「嫌、とか、辛いとか、そればかりじゃないだろう…?」
化野は、ギンコの体をゆっくりと手のひらで辿り、その指先で胸の華をくすぐりながら言うのだ。ギンコはその声が、殆ど耳に届いていないようで、ただただ、身を震わせている。
下肢から胸の方へと辿らせた手を、今度は胸から下肢へとゆっくり戻して、化野はギンコの両脚を広げた形に抱えあげた。
「そりゃ…こっから先、少しは痛いかもしれないけどな、それだって、膝の関節が外れたりするのに比べたら、大したもんじゃないし、それにな、ギンコ…痛いのなんか忘れちまうほどヨくなれるからな?」
そうやって、宥めるように彼はギンコに言い聞かせる。
恐らくは幼少の頃から流れるように旅の暮らしをしてきたのに、まるで奇跡のように穢れのない体をしていたギンコ。その無垢な体を知るのは、唯一自分一人なのだと、化野は熱い胸のうちで思った。
よく…
こんな綺麗な体のままで、俺と出合ってくれた。
何故だか知らんが、最初からお前、
俺の手にだけ、あんなに素直に昂ぶって
だからつまり、こうなる運命だったのだ。
男同士だからどうした。
ずっとは傍にいられないからどうした。
だったら会えている間には
どんなにだって強く求め合えばいいことだろう。
俺がそう思うように
お前もそう思うようになってくれるか。
今は無理でもきっといつか
同じ気持ちだと頷いてくれるか?
…ギンコ……
ももをそっと撫でながら、ほんの少しの間、そうやって黙っている化野に気付いて、ギンコはなんとか彼を見る。まるで涙でも零しそうに、切ない顔をして、化野はギンコを見下ろしていた。
視線が合うと、化野は安心させるように笑んで、それからギンコの脚をしっかりと抱えなおす。抵抗なく、広げた体を差し出すギンコ。その体を求めて、化野は腰を寄せて、とうとうそこに先端を押し付けた。
「…あ、ぁ…っ」
「力を抜いてろ。最初だけ、ちょっと痛いが…息を止めるなよ」
言われても、つい全身を強張らせてしまうギンコに、にやりと笑って化野は付け加える。
「心配すんな、俺のはそんなに立派なもんじゃぁないから」
「…ふ…っ」
半ば笑いかけたギンコの表情が、その一瞬で朱に染まる。押し当てられていた先端が、一気にその狭い場所をくぐって、奥を熱いもので擦りあげられたのだ。
息を止めている余裕はなかった。痛みが襲う。そして痛みより深い快楽に溺れる。確かに二つだった体が、今は一つに繋がって、繋がりあったその場所から、互いの心が混じる気がした。
ギンコに触れた化野の熱は、好きだ、好きだと告げていた。化野が感じるギンコの熱は、嬉しい、嬉しいと繰り返していた。
感情の昂ぶるままに、化野はギンコの中に自分を突き上げる。ギンコは彼を受け止めて、二度と離れるまいとするように、そこを蠢かせて絡みついた。
互いの両腕で、互いを抱きしめ…。
唇で吸い合い、求め合い、もう言葉もなく、身を揺らし合う。
通い合うその温もりが、春のようだと思った。
交わし合う熱が夏のようだと。
今だけなのだと思う淋しさは秋
数日後に去るであろうギンコの痛みと
その背中を見送る化野の哀しみは冬のようだ。
互いの思いの中で四季を感じ尽くし、その不思議な感覚の中で、どれだけの間、貪り尽くし、睦み合っていたのだろうか。
知らぬ間に二人とも寝入っていたようで、体をぴったりと寄せ合って、互いの裸身に腕を絡めている。
「ん、ギンコ…」
「…あ、朝…か?」
痛々しく掠れた声で、ギンコはぽつりとそう言うが、彼は恥ずかしさのあまり顔も上げられない。化野の胸に腕を突っ張って、強引に身を離そうとするのだが、そうしかけた途端、微妙な顔で動きを止めた。その訳に気付いて、間延びした声を立てたのは化野。
「あぁぁ…。まだ、その、入ったまんま、らしいな…?」
