど」

 人ごとのように納得して、化野は小さく笑った。このやろう、と、いつもならば怒るところが、今のギンコにそんな余裕はない。ただ哀願するように、彼を見て、潤んだ碧の瞳を揺らす。

 うつ伏せで散々に感じさせられて、四つん這いになることも出来ず、ただただ身を捩っていたギンコ。逃げ場もなく、腰を揺らしていた彼の性器は、最初からずっと、布団の布地の上で擦れていたのだ。

 腕を押さえていた手で、化野はギンコの体を強引に引っくり返す。それから力の入らない彼の脚を、無造作に抱え上げて、左右に大きく開かせた。

「こりゃ、確かに、痛いかな。赤くなってる…」
「や…っ、だ、駄目だ、よせッ。あ、ぁ、あぁうっ!」

 その一瞬で、視界が白く弾けた。広げられた脚を、上に持ち上げながら、化野はそこに顔を寄せる。擦れて擦れて、痛みさえ感じていた先端を、ぬめる舌で舐め回され、小刻みに吸い付かれる。

 それは、ギンコの一番苦手な行為だ。苦手というより、それをされると、もうほんの一瞬で達ってしまって、時にはそのまま気を失う。

 今は失神こそしなかったが、ぐったりと全身の力が抜けて、彼は霞んだ視界に、ぼんやりと化野を映していた。

化野はまだ、そこに口を付けていて、名残のように零れてくる精液を、尖らせた舌先で味わっている。

 本当は、ギンコはそれも苦手なのだ。どんなに思いきり放った後でも、そうされている間ずっと、痺れるように感じ続けて、下手をするとまたイってしまうから。

 体どころか、脳裏までが熱い。ねっとりとしたものが、どこか知れない身の内で、内側から自分を蕩けさせてしまいそうだ。


          
                                     続









 2006年11月に拍手お礼ノベルとして書いたストーリーです。拍手お礼なのに、長くてエロい…。


07/08/05再up