普段はあまり使わない医術の道具を床に広げ、どれか使えそうなものはないかと、化野は難しい顔で考えている。その中に「めす」と呼ばれる舶来ものの刃物もあって、なんとなく彼はそれを手に取った。

 いくらなんでも、これを使うのは最終手段だろう。そりゃあ、切り裂いて今すぐ取り出すのは簡単だが、そんなところにそんな事をして、治るまでどうなのか、治った後どうなるのか、さすがに専門外なので計り切れないし。

 勿論、ギンコのそこにそんなことをしたいとは、化野だって微塵も思わない。切って、それから縫い合わせる…だなんて…。

でも考えてみれば、ギンコはどう思うのだろう。蟲の命を守るのに、それが一番確実だとか教えたら、それでもいいと言い兼ねない気がした。

 かちゃり、と音を立てて、それを袋の奥深くにしまうと、彼はくるりとギンコの方に向き直る。

「で? それのどこらへんに蟲がいるのか、自分でわか…。どうした、なんか真っ青だぞ、お前」

 改めて見たギンコの顔は、薄暗がりで見てもはっきり判るほど青ざめていた。しかも、身体が細かく震えている。剥がれた着物を肌の上に引き上げて、化野の手元を見ている瞳の碧が濃い。

 怯えている意味が判って、化野はなるべく優しい声で言ってやった。

「ああ…。掻き出すとかってのは、それこそどうにもならなくなった時の手段だよ。まずはお前が、そうしようとしてたことを、俺がやってみてやる。そう強張った顔をしなくていい」

 化野は短くしていたランプの芯を、さっきまでのように長く伸ばして明かりを強くする。それから思い出したように、たすきがけをして袖をまとめ、右目に片眼鏡を付けた。
 
 眼鏡越しのその瞳に、今までよりもずっとはっきりと、すべてを見つめられてしまう気がする。手を伸ばされ、自分の肌を隠した、その着物の裾を掴まれるのが怖い。それを軽く引っ張られ、片足首に熱い手が掛けられただけで、ギンコは竦みあがって怖気づいた。

「ま、待って、くれ…」
「…俺はいつまでだって待つさ。だが、中にいる蟲の為に、お前が急いているんだろう、ギンコ」
「…そう…だ」

 逃げたがっていた足から、腕から、すっと力が抜けた。後はもう化野のされるままに、ギンコは着物を剥がれ、両脚を大きく広げられる。白い肌は羞恥に震え、布団の上に置いた腰が、ほんの一瞬逃げるように微かに動く。

「必死だったんだろうな。それは自分でやっちまったっていう、この傷をみりゃぁ判るが…。こんな弱い場所をこんなふうにしちまうまで、擦って弄って、一人で何回もイって、弾け出す液で、卵を押し出そうとしたんだな…」

 化野の声は、低く淡々と、そうして限りなく優しく響いた。その優しさが、一層居たたまれなくて、ギンコの体が芯から熱くなる。

 言われている通りだ。そう…ギンコは化野に前に触られて、初めてイった時の事を思い出して、射精の勢いを借りて、卵を外に出そうとしてた。

 なのに、いくらどうやっても、化野とのあの時とは比べるべくもなく、自分で放った精液の勢いは酷く緩くて、先端からぬるぬると滑り出るだけの雫を、何度ギンコは辛く見つめただろう。

「イかせてやるよ、ギンコ…。お前がいいと言うまで、その蟲がここから出てくるまで、何度でも…何度でもだ。大丈夫、安心していい。お前がしたかったことを、俺がちゃんと、してやるから」
「ん…頼む…」

 か細い声でそう言って、ギンコは仰向けに体を倒した。両方の手で、顔を覆って、太ももに触られた途端に、がくりと首を反らす。

 白い髪は、もう既に布団の上に乱れて広がって、薄く開いた彼の唇が、化野の目に酷く扇情的に映った。その唇を吸いたいと思う。舌を吸いたいと、そう思う。

 化野は治療とは違うその欲望を、一瞬閉じたその目蓋の奥に隠して、ギンコの性器に触れた。熱くて柔らかな肌。滲み出した精液で、既に先端から根元の方へ、そこはしっとりと濡れ始めている。

「何処にその蟲がいるか、判るか?」

 根元より奥にある軟い塊を、手のひらでそっと包んでやりながら、化野は聞いた。ひくりと先端を揺らして、ギンコが熱い息を吐く。震える唇が、喘ぎを堪えながらその問いに答えた。