「…ば、馬鹿…っ、早く、抜いちまってくれ…っ」
真っ赤になって震える姿に、化野は困ったようにぽつりと言う。
「そりゃ、そうするけど、そんな可愛い顔すんの、やめてくれるか? 折角、今は大人しくしてるのに、俺のそれ、元気が出ちまうだろう…が…っ!」
「ひ、ぅぁ…ッ」
掛け声がわりに声を少し大きくして、化野は強引にそれを抜き取った。まだ湿ったままの奥から、それが出て行く感触に、あられもない声を上げて、ギンコはさらに首筋を染める。
「平気か? 立てないだろう、ギンコ」
「…なんで判る?」
「なんでって、そりゃ、夜通しあんな乱れてりゃぁ、なぁ。男でも女でも、快楽漬けになった後は、足腰に力が入らないもんなんだよ」
そう言いながら、化野はわりと平気そうに立ち上がって、脱ぎ捨てられてあった着物を拾って羽織る。そのまんま台所へ行こうとするのを、幾分慌てたギンコの声が止めた。
「待て…! そこ、踏んじまう!」
「…えっ?!」
びっくりして立ち止まった化野の足元を凝視し、ほう…っと安堵の息をつき、それからギンコは、布団の横に転がっている瓶を拾い上げて化野に差し出す。
「お前の右足の親指の傍に、夕べの華蜻蛉の翅が二枚落ちてるんだ。拾ってこれに入れてくれるか」
「ど、どこだ?」
言われた箇所を見つめるが、当然、化野の目にはそれは映らない。見えなくてもいいから拾ってくれ、と、重ねて言われて、化野は畳の上に手を這わせた。
「見えなくても拾えるもんなのか? 触った感触とかはあるんだろうな」
「ない、と思う。でも感触が判らなくても拾える筈だ。そこんとこ、畳の縁に傷が入ったとこがあるだろう。そう、そこだ」
目を凝らしても凝らしても見えない。指で触れても判らないものを、摘んで拾えとギンコは無茶を言う。それでも指図されるままの場所で、親指と人差し指で、そうっと糸でも摘む仕草。
よしっ、とギンコはそう言って、見えないそれをガラス瓶に入れさせ、そこへしっかりと蓋をした。それを大事そうに胸に抱きこんで、ギンコはそのまま布団の上に横になる。
悔しいが、化野の言う通りだ、立てないどころか身を起こしているのも辛くて、横になっているのが奇妙に心地いい。この布団で、夕べはあんな事をしたのだと思うと、そこにいるのも恥ずかしいが、動けないのだから仕方ない。
化野はそんなギンコを、愛しそうな目で盗み見て、今度こそ台所へと立つ。
雪や風は、もうやんでいるらしく、外は昨日とは別の賑やかさ。吹雪に封じ込められていた鳥たちが、庭木の枝で賑やかに囀っている。
「眠れるようなら眠っとけ、飯が出来たら起こしてやる」
「…有り難い。腹ぺこだったんだ」
だろうな、と言葉に出さずに化野は思った。吹雪に封じ込められていたのは彼も同じで、食材もロクにないのだが、今日ばかりは隣家に食べ物を乞いに行くのはやめておく。
ギンコは言われた通りに、浅い眠りを貪った。疲れた体を癒して、次の旅に供えなければならず、それが酷く切ないと、今までに無い気持ちで、彼は思っていたのだった。
続
長く書いてきた連載の続きって、とても書きやすいと感じるんです。ここんとこ多忙だったんで、私にしては更新が滞っていて、もう一週間もノベルを書いてなかった!?
だからちょっとスランプってるっていうか、リハビリが必要かもって思っていたんですが、書き始めたらサクサクといけましたねぇ。今回も書いてて楽しかったです。
なんかまた、地味に暴走していたようでして、先生が予想外の思考を繰り広げていましたが、いいんじゃないかしら。笑。え? いや、暴走ってのは、サイズの事を言ってた部分じゃないでいよ? あはは。
今日は二時半には、仕事に行かねばなりません。くそぅ、面倒くさい。でも明日は休みだから頑張ってきますねっ。
07/04/28
華 蜻 蛉 hanakagerou 13