「ぁあ…っ! あぁあッッ」
一瞬、ギンコは何も判らなくなった。それは本当に、一つ呼吸するだけの間だったけれど、彼は声にならない声で叫んで、化野にすがり付いていたのだ。
体どころか、心も全部溶かしてしまうような、熱い、熱い快楽。体の奥でずっと逆巻いていたものが、唐突に出口を与えられて迸る。押し流されて、自分が何処かへ行ってしまいそうで、ギンコは強く、なお強く化野の背中に腕を回した。
「大丈夫か…ギンコ」
耳元に、限りなく優しい声が囁かれる。絶頂を過ぎたギンコの体を、そっと抱き止めて、化野は彼の返事が聞こえるまで、何度も声を掛けてくれる。
「疲れただろう…。また白湯をやろうか? それとも…すぐに、続けるか…?」
辛うじて、意識を保っていたギンコは、化野の声を受け止めながらも、蟲の事を考える。さっきの一瞬で、もしや外に出たのではと思ったが、そうではなかった。
けれども卵は、今までで一番、先端近くにある。もう少し、あとほんの少し動いていれば…。
落胆しながらも、ギンコは何とか身を起こす。化野に「まだ」なのだと言わねばならず、どう言おうか逡巡する彼の瞳が、不意にぎくりと見開かれた。
中で蟲がまた動いている。だが、それはさっきの動きとは違っていた。
「あ…っ?」
「…ギンコ? 今度はどうしたっ?」
ギンコの様子に気付いて、化野は彼の顔を覗き込む。敷布の上に指を立て、酷く聞き取りにくい声で、彼は何かを呟いていた。小さな声だったけれど、それは確かに化野への懇願なのだ。
「だ…抱いてて、くれ…」
「…何だって?」
「後ろから、俺を…抱いててくれ、化野。お前の両腕で、俺の腕ごと縛るようにして、動けないように」
ギンコは何とか身を起こし、布団に座ったまま脚を開いて、自分で自分の体を抱くようにしている。その上から抱いて、動けないようにしろと言う意味なのだろう。
だが、一体、何故そんな…。
「こう…。これでいいのか?」
ギンコの背中に胸を付けて、しっかりと体を重ね合わせ、化野は彼の体を抱いた。緩く抱くと、もっと強く抱け、とギンコは繰り返して頼み込んでくる。
抱いた腕が痺れそうなほど、強く固く抱いてやると、やっと安堵したように、ギンコは震える息をつく。
「…すまんな、化野」
「いや…。謝らなくていい。お前がいいと言うまで、朝までだってこうして抱いててやるよ」
告げられた化野の言葉に慄いて、ギンコはじっと項垂れる。薄闇の部屋に彼の白い髪の色が、酷く頼りなげに見えた。かすれた声も痛々しい…。
「…今から、華蜻蛉が羽化する……」
「それは…ま、間に合わなかったって、ことか…?」
一瞬考えて、意味を掴んで化野が問う。卵のまま取り出したいのだと、ギンコは言っていた。羽化するのは普通の蝶や羽虫ではないが、それでもこんな冬の最中に成虫になって、この寒さの中を生き延びられるものだとは思えない。
ならば、その蟲は恐らく、羽化してすぐに弱って…。
「ぁあ…化野、腕を…緩めないでいてくれ」
「…判った」
化野の腕が、さっきよりも更に強く、ギンコの体を抱き締める。ギンコは背を丸め、潤んでしまう目を何とか見開いて、自分の性器を見つめていた。精路の中、その先端近くにある卵に、今、微かなヒビが入って、中から華蜻蛉が…。
ヒビの入った卵の中から小さな足が出て、それがギンコの中でもがくのだ。もがいて、もがいて外へ出ようと蠢くそれが、彼に耐え難い感触を与える。内側を針のように細いもので、散々に引っかかれているようなものだ。
「…ふ、ぁあぁ…ッ!」
仰け反って、ギンコは叫んだ。僅かの間もなく、敏感な内側を引っ掻き回されて、声もまともに立てられない。華蜻蛉は、ギンコの中で繰り返し身を揺らし、やがてはその先端から頭を覗かせる。
濡れたままのギンコの性器の先、その閉じていた小さな口が、ゆっくりと開くのを化野は見てしまった。彼には蟲の姿は見えないが、まさに今、そこから何かが出てきているのだけは判る。
涙のように、精液の雫を滲ませて滴らせながら、先端の口を蟲によってゆっくりと、無理やりに広げられ…。ギンコは裸の体を、辛そうにガクガクと振るわせ、それでも脚を閉じ合わせないように、布団の上で足指に力を入れている。
「…大丈夫だ、ギンコ、抱いててやる、抱いててやるからな!」
そうと言ってやることしか出来ない自分を、あまりに無力だと感じながらも、化野はギンコを抱き締める。反らされた頭が、右肩の上で激しく振られ、ギンコの冷たい髪が頬に触れていた。
「くっ、ふぅ…ッ、ぁあっ…!!」
一際高く声を上げたあと、ギンコは急に大人しくなった。意識を失ったかと思ったが、見ると彼は薄く目を開けて、それでもまだ微かに身を震わせている。
その顔が、ふ…っと天井の方へ上げられ、ギンコの翡翠色の瞳が、何かを追うように空を彷徨い…。それから不意に、彼は目を閉じる。閉じた目蓋の端から、一筋の涙が零れて、彼を抱く化野の腕に滴り落ちた。
酷く熱いが、悲しげな涙だと、化野は思った。
「もう…離していい……」
長い静寂の後、ギンコが最初に声にしたのは、そんな素っ気無い言葉。言われた通りに腕を緩めたが、重ね合わせた体は離さずに、化野はギンコの汗ばんだ髪を、そっと撫でながら尋ねた。
「もし、言いたくなければ言わんでいいが…。結局、蟲は…駄目だったのか?」
「…いや」
たった二文字だけでそう答えて、さっきまでの姿勢のまま、ギンコは深く項垂れている。その悲しげな様子に、聞いてはいけないのだと思って、化野はなるべく普通の様子で声を掛けた。それでもまだ、両腕で彼を抱いたまま。
「休むか? ギンコ…向こうに別の布団をしいてやるから…な?」
続
ここでこれを言うと、凄いギャグなんですけど…すいません、言わずにはいられないっっっっ。
「ギンコさん、ついに化野先生との子供を出産?!って、まだちゃんとヤってもいないのに?!」
あぁ〜言っちゃったよ。雰囲気が一気にギャグだよー。とほほほほ。すいません、書いてるうちに「妻の出産に立ち会う優しい夫の図」みたいだなって思っちゃって。とほー。
とうとう、蟲が出てきましたけど、羽化しちゃいましたね。通常、蜻蛉はサナギから羽化するんであって、いきなり卵からは羽化しませんけど、そこは、それ、普通の昆虫じゃなくて「蟲」だから、違ってても気にしないでいただけると…。笑。
なんか、ギンコさんと先生が、とっても疲れることをしているんで、私も体に力が入って疲れましたわー。やーねー。あは。
そんなこんなで、華蜻蛉9話をお届け! ラストまでまだ少しありますし、もう何話かお付き合いくださいね。次回は蟲の説明とかも、少しありますねぇ。自分資料、見直しとこっと。
07/02/21

華 蜻 蛉 hanakagerou 9