「そこじゃな…。もっ…と、上…。ぁ、あ…くッ…」

 包んでいた場所を、手の中で軽く揉み込んでやると、手で顔を覆ったままで、ギンコは短い悲鳴を上げる。そこに溜まり過ぎた精液を、皮膚の上から掻き混ぜられるようで、息が止まる。

「何度も自分でイったわり、溜まっるみたいだな…。張っちまって、凄いぞ、ここ。これでよく延々歩いてきたもんだ。擦れて痛かったろう。それともこれじゃ、擦れるのだけで感じちまうか」

 ひとり言のように口にされる言葉が、ギンコの羞恥をあおっていく。
こんなふうでいる事が、悪いのだとなじられるようで、言葉一つずつに泣きたくなるほど。

 いつまでもじっくりとそこを弄っている化野に、悲鳴を上げるギンコの、濡れた唇。

「や、やめ…っ、そこじゃない…ッ、そこじゃ…」
「いいから、じっとしてるんだ。男の体だって、一箇所だけ弄ればいいってもんじゃないんだぞ」

 声の落ち着きとは逆に、化野も本当はもう、眩暈のするほど、ギンコの裸身に溺れそうになっていた。自分の指や言葉に、一々反応を返す体が愛しい。

 何もかも知らないのだと、初めてなのだと、一瞬ごと、ギンコの肌は喚き散らしているようだ。酷く正直に、あっと言う間に朱に染まっていく体。

 僅かずつ指をずらして、根元から先端の方へと撫で回しながら、化野は同じ問いを繰り返す。どうだ、ここか、ここにいるのか、もっと先の方か?と、聞くたびにギンコは、そこじゃない、違う…と、悲鳴混じりの声を立てた。

 性器の半ばまでを、細かく執拗に愛撫してやり、そうしながら奥の柔らかい場所を、強弱を付けて揉んでやって、それだけで随分と時間が過ぎる。

 かすれたギンコの声に、苦しそうな咳が混じり、その咳のたびに切なげに揺れる性器が、化野の理性を容赦なく砕いた。

「…大丈夫か? 白湯を、やろうか?」
「んっ、あぁ…。くれ…」

 起き上がろうとするが、ギンコの手は布団の上で震えるばかりで、身を起こせる状態じゃない。

「待ってな」

 化野は囲炉裏へ行って、湯飲みに熱い湯を注ぎ、それに少し水を足して飲みやすいよう温くしてくれた。震える手をなんとか伸ばすと、その手に触れてきたのは、熱い湯のみではなく、温かな化野の手。

 手首と手のひらの両方を包むように、化野の手はギンコの手を取って、意味ありげにその手のひらに人差し指を辿らせた。

「俺がお前に泣きつかれて、嫌々こんなことをしてやってるなんぞ、間違っても思うなよ。なぁ…ギンコ」
「…な、に…言っ…」

 ギンコは白湯を自分で飲む必要はなかった。まだ熱い湯を口に含んだ化野が、その唇をギンコの唇に重ねてくる。真摯な目だった。それはもう恐ろしいほどに…。

 こんな時に、そんな事を言ってくるなんて、嫌な男だと、ギンコは裏腹なことを思うしかなかった。何を馬鹿なと笑い飛ばすことも出来ない。冗談言うなと怒ることも、ましてやその抱擁と接吻から、嫌がるそぶりで逃げることも…。

 ここにくれば自分がどうなるか、ギンコもよく判っていた。だから嫌だったんだ。こんな気持ちに、させられるから。こんなんじゃ誤魔化しも、だんまりも、出来やしない。

 熱い舌に熱い舌を絡められて、閉じたギンコの目蓋の縁からは、一滴の涙が零れていた。


                                      続












 ど、どうでしょう、今回もセンセ、怖いですか? 理性が凄いですか? ギンコさんは色っぽいですか? なんかセンセは前回よりも優しく書けたと思うんですが、してる事はエロですよね。

 為を思ってしているけど、でも自分の望みでもある、という美味しい展開ですよね。最後の方のセンセのセリフが、思っても見てなかったのに言ったので、書いててビックリしました。

 きゃあ、勝手に告白されちゃ困るよーっ。って焦りましたが止まらなかったです。今日も振り回されました。ひーっ。まだまだこの治療シーンは続きますので、また次の展開を楽しみにしていてくださいねん。



07/01/07




華 蜻 蛉  hanakagerou 5