ギンコは一人残されて、布団の上でじっと目を閉じていた。もう一度、体の中にある蟲の卵の居場所を、よく感じ取ってみる。
ギンコの気のせいではない。確かに卵は最初より、少し先の方に動いていて、事態は良い方に向っているのだと思えた。やはり化野に頼ってよかったのだ。
気の遠くなるような羞恥と、何もかもおかしくなりそうなほどの激しい快楽に、身も心も嬲られて、辛いことは辛い。けれど、何の努力もせずに、この身の内にいる命を失わせるのは嫌だった。
目を薄く開いたギンコの視野に、うっすらと蟲達の姿が見える。板敷きの床の上を、ゆらり、ゆらりと、透き通った白い泡粒。気付けばあちらこちらに、幾つも…。
ホウホウシキ。
小さな泡の形をしていて、ゆっくりと互いに寄り合い、一つ二つ、そして三つと、連なって、やがては珠を繋げたような姿になる。
それが寄せて返す波のように、ゆらゆらと床の上を行き来して、四つ、五つ、六つと、さらに繋がって伸びていくのだ。そうして気付けば、六つ繋がっただけの筈が、いつの間にか白い色の濃いものが一つだけ真ん中に増えている。
それは何処にでもいる、珍しくもない蟲だ。そうやって、やっと七つ繋がった姿になると、今度はゆっくりと宙に浮いて、伸び縮みしながらゆらゆらと揺れる。
無秩序に揺れるそれらの幾つかは、火を燃やし続ける囲炉裏に近付くと、一瞬赤い色になって、あっという間にばらばらに散って、消えてしまう。なんて呆気ない命の終わり。それでも、それらもまた、自分と同じ命なのだ。
あまりにも脆く儚いその蟲達から、やんわりと目を逸らして、ギンコはぼんやりと、化野が行った奥の方を見た。向こうは台所だが、一向に彼が戻ってくる様子がない。
「…化野…?」
聞こえないほどの声しか出せずに、そうやって呼んでみるのだが、返事も無い。物音も聞こえない。暫し待つが、それでも彼は戻って来なくて、ギンコは何とか背中を浮かせて身を起こした。
がたり、と扉を開ける音がして、ギンコが戸口を振り向くと、外へ通じる戸が開いて、化野がそこから入ってくる。刺すように冷たい外気を肌に感じた。降り続く雪のつぶても、開いた戸から吹き込んでくる。
「…あ……」
ほんの少し熱い空気に触れただけで、無残に消えてしまうホウホウシキは、冷えた風にもやはり弱い。無数に漂っていたその蟲達は、冷気に襲い掛かられて、青い色に染まりながら、一つも残らずに消えていってしまった。
「…すまんな、その…待たせて」
それだけ言って、化野は曖昧に微笑んだ。火照った体を冷やし、のぼせた頭をすっきりさせる為に、態々、風雪に身をさらしていたのだなどと、ギンコに言える筈も無い。
「いや、無茶させてるのは…俺の方だし」
頭や肩の雪を払って、自分の傍に寄る彼の姿を見ると、ギンコは視線だけを、そっと横に外した。別の着物に着替えてきた訳ではないらしく、化野の襟元には、生々しい染みが残っているのだ。
ギンコが自分の方を見られずにいるのに気付いて、化野は努めて何でもなさそうな声で言う。
「疲れただろうな。大丈夫か、ギンコ。蟲の様子は? 何か変化はないか?」
掻き合わせたギンコの襟元に、そっと手を伸ばして触れて、化野は彼の着物の前をそっと広げさせた。もう少し休むかと聞いても、きっと返事は決っているから、彼もそれ以上は言わずに、ギンコの裸の太ももに触れる。
びくりと肌を強張らせて、ギンコは息を詰めたけれど、何も言わずにゆっくりと体の力を抜いた。
恥ずかしさも、辛い快楽も、罪の無い命を奪わぬ為と思えば、我慢が出来る。医者として頼られて、嫌でも断れない化野の気持ちに付け込んで、非道い友人もあったものだ。
よし判った、任せろ、と嫌がりもせずに請け負うてくれた彼に、どうやって報いればいいのか、今はとても考えられない。
