そこに、蟲がいる…
ギンコは言い難そうにそんな事を言った。
そこ? そこって何処だ? そこ…。
もう答えは判っているのに、化野は雪の掛かった薪をよけ、その下の乾いた薪を抱えながら思っている。首筋を染めたまま逸らされた、ギンコの顔。隠すように、片足を自分の体に引き寄せた仕草。
医者として頼られて、それで嬉しくないはずは無い。つまりは信頼されているという事だろう。恐らく、他の誰かに見せようとはせず、この吹雪の中、ここを目指してきてくれた。
ちゃんと診てやる、任せておけ、と、そう答えればよかったのだ。今からでも、そう言ってやれば、少しは安心するだろう。
そう思って、化野は家の中へと戻る。ガタガタと戸を鳴らして開けて、本当は必要ない何本かの薪を、入り口の脇に置いて、彼は囲炉裏の傍に蹲っているギンコを見た。
「待たせたな。いや、診ている途中だの、治療してる途中だのに、薪が切れたらまずいだろう。ちゃんと診てやるから、任せろ。な?」
言いながら傍に寄ると、ギンコの体は、細かく震えていた。彼の着ている服が濡れたままだから、座っている周りの床も濡れていて、それでは寒くて当然だ。
「ギンコ。とにかく、そのままじゃ体に悪い。まずはそれを脱げ。脱いだら俺の…ええと、この、着物を羽織っとけ」
隣の部屋に一歩踏み入り、貸してやる着物を手に取りながら、化野はなるべく普通の調子で言う。
「寒い部屋に置いてあったからな、布地が冷たくて悪いが、まあ、その濡れたのを着てるよりはいい」
「ああ…。すまん」
返事はするが、服の襟に手を掛けるだけで、ギンコは何も出来ずにいた。逡巡するのも判る。他人にそこを見せるとなれば、誰だって少しは気にするだろう。
意識して目を逸らし、囲炉裏の中の薪の位置をずらしたりしながら、化野が問い掛ける。
「で? すぐ診る、か? それとも何か食ってから…?」
「……すぐに」
ギンコは小さな声でそう言って、まず先に、黒い厚手の服を脱いだ。次にその下に着ていた服の襟に手を掛け、閉じているボタンを、上から順に一つ、二つと外す。最後の三つめを外し、彼は腕を上にあげ、よれた白シャツを脱ぎ捨てた。
ゆらゆら揺れる炎の灯りの前に、白い胸が曝される。思わず視線を引きつけられ、それが酷く眩しいような気がして、化野はすぐには目が逸らせない。
「…あ。えー…。そうだ、敷布団でも、敷くか。板の間じゃ寒いだろうしな」
そう言って、隣の部屋に既に敷かれてあった布団の、敷布団だけを運んでくる。火から少し離してそれを敷いている間、ギンコは上半身を曝したまま、それ以上動けずにいた。
「さ、こっちへ。脱いでここに。…どうした?」
見ると、もう首筋どころではなく、ギンコは頬まで微かに染めている。囲炉裏の前にいるままで、上だけ裸になり、膝で立って、一応ズボンの前に手を掛けてはいた。
化野は内心、思っている。
こいつの気持ちも判らなくはない。
そりゃあ、見せたくないだろう。
相手は俺だ。
前の経緯だって、忘れちゃいないんだろうし。
でも、他の誰に診せることも出来ずに、ここに来たんだろう。
そうなんだろう? ギンコ…。
そうして彼は、口に出してはこう言った。
「すぐに、と言ったのはお前だろ? どうするんだ。何なら脱がしてやろうか? 俺が」
言いながら傍に行き、強引に腕を掴んで立たせ、化野は彼の前に膝を付く。両手を伸ばして、ギンコのズボンに手を掛けようとしたら、怯えたような目で、彼は一歩、後ろへと下がった。
「い、いい…っ」
ギンコは傍にきた化野から逃げるように、自分で敷布団の傍に行き、そこでズボンの前を開けた。指が震えて、それだけの事も、簡単には出来なかった。
震える指を持て余しながらズボンをおろす。濡れた布地が肌に貼り付いて、下着まで一緒に脱げてしまいそうになるのを、もう一方の手で押さえて。
やっとの思いでそこまで脱いだギンコに、化野は着物を差し出しながら言った。
「なんだ、それも一緒に脱いじまえばよかったのに。蟲がいるのは『そこ』なんだろう? そら、これ羽織って」
広げた着物を肩に掛けられ、びくりとギンコの体が震える。また化野に腕を引かれ、彼は布団の上に立たされた。
「それも脱いで」
言われなくとも判っている。診せなければならないのは『そこ』なのだ。脱がずに見せずに、どうにかなるとも思っていない。目を開けている事も出来なくなって、ギンコは目蓋を閉じ、唇を噛み、息まで止めて下着に指を掛けた。
化野はギンコの前に屈んで、下から彼の顔を眺め、それから彼の震える指を眺め、そうしてその一点を黙って見つめた。
続
ええと。また二話同時アップになっちゃったよ? 気付いたら一話以上打っていたからってのもあるんですが、ここで「また来週」って言ったら、なんか怒られそうな気がして。あはー。
え? だって、まだ全部脱いでないし、それに「治療」も始まってないんですよ? 焦れますよねぇ。ええーーっ、ここで続ぅ〜。マジでぇ〜っ!て、私なら叫びますもん。
そんな訳で「華蜻蛉・三」も、本日アップしてます。引き続き、お楽しみいただければ幸いですっ。あ、投票に関するお話は。同日の日記にてね。ぺっこー。
06/12/13

華 蜻 蛉 hanakagerou 2