「大丈夫なら、もう少し続けてみるか…?」
ももに触れていた化野の手が、するりと滑って、ギンコのそれを指に包んだ。微妙な力加減で握られ、親指と人差し指の腹で先端を撫でられて、快楽の染みた声が喉をせりあがる。
「…ぁあ…、くぅ、ぅ…」
化野の指が、そこを這う。滲み出す精液が、敏感な場所に零れ落ちて、淫らな音を鳴らし始める。熱に浮かされたようになって、ギンコは霞む視界に、ぼんやりと化野の顔を見ていた。
髪を乱すギンコの額の汗を…唇から時折零れる唾液を、化野は彼に貸した着物の袖で、優しくそっと拭ってくれる。
辛そうな瞳から、幾粒のも涙も零れた。快楽のせいなのか、それともその涙のせいなのか、霞んでいく視野に、化野の姿が消えそうで、ギンコは無意識に彼の名を呼ぶ。
「あ…あだし…の…っ」
「…んん? そんな顔するな。心配ない。ギンコ…俺が、こうしてここについてる」
「…う、ん」
子供のように一つ頷いて、ギンコはきつく目を閉じた。これは蟲の為なのだ、それ以外の何かを欲しがっている訳じゃない、そんな浅ましい心じゃない、と、いつしか彼は胸の奥で叫んでいた。
体の奥で、熱い塊が逆巻いて、またあの瞬間が来る。イくのだと判って、ギンコは布団の上に五指を立てる。
化野の体に縋るのが、酷い罪だとでもいうように、本当は頼りたい彼の腕には縋らない。喉を反らし、目をきつく閉じて、歯を食い縛って彼はまた、熱いものを放つ。
「う、ぁあ…ッ!」
その絶頂が過ぎた直後の事だった。彼は唐突に、それまでとは違う悲鳴を上げたのだ。
「…ふっ…ぅあ?! そ、そん、な…っ。やッ…ひ、ぃ、あぁぁッ!」
「ギ、ギンコっ?」
布団の上で、弓なりに反らされて暴れる体を、化野は必死で押さえた。さっきまでとは違う。尋常な様子じゃない。見開いた翠の瞳から、ぼろぼろと涙を零しながら、ギンコはもがいていた。
差し伸べられている化野の腕に、ギンコは無我夢中で縋り、彼の肩口を強く噛むのだ。そうするままガクガクと体を揺らし、泣き喚く子供のようにしゃくり上げる。
ギンコの歯が食い込んだ彼の肩から、血が滲み出した。それでも引き剥がそうとせず、暴れているギンコを、体全部で押さえていてやると、やっと意味を成す言葉が聞こえてくる。
「ひ、ぅ…っ。た、卵、が…。お、奥に…っ、戻…っ。あぁ…ッ」
「なっ、な…に…?!」
化野が迷ったのは、ほんの一瞬のことだった。彼は傍らに置いたままだった医療道具の袋に手を突っ込んで、何かを取り出す。取り出したのは、厚紙の小さな紙片。そこに巻いてある糸を解いて、彼は短く言い放った。
「いいか、堪えろよ、ギンコ…っ!」
続
なんですかねー。執筆後感想ですけども…。すっげ楽しかったですっ♪
わ! 皆さん、怒らないで下さい。これもまた、素直で正直な感想ですので。酷いのは重々承知! なんて執筆者だ? あーこりゃその通り。でもだってそのぅ、楽しいんですもんっ。
すっかり居直っておりますが、居直りついでにもう一つ。こんなところで「続」たぁ、これもまた、あんまし酷いですか? 続きが気になるっ…てのは、実は惑い星なんですよー。
続きもガガンと書いてしまいたいですが、そういう訳にもいかず、やむなくここで「続」! しかもきっと来週は、この続きじゃなくて、一周年「蟲」ノベルを書いてますね。
先生、糸を使ってどこにどうしたか、は、皆様、是非とも色々、生々しく妄想しつつ、楽しんで頂けますよう、お願い申し上げます。あまりリアルに想像すると、ところにより鼻血が出るでしょう。
なんか、壊れててすみません。執筆後日記は、きっと明日書きますー。
07/01/28
華 蜻 蛉 hanakagerou